第4話 約束


「また、失敗したのか?」

「申し訳ありません、総統」


 レジーナは「そうだ」と思いついたように、


「もういっそ、私と結婚するか?」


 セナは顔を上げた。


「ジョークだよ」

「そうでしょうね」


 レジーナのジョークは、時折とんでもないので全く笑えないことがある。

 先代は細かい言葉遣いや所作に非常に厳格だった先代の頃と比べて、彼女はこうした酷い冗談を言うことがあるため、内心ひやっとする。


「確かリチャードだったな。彼も上手くいきかけた女と、ことごとく別れるからなあ。君そっくりだよ」


 ちらっと目配せをするレジーナだったが、セナにとっては別れた男など床の埃程度にどうでもよかった。


「一体、何がいけなかったんだ?原因が聞きたいな」

「それは、その……」


 口ごもる。


「今回も、リチャードから別れを切り出されたのか?」

「はい」


 嘘。

 本当はセナから一方的に別れを告げているのだが、あくまで原因は相手にあるとセナは報告している。

 ただ、今回に関してだけ言えば、リチャードも乗り気の様子ではなかったので、あながち虚偽申告ではないだろう。


「前もそうだったな」

「……はい」

「何がダメなんだろうなあ」


 レジーナは足を組み、自分の金髪をいじくる。


「もう少しこう、お淑やかな少女らしく振る舞ってみては?」

「総統、私はもう25です」

「年齢は関係ないだろう。君は5年前からそんな感じだったじゃないか。どうせ服も、粛清者の制服ばっかりだろう」


 レジーナは「そうだ」と笑顔で両手を合わせる──嫌な予感がした。


「今度のお休みに、セナの服を買いに行こう」

「え」

「私がセナにぴったりなのを選んでやろう。案外、フリフリなのが似合うかもしれないな」


 本人は名案のつもりだったらしいが、セナは「いやいや」と首を横に振る。


「そんな……総統に!?あまりに、恐れ多いで……ございますよ」

「なに緊張してるんだ。警備員はたくさんつけておくから心配するな。次の休みは空けておけよ」


 こちらが意見する間もなく、使用人に「セナに似合いそうな服のカタログを」などとすっかり乗り気な様子だ。


「よし、次までに準備しておくから、もう行っていいぞ。へへ、可愛くしちゃるぜい」

「……失礼します」


 いたずらっぽく笑うレジーナに踵を返すと、総統室を出る。


「可愛く、か」


 コートジャケットの襟を掴んで引っ張る。黒くて無骨だが、機能的で風通しも良く、どの季節でも過ごしやすいデザインとなっている。

 自宅のクローゼットには、これと同じものばかりがハンガーに引っかかっている。だがそれを不満に感じたことは一度とてない。

 故に、唐突に女の子らしく──と、言われても戸惑うばかりだ。


 少女らしさとは一体、何なのだろうかと、セナは細い手のひらを眺めながら思考を巡らせた。


 ★


「動くな!」


 木製の扉がひしゃげた音を立て、前のめりに倒れる。その上にセナは足を乗せて叫んだ。

 その手には黒鉄色の短銃、ガンフェルノが握られている。

 銃口を向けた先には、震える男二人が抱きしめあっていた。髪色が同じなことから、兄弟かもしれない。

 セナは銃口を横に振り「離れろ」と命ずる。

 やはりな──と、彼女は内心でほくそ笑んだ。前々から怪しい一軒家があるとは思っていたが、まさか同性愛者どもの巣窟になっていたとは。


「お前たちは正常性規範法違反により、拘束する。外に連れ出せ」


 部下の粛清者に命ずると、たちまちジャケットコートの集団が部屋に押し入り、次々と違反者たちを捕縛していく。


「お前たちは更生所で再教育を受けてもらう。いいな」


 再教育──レジーナが考案した慈悲。


 規範法違反の主犯格と、逃亡者は即刻射殺だが、それ以外の違反者には更生の余地が与えられる。いわば執行猶予だ。自らの愛情が間違ったものであることを素直に認めた者は社会復帰を許される制度。


 この制度をもってしても、セナの母は最後まで認めなかった。


 最期まで『カラーパープル』を抱きしめていた。あの時、あの本を破り捨てていれば、許されたものを。くだらない劣情が、命に勝るとでも言うのか。


「──!」


 部屋を見渡すと、一面の本棚には焚書リストに記載された本で埋まっていた。


「燃やせ」


 部下の粛清者はガンフェルノのギアを回し、本棚に向けてトリガーを引く。銃口から吐き出された炎は一瞬で本棚に燃え移り、ばちばちと燃え盛る。

 たちまち禁書は黒い塵に姿を変え、セナの周囲を飛び交った。

 母と同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。一人残らず違反者を滅ぼさねばならない。


「セナ隊長!し、首謀者が、逃げました!」


 奥の部屋から出てきた部下が声を張り上げる。

 取り逃がした部下に苛立ちながらも、説教する時間すら惜しいと感じたセナは、


「ここは任せた。一冊残らず焼き終えたら、消火を忘れずに」


 そう告げるとセナは突進で奥の非常口を突き破る。

 辺りを見渡し、近くの路地裏の細い通路に目を送る。その奥には森へと続く道がある。


「──ククク、逃がすものか」


 セナは紅の目を鋭く光らせると、冷たい音を立ててガンフェルノの安全装置を外した。

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