第20話 束の間
大峰雄大は、自衛隊の救命措置を受け、息を吹き返した。
常世田は自分が殺人を犯さなくて済んだことに、ホッと胸を撫で下ろした。
「ひゅーい、あぶねーあぶねー」
新庄は、その様子を見て常世田に告げる。
「別に殺してしまってもかまわんぞ?」
「いやいや、子どもだし……仮に大人でも殺すのはちょっと……」
「そんな甘いことを抜かしていては先が思いやられるな」
ニコが厳しめの発言で常世田を困らせる。一応、常世田にもわかってはいるのだ。命のやり取りになった時、自分は殺さないとは限らない。相手も殺しに掛かってくるのだから。
今回は『炎』という相性のいい敵だったが、これが『氷』だったらと思うと、ゾッとする。
常世田は、大峰を乗せたヘリコプターを見送ると、タバコをぷかぷかとふかして皆が控えるテントに戻って行った。
「食い過ぎだ!」
「やーだー! もう一個食べるー!」
「王様見てみろ! ちゃんと我慢してるだろ!?」
服部にぶどうゼリーを取り上げられたミーシャは、次のおやつの時間まで行儀よく座って待つ王様を見て、
それを見た常世田は、何かオモチャのようなものがあれば気を紛らわすことができると考えた。
ここで気をつけなければならないのは、取り合いにならないよう配慮すべきことだ。隣の芝は青く見える。お互いのオモチャに優劣があってはならない。
常世田はタバコをふかし、王様には鎧を着た兵士の人形、ミーシャには可愛い猫のぬいぐるみを作ってあげた。
「ほれ。こんなのどうだ?」
「わあ! 可愛いー! くれるの?」
「おおよ。王様はどうだ? 家臣として雇ってくれよ」
「ふぉっふぉ。これは良いも。デミニアンと名付けるも」
「ミーシャも名前付ける! お前は今からハットリだ!」
それを聞いた服部がすかさずツッコむ。
「いや、紛らわしいからやめてくれ」
「えー、じゃあ半蔵」
「なんだお前、歴史詳しいのか?」
「半蔵はツクヨミを封印した有名人」
「まじか」
ミーシャと王様は、キャッキャと人形で遊び始めた。しかし、それは残酷な殺し合いの遊びであり、王様はデミニアンの足を動かしては、半蔵の頭部に蹴りを繰り出す。
「むう! やったなー! 必殺! 天雷!」
ミーシャが半蔵の両手を上げて叫ぶと、デミニアンの頭上20センチほどにミニチュアの暗雲が立ち込め、小さいながらも雷が落ちた。
「ふもーーー! 何という事を! デミニアン! しっかりするも!」
「はいはいはいはい、喧嘩しないの」
見兼ねた千秋が、おままごとを教えてあげた。王様は小さいながらも貫禄があるが、それでもお父さん役やお兄さん役ができるはず。デミニアンと半蔵を含め、4人いれば十分遊べると考えたのだ。
「ミーシャはお姉さんがいい? それともお母さんがいい?」
ミーシャは目をキラキラさせて、お母さん役を買って出た。親も子どももいない彼女にとって、家族は憧れだった。
お姉さん役を演じる千秋と、そこに服部がお兄さん役で参加し、デミニアンと半蔵は、過酷な戦いの日々を送らずに済んだのだった。
***
「そろそろだな」
時刻は午後2時58分。周囲では全国瞬時警報システム――Jアラートが鳴っている。午後3時の試練の情報がギリギリ間に合ったのだろう。
路上には建物から避難してきた民間人が溢れ、皆、カメラを起動したり、ニュースを見たりしている。
そして午後3時。
それは赤いレーザーのような光だった。天から降り注ぐ赤い光は、まるで雷のように轟音を響かせて常世田の目の前のビルに直撃し、あっという間に最上階から1階にかけて窓ガラスを破壊して行った。
幸いビルが転倒することはなかったが、周囲には看板やガラスの破片が飛び散っている。避難民たちからは悲鳴が上がり、中には泣き出す者もいた。
新庄には、この理不尽な破壊が許せなかった。何が試練だ。こんなものはただの暴挙だ。と。
しかし表情には出さず、部隊に指示を送る。
「被害者がいないか確認を急げ。それと、このエリアで生成されたダンジョンの数を把握しろ。ダンジョンを発見次第監視、未確認の使徒が出入りしていないか見張れ」
「はっ!」
自衛隊に求められているのは全容の把握だった。あまりにも情報が少ない。彼らはダンジョンが生成されるに当たって、何か法則のようなものがないか知りたがっていた。
そこで常世田が一つの法則に気付く。
「新庄さん、なんかこれまで攻略してきたダンジョン、というかビル? 似てませんか?」
「似ている? だと?」
一行は思い出していた。最初に攻略したビル、そして今日攻略したビル。
確かに常世田の言うように、全て10階から15階建て、そして1フロアの面積が同程度なのだ。
新庄は目の前のビルの階数を数えた。
13階建てだった。
「大きさ……黒崎! 昨日と今日で破壊されたビルの図面を調達しろ! 大至急! 階数、床面積、似通ったところがないか探せ!」
「了解しました!」
必ず先手を打ってみせる。新庄には並ならぬ自衛隊員としての『愛国心』があった。
これ以上国民を苦しめさせてたまるか。
自衛隊を舐めるなよ。
一行はレベル2ダンジョンに入っていく。常世田には避難民たちの悲鳴が聞こえていた。服部には涙を流す女性の姿が。千秋は子どもを抱きしめる母親の姿が痛ましく思えた。
彼らは歯を食いしばり入り口を潜る。
王様はぶどうゼリーを半分残して来てしまったことを、深く、深く悲しんでいた。
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