第18話 炎の申し子

 常世田達は、この日2つ目のダンジョンをクリアし、歌舞伎町の路上に設営されたテントで休んでいた。


 そのダンジョンの攻略者は服部。彼は一つ目の巨人『サイクロプス』を相手に、木や土、雷といった自然の力を操って、一方的に攻撃した。


 一度、巨人のハンマーで叩かれるダメージがあったが、自然治癒のスキルは想像よりも優秀で、打撲の傷も数秒で治った。


 結果、サイクロプスはその目を木の枝で貫かれ、絶命した。


「服部おつかれだったね」

「おう、ミーシャも良い子で待ってたって聞いたぞ」

「うん。プリンとぶどうゼリーいっぱい食べた」


 王様とミーシャは仲良しで、2人とも行儀良く椅子に座り、プリンを食べている。


 ニコとシヴァは常に警戒していた。門を攻略しない限り、能力を維持できない使徒は、いつダンジョンに現れても不思議ではない。


 話がわかる使徒であればいいが、乱暴な者であった場合、使徒同士の争い、ひいては契約者同士の戦闘に繋がるのだ。




 その時、ミーシャはプリンをもぐもぐするのを止めた。耳と鼻がピクピクする。




「なんか来る……服部! なんか来る!」




ドオオオオオオオオオオオオオン!




 それは本日攻略しようと考えていた第3のダンジョンの方角だった。

 まるで巨大な噴火でも起きたかのように、街に火柱が上がる。


 火柱は直径200メートルの範囲を焼き尽くし、辺り一面を火の海に変えた。


 常世田達のテントからは数十メートル離れていたが、それでも強烈な熱気が周囲を襲う。


「アハハハハハハ! 全部燃えちまえよ! クソッタレが!」


 上空から若い男の声が響いた。その男は全身から炎を吹き出し、不思議と衣服は燃えていないが、髪の毛と眉毛はメラメラと燃えていた。


 男は自衛隊のテントや車両に気付く。


 そして、ニヤリと笑うと、右手を常世田達に向けた。



 瞬間!



ガシィッ!



 新庄は上空20メートルはあろうかという男の元へ、目にも止まらぬスピードで跳躍し、男の右手を蹴り上げた。


「いつっ! なんだあ!?」


 新庄は跳躍のエネルギーが残っている間、できる限りの拳と蹴りを繰り出し、その男の急所を乱打した。


ドガッ! ボゴッ! ガスッ!


「いてっ! いてて! ぐっ! このっ! クソアマーーー!」


 男はムキになり新庄の体全体を炎で覆う。


 新庄は跳躍のエネルギーがなくなり、自由落下して行った。その体は炎の熱にも全く動じず、しかし、水着は燃えた。


「ヒャハーー! 燃えちまえよカスがっ!」


 そこへ現れたのが、常世田だった。


「お前、大峰だな?」

「ああ? てめえ何で浮いてんだよ」


 常世田は全身から煙を吹き出し、燃え盛る地上の建物を煙で覆った。

 その量は尋常ではなく、手足から物凄い音を立てて噴出している。


 その様子を目の当たりにした大峰雄大おおみねゆうだいは、常世田を使徒と認識した。


 大峰はニヤァーっと笑みを浮かべ、右手をかざしては常世田の全身を炎で包んだ。


「ヒャーッハッハッハ! てめえも燃えちまえクズ野郎!」


 常世田は消火活動に専念した。炎など微塵も怖くはない。唯一、煙に含まれる微量の炭素が燃える可能性はあるが、それが燃えればやはり煙。自分の糧にしかならないと確信していた。


 常世田が燃えず、大峰は狼狽ろうばいした。


 既に何人もの使徒を殺して東京へやってきた大峰は、『不燃物』に遭遇するのが初めてだった。


「な、なんだてめえ!」


 地上の消火が終わった時、ニコが常世田の隣に現れた。シヴァとミーシャはそれを地上から見守っている。


迦具土カグツチだな?」


 ニコがその能力から契約者としての神の名を推測し、口にした。火之迦具土神ひのかぐつちのかみ。火の神である。


 その瞬間。


 大峰の隣にボワッと炎が発生し、そこから大峰のようにメラメラと燃える男が現れた。

 その髪はオレンジ色で怒髪の如く逆立ち、黒い肌は、逞しい筋肉により艶々に光っていた。服装は上半身裸で、下は腰布で覆っている。


「なんじゃあ貴様は。どこのどいつじゃ」

「我は最近ニコという名を貰った神だ」

「わははは! 最近だと!? 新参が偉そうに! どれ! ワシが少し揉んでやるか!」


 ニコは嗤った。偉そうな神ほど、敗北した時の狼狽うろたえぶりが見ていて爽快である。


「常世田。負けるなよ?」

「おうよ」


 迦具土には一瞬だけ見えた。黒いハットを被るスーツ姿の自称『神』が、急に接近し、その拳が自身の顔面に放たれた瞬間を。



ボゴオオオオオオ!



 迦具土は目にも止まらぬニコのパンチを喰らって吹き飛んだ。


「ぐぬっ! おのれ!」


 迦具土は後方に吹き飛びながら、さらに追撃しようと飛び掛かるニコに応戦した。

 蹴りを繰り出せばニコが避け、反撃の拳は迦具土の腕によって防がれる。

 その攻防は神らしい常人には計り知れない技と威力であり、お互い攻撃を防ぐたびに、轟音や衝撃波が周囲にばら撒かれた。


 迦具土は神々の中では古参である。イザナギとイザナミの実子であり、迦具土を産んだイザナミは、産道を火傷して黄泉の国へ去ることとなった。

 それに怒ったイザナギは、迦具土の首を落としてしまう。が、そこは神なので、今も存在しているということは、生きていたのだろう。


「無名の神が小癪こしゃくな! これでも食らえ!」


 膠着した殴り合いから一転、迦具土は炎を操り、ニコの全身を焼き尽くした。

 ニコはわざと煙の炭素濃度を上げて燃え盛り、苦しそうな表情をして見せた。


「わははははは! 塵になってしまえ!」


シュボッ


 迦具土は自分の後頭部付近から聞きなれない音がして、急遽、前へ飛び退いた。


 そこには、マッチで葉巻に火をつけ、空中で座った姿勢で足を組むニコがいた。


 深く被った黒いハットからは、並ならぬ鋭い視線が迦具土を睨む。


 迦具土は、燃やしたはずのニコを再度振り向いて確認する。そこには、確かに燃え盛る黒いハットとスーツの男がいるのだ。


「なんだこれは……!」

「くふふ、思ったより小さいリアクションだ。我の分身と手合わせした感想はどうだ?」

「なん……だと?」


 ニコは初めから迦具土の背後で、自分の分身と戦う彼を見ていたのだ。


「おのれたばかりおって!」


 元から怖い顔の迦具土は、怒り心頭で全身の炎を激しく燃焼させた。彼は猛烈な勢いでニコに殴りかかる。


 しかし、この拳はバフッと煙に巻かれた。ニコの頭部の半分は煙になったが、そのもう半分の目が殺意に満ち溢れて光る。



 ニコは葉巻をふかした。



 ここから始まるのだ。



 神による、神殺しが。


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