第13話 最強の怖がり
使徒組のスキル習得から一夜明けて。
――午前10時30分。
作戦会議室では、月輪陸将をはじめ、陸上自衛隊の幹部や、新庄たち攻略者が円卓を囲んでいた。
「では、前衛が新庄1佐と常世田氏、後衛が服部氏と須賀氏でよろしいですね?」
議長の加瀬1等陸佐がそれぞれの役割担当をまとめる。新庄が普通の人間だと思っている常世田たち使徒組は、彼女が前衛に出ることに違和感を覚えていた。
この後の話し合いでは、今日中にできるだけ多くのダンジョンを攻略することとし、門の主に挑む順番は、服部、常世田、千秋の順とした。
先日のダンジョンも残っているところが幾つかあり、この会議が終わり次第、順次攻略に向かう。
「あの、ちょっといいですか?」
常世田は、千秋の門の主への挑戦は、最初の一回のみ、トップバッターがいいと進言した。
「昨日のダンジョンが残ってるなら、それは『レベル1ダンジョン』です。千秋ちゃんが門の主に挑戦するなら、まずレベル1で慣れてもらった方がいいんじゃないですか?」
ただでさえ強力な門の主である。常世田はレベル2ダンジョンの門の主が、どれほどなのか危惧していた。
「賛成。リターンリングもあるし、なんなら冗談抜きで強力な必殺技もある。レベル1で慣らしとくべきだろうな」
千秋は、あの必殺技を使うのは絶対に嫌だったが、服部の賛成意見と、何よりも自分を心配してくれている皆んなに感謝した。
「あの……私、きっとゴブリンを見ただけで震えが止まらなくなっちゃうと思うんです。門の主なんてとても…………。最初はリターンリングですぐに帰ってくるだけでもいいですか?」
この千秋の意見に応答したのは新庄だった。
「門の主の部屋に入る意思があるだけで上々。少しずつ慣らしていくといい」
千秋が発狂してどうしようもなかった状態を見ていた新庄には、今の落ち着いている千秋が期待以上の意欲を見せてくれたことにホッとひと安心していた。
シヴァは沈黙を貫いていたが、ここに来て初めて意見を述べた。
「千秋、君は自分が思っている以上に強い。君は人間界における破壊の極みを目撃した唯一の人間だ。門の主など、ましてゴブリンなど恐るるに足りないんだよ」
千秋は、震える左手を、右手でぐっと押さえつけて、シヴァと向き合う。
「でも……私、どうしたらいいか……」
「己を知れ」
ニコがよく通る声で呟く。それは優しさのあまり厳しい言葉が出てこないシヴァに代わっての助言だった。
「貴様からは計り知れない力を感じる。シヴァが恐れているのは貴様の暴走だ。それは地球を破壊しかねない。加減を知れ。ゴブリンごとき、小指の先で突くだけで跡形もなく消滅するだろう。今日の攻略で試すといい。己が如何に強力な存在かわかる。自信を持て」
「自信を持て」という言葉は、千秋の心に深く刺さった。それは彼女に『ゴブリンを1体だけ倒す』という目標を持たせた。その先に、自信を持って2体、3体と倒せるようになる日が来ると、彼女なりに希望を持つことができた瞬間だった。
「さて、ではそろそろ参りたいと思いますが、如何でしょうか」
一行は、会議室を後にし、ヘリコプターに乗り込んだ。ヘリコプターは、ここへ来た時とは違う大きなボディの機種で、中は広く30人は余裕で乗れそうな輸送機だった。
ミーシャはヘリコプターが気に入っていた。空を飛べない人間が頑張って作った空飛ぶ乗り物に感銘を受けたのだ。
「ヘーリコップター、ヘーリコップター。えへへ、千秋の隣に座るー」
千秋は震えていた。止まれと思うほど、力を入れても、力を抜いても、足の震えが止まらない。
常世田は服部と同時に立ち上がった。2人が千秋の元に歩み寄ると、ミーシャは千秋の膝の上に乗り、2人は千秋の隣に腰掛けた。
「大丈夫。俺たちが何とかする」
「馬鹿野郎。そこはちゃんと『守る』って言えよ」
常世田なりに精一杯勇気を出して言った言葉だったが、服部に馬鹿野郎呼ばわりされてしまった。
「ててて手を、ににに握っててもいい?」
2人は千秋の手を強く握った。それは小刻みに震えていたが、常世田がより強く握り、服部が優しく力を抜くと、千秋は少しだけ心が休まった。
***
ヘリコプターは東京、歌舞伎町の上空を飛行していた。小さな窓から外を覗くと、まるで大震災にでも遭ったかのように廃墟化したビルが所々見受けられた。
数が多い。それが常世田の印象だった。それがこの地域に密集しているだけならいいが、全国的にこの調子で毎日ダンジョンが生成されたら、1週間で街は崩壊するだろう。
「地方もこの調子なんですか?」
「いや、特に東京が狙われているようだ。人口密集地の被害が多い」
新庄によれば、常世田の地元、茨城では、5ヶ所がダンジョン化したそうだ。それに対して東京では51ヶ所が被害に遭った。
政府は、急遽天皇とその一族を北海道に避難させた。国会は一夜にして福島へ移転され、立ち入り禁止区域に極秘で建設されていた第二の首都に要人を避難した。
ヘリコプターは自衛隊により通行制限が掛けられた歌舞伎町1番街の入り口に着陸した。
向かって左側のビルがダンジョン化しているのがわかる。割れた窓からゴブリンが顔を出しているのだ。まるで外の世界を観察するようにキョロキョロと街を見下ろしている。
新庄は、皆がヘリコプターを降りるタイミングを見計らって服を脱いだ。下には白いビキニの水着を着用しているが、突然の出来事に皆、驚いた。
「え、なんで水着?」
「すぐにわかる。もっとも、レベル1ダンジョンで本気を出す可能性は低いかもしれんがな」
常世田はそれ以上深く聞かなかった。すぐにわかると言うのだから、そうなのだろう。
彼はヘリコプターでお預けになっていたタバコをふかす。新庄も愛煙家だが、彼女は任務に集中していた。
ニコ達神々は、彼らが並んでビルに入っていくのを見守った。特にシヴァは千秋のバイタルを、その気配で感じ取り、危険があればすぐに手助けに入る気だ。
新たなダンジョンの生成まで3時間半。
彼らはその間に歌舞伎町周辺のダンジョンを3つクリアするつもりである。
現場周辺には、ヘリコプターの着陸を見てスクープだと思ったテレビ関係者や、その動きに何かあったのかと集まる野次馬が群がっていた。
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