第14話 共闘、4人の挑戦者


 常世田はタバコを咥え、右手には日本刀を握っていた。1人で攻略した時と違って、周囲に仲間がいるので、無闇に振り回すことはできない。


「そんな長いの、ここじゃ使いにくいだろ」


 服部にもっともな事を言われてしまった。常世田は、日本刀を見つめると、一旦煙に戻してその長さを短くし、短刀――所謂ドスに変化させた。


「なんだそりゃ。何でもありかよ」

「へへ、これなら振り回してもそんなに危なくないよね」


 千秋は最後尾を精一杯歩き、ドスを持った白いスーツの常世田が、極道にしか見えないことにちょっと笑いが込み上げてきた。


 一行は2階に上がると、他の部屋とは違った紺色の扉を見つけた。常世田と服部は、この扉に見覚えがあり、すぐにゴブリンの部屋だとわかった。


「私はゴブリンを1体捕獲する。常世田と服部は残りを始末しろ」


 常世田はどうやって? という疑問が湧いたが、新庄の自信あふれる表情に言葉を飲み込んだ。


「いくぞ」


 新庄が勢いよく扉を開く。そこには4体のゴブリンが部屋の中央に密集して座っていた。


 新庄が信じられないスピードでそのゴブリン達に飛び掛かると、その内の1体の首を掴んでそのまま部屋の壁へと叩きつけた。


 残りの3体が彼らを敵と認識して、仲間を拘束する新庄の方へと走り出す。


 その瞬間、服部がしゃがんで床に手を当てると、走るゴブリン達の正面に土の壁が出現した。常世田は見ていた。床からもりもりと土が隆起し、壁を形成したのだ。


 常世田は、ゴブリン達が壁に囲まれてあたふたしているところを、後ろから襲撃した。


「おらーーー!!!」


 隙だらけのゴブリンは、後頭部にドスが突き刺さり、操り人形の糸が切れたように崩れ落ちた。

 続けて2体目に斬りかかると、今度は棍棒で迎撃してきた。しかし、その攻撃は振りが鈍く、常世田の左腕によってガッシリと防御される。

 そして、それと同時に放たれた常世田の横薙ぎは、ゴブリンの顔に深い切り傷を負わせた。


「ギョエーーーー!」

「チッ! 浅かったか!」


 顔を斬られたゴブリンは、棍棒を投げ捨てて逃走した。


 一方、最後の3体目のゴブリンは、常世田に飛び掛かり、並ならぬ跳躍力で常世田の頭部に棍棒を振り下ろしていた。


 刹那!


 そのゴブリンの頭部を何かが貫き、土の壁に突き刺さった。

 それは服部の右手からメキメキと音を立てて生じた木の枝であり、ほぼ右腕全体を覆うように太く、硬く、鋭い棘のようにゴブリンを空中で刺し殺していた。


 2体目の逃走したゴブリンは、部屋の隅でガタガタ震えて両手で頭を覆い、ぶつぶつと明らかにこの世界の言葉ではない何かを呟いている。


「アラメリリスタルサ……! ムヒカゴイル……! サメスタスタルッソ……!」


 千秋はその姿を見て、ゴブリンも怖いのだということを知った。


 常世田がトドメを刺すべく、そのゴブリンに近付くと、千秋は震えながら精一杯声を張った。


「こ、殺さないで! 殺さないで……もう、戦えないんでしょ? その子」


 その声に反応して振り向くゴブリンは、顔から紫色の血を垂れ流しながら、背後に近付く常世田に気付いた。

 ゴブリンは尻餅を付き、もう戦う意思はないような手の動きを見せる。


 すると、そのゴブリンはスーーーッと半透明になり、光の粒子と共に消えて行った。


「なるほど。『降参』ね」


 常世田も服部も、門の主が降参すると攻略が終わると言う事を知っていた。そして、どうやらゴブリンたちにもそういった降参による戦線離脱があり得るのだと理解した。


 服部は、土の壁を崩壊させて消去した。壁の残骸は床に吸収され、何もなかったように元の部屋に戻る。


 壁の向こう側があらわになると、使徒組の全員が息を呑んだ。


 そこには、全身の肌から金属のような何かを発生させ、その金属の塊でゴブリンを拘束する新庄がいたのだ。ゴブリンはジタバタと手足を動かし、抵抗する気でいるのが見てとれた。


 新庄はゆっくりと振り向いて告げる。


「千秋、来なさい。これがゴブリンだ」


 3人は驚愕した。彼女は使徒ではない。すると、この異能は何なのか。服部が珍しく取り乱して問いかけた。


「おいおい……冗談じゃないぜ。『本物の』超人ってわけか? 自衛隊は何を隠してんだよ」

「話せば長くなる。今は千秋のケアが先だ」


 千秋は優秀な研究者だ。その探究心は一般人とは比べ物にならないほど強い。

 また、ここに同じ境遇の常世田と服部がいる。ゴブリンを押さえつけて無力化してくれる新庄もいる。


 それらが、彼女をゴブリンの近くまで接近させる勇気として、彼女の足を一方踏み出させた。


「グキョエー! ギャッ! ギャッ!」


 首から上をブンブン振り、拘束を嫌がるゴブリンに、千秋は理性を持って接した。


「聞いて。言葉、わかる?」

「ギャビー! グギャー!」


 千秋は観察した。人間と同じ二足歩行。武器を持って戦う。時に恐怖を感じ、逃げることもある。

 千秋には、これが理性ある生命体であると感じていた。


「殺さない。だから元の世界へ帰って? あなたも死にたくないでしょう?」


 この呼びかけに、ゴブリンは目の前の人間が、何か語りかけていることに気付いた。


「グ、グギギ。カステスタルケリエ。クセテヒ?」


 千秋は地球人と同じく疑問系で語尾が上がる言葉遣いに注目した。彼らにも言語がある。それは戦闘だけでは決して発見できない重要な事実だった。


「殺さない。殺さない。帰って。あなたの世界に帰るの」


 千秋は敢えて同じ言葉を2回続けた。たとえ通じなくても、それが重要だと伝えたかったのだ。


 ゴブリンは、何かを訴える人間、自分を押さえつける人間、後ろに控える2人の人間を順に目で追って、到底勝ち目がないことを悟った。


 すると、ゴブリンはフルフルと震え出し、紫色の大きな目から、ポロリ、ポロリと涙を流し始めた。


「グルエステフタルス……! フ、フエテサッ!」


 ゴブリンは自分の言葉が伝わらないことを承知で、精一杯、千秋の目を見て訴えた。

 それは彼女には伝わらなかったが、『故郷へ帰りたい』という悲痛な叫びだった。



 ゴブリンの体は淡く光り、徐々に透けていく。


 千秋は、ゴブリンの頭を撫でてこう言った。



「ありがとう。おかえり」


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