第15話

 さて、みんなに死なない宣言をしたもののこの状況はどうしたものか。

 弾け飛んだ右脚の再生は回復薬を使用し、全力で自己治癒をしてもなお多少の時間を必要とする。

 多少の時間とは言うが、数秒の隙なんてそれこそ死に直結してしまう。

 そもそも相手はドラゴンだ。まともにやって勝てるかどうかも怪しい。

 聞くところによると、S級レベルの魔物らしいじゃないか。

 ボスはポーションでゴリ押しするつもりだったが、道中で消費するなんて聞いていない。ここで消費してしまえばボスに間違いなく勝てなくなってしまう。


 じゃあどうするか?

 右脚を失った状況でどうにかするしかないだろう。

 と言うわけで片脚で立ち上がり、身体強化を自身に付与する。

 

「集中!」


 ぺん、と頬を叩き一歩一歩飛び跳ねて間合いを確認。

 片脚がない、と言うことはすなわち踏み込める距離が短くなると言うことだ。

 側から見るとケンケンしている様に見えて不恰好だが、こっちとしては死ぬか生きるかで必死なのだ。

 

「あ、やべ」

 

 そうこうしていると、黒い鱗を持つドラゴンが口を開けたかと思ったらその口に魔力が集中し始めた。


「──ブレスか」


 口に集中した魔力は火の粉として口の端から漏れ出ている。

 あれをまともに喰らったら不味い。

 それにこの狭いダンジョンの通路で吐かれると逃げ場がない。


 一か八かだ。

 全力で身体強化《万力》を五層、自身に付与し巨槌を振り上げる。


 ギュアアアアアン!!!


 凄まじい音が響き、ブレスが巨槌とぶつかった。

 ドラゴンのブレスがいかに強力と言おうとも、魔力で構成されている以上通常の炎の様な性質は持ち合わせない。

 総ての魔力は連結しており、流体とも個体とも言えない不思議なそれは巨槌で殴ることが出来た。

 

 だが、片脚の踏み込みが甘かったのか、押し負けてしまった。


 大質量のそれに吹っ飛ばされ、鞠玉の様にバウンドしながらはるか先に飛ばされる。

 

「グホッ!」


 なんとか受け身をとって衝撃は殺したものの、衝撃が内臓にまで届いたのか血を口から吐いてしまう。

 ボトボトと鮮血が口から滴り落ち、意識が朦朧とする。

 人間が意識を保っていられる限界を超えた出血により、もはや視界は闇に堕ちつつある。


「・・・・・・これ、は、不味い、かも、しれないです」


:ヤバいヤバい

:ちょ、マジ?

:死なないって約束したじゃねえかよ!!!

:おいおいおい!!!

:どーすんだよ!

:死んじまうのか?


 ふとコメント欄を見ると、みんなが心配してくれていた。

 

「みんな、やさ、しいですね」


 ああ、ヤバい。

 血のせいで言葉が途切れ途切れになってしまう。

 やっぱ死なないって約束、嘘になっちゃうかも。

 

「もう、ダメかも──」


 既に視界は白と黒が入り混じり、意識は闇に堕ちかけている。

 

 ──もう、楽になってもいいんじゃないか?


 ふとそんな誘惑が湧いてきた。

 案外そうするのもいいかもしれないと思う自分がどこかに居る事に気づいた。


 でも、両親が死んで苦しんで、その果てにやっと今を手に入れたのだ。

 みんなが私が死なないことを願ってくれている。

 そんな今をもう2度と失いたくない。

 そのために強くなるって決心したのだ。

 こんな道中でくたばっている場合ではない。


 ああ、そうだ。

 私はこんな場所で終わりたくない。

 帰って、笑いながら佳と有栖に伝えるんだ。

 世界一位になったと。

 もう2度と何も失わないくらい強くなったと。

 

 だから、だから、限界を超えろ!

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あああああああああ!!!」


 叫び、立ち上がる。

 ズキズキと全身が軋み、激痛が走るがそれでも立ち上がる。

 

「唸れ魔力線!!!」


 今までの限界であった身体強化5層同時付与を大きく超えて、同時に自己治癒+身体強化を同時付与。

 すると、視界が澄み渡り思考は鮮明になった。

 体から力が湧き上がり、右脚が再生してゆく。


 だが、否。

 まだまだ行ける筈だ。

 私の限界の先はこんなもんじゃない。

 

 もっと、もっとだ。

 代償があっても良い。

 戻れなくなってもいい。



「だから、今だけは!」



 拳に青い魔力が宿る。

 今までの限界であった身体強化5層付与を超え、7層同時付与を発動。

 莫大な魔力に空間が歪み、青い光が迸った。


 

「痛ってええええええええ!!!」



 瞬間、激痛が脳に走る。

 魔力出力、脳の処理能力の限界を超えた身体強化と自己治癒の同時発動が痛みとして体に現れたのだ。



「でも、関係ない!!!」



 痛みなんて知るか。

 ここで終わる方がもっと怖い。 

 

 だから、今だけは限界を超えろ!!!


「来る!」


 もう一度、ドラゴンがブレスを吐いた。

 それに合わせて再生した右脚で踏み込み、巨槌を振り上げた。

 身体強化を七層まで付与し、既に限界を超えた肉体を震わし、己の全力をぶつけた。

 

「死ねえええええぇぇぇ!!!!!」


 今度は逆にブレスを押し上げる。

 全身の骨が砕け散ったが、自己治癒でカバー。

 

 巨槌を振り抜き、そのままドラゴンの懐に潜り込んで万力でもってその頭蓋を叩き割る。


「ギャアアアアアアアアア!!!」


 ドラゴンが絶叫した。

 

 そして、咆哮が鳴り止んだ頃にはその巨体は動かなくなり、塵となり消滅した。


「勝った・・・・・・約束は守りましたよ、みんな」


:おおおおおおおおおお!!!

:やったぞおおおおおおおおおお!!!

:すげええええええええ!!!!!

:ヤバい、涙が出そう

:凄すぎる

:やりやがった!!

:俺は勝つって信じてたからな

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る