第12話 リワード

 食事を終えた一行は、各使徒から預かったダンジョンクリア報酬を返却してもらっていた。


 各自の報酬はメダルとスキルブック。また、それぞれ宝箱の報酬があるが、シヴァ千秋組は宝箱を開けていない。千秋が発狂していて、それどころではなかったのだ。


 常世田は首飾りを自衛隊に買い取ってもらうことにした。鑑定額は1500万円。この金額に、常世田は椅子から転げ落ちた。


 緑色の液体が入った小瓶は、一滴ほど自衛隊が預かり、化学的に分析が行われている。

 この瓶を見たニコは、それを『回復薬』と言った。傷に直接かけたり、服用する事で効果を発揮する。


 また、ブレスレットについても、ニコたち神々が口を揃えて『リターンリング』と鑑定した。

 装着した状態で「リターン」と宣言する事で、門の主の部屋からも脱出が可能となる。効果は1人だけだが、何回でも使用できるため、かなりレアなアイテムだそうだ。


「ほーん。レアなんだ。ハイ、あげる」


 常世田は、隣に座り小刻みに震える千秋にブレスレットを差し出した。


「腕に嵌めて? お守りだと思ってよ。怖くなったら、リターンって言えば戻れるってさ」


 千秋は、ポロリ、ポロリと涙を流しながらリターンリングを腕に嵌めた。ミーシャは千秋の膝の上で、ぶどうゼリーを味わっている。


 服部は、宝箱2つから、常世田と同じ回復薬と、黒く神秘的な光を発するナイフを獲得していた。ナイフと言っても刃渡は30センチぐらいある大型のナイフで、湾曲した片刃の抜き身は、未知の金属で作られていることがわかった。


「やっぱちょっとデカいな。自前のナイフの方が使いやすいんだが。まあ予備に持って行くか」


 そして服部は何の躊躇ためらいもなくスキルブックを開く。

 すると、スキルブックには『自然治癒Lv1』とタイトルが記載され、使用方法には、怪我を負った時に自動発動、注意事項には、即死には効果なし、と記載してあった。


「服部さん、何のスキル?」


 常世田のほうが年上だが、何となく『さん』付けで服部を呼んだ。見た目が若返り、25歳ぐらいに見える常世田は、服部が年上に見えていた。


「自然治癒だってさ。でもレベル1だからあんま期待できないな」

「いや、でもアタリだよね。うわー、俺これ開くの緊張するー」


 頼む! 神スキル来い! と、常世田が目を瞑りながらスキルブックを開くと、そこには――




――『脱糞だー』




 というタイトルが記載されていた。


 常世田は一瞬眉をひそめたが、それが明らかにバカにしているクソスキルであることを確信し、真顔になった。

 クソスキルのくせに説明が異常に長いことも、彼の精神力をゴリゴリ削って行く。



『脱糞だー』


使用方法


 この優秀なスキルはパッシブスキルなので、自分の思った通りのタイミングでは使用できません。これは神スキルの運命(さだめって読んでね)なので、ここぞという時に貴方をピンチから救い出すでしょう。思えばこのスキルを考案したのは――以下略


発動条件


 しゃがみ強パンチとヨガフレ〇ムに対して自動発動。やはりヨガフ〇イム対策は必須だと思います。それに加えてしゃがみ強パンチにも対応していますので、死角はないと言っても過言ではありませ――以下略



「ぶっ! ぶふふっ」


 意外にも隣で見ていた千秋が笑った。常世田は真顔のままだが、この状況で千秋を笑わせられたのは、このクソスキルの最初で最後のいい仕事だったかもしれない。


「常世田、なんだったの?」

「え……いや、口に出すのも嫌だ……」

「んー?」


 服部が席を立ち、無造作に開かれた常世田のスキルブックを覗き見る。


「ぶふっ。ん? んー、んー、ブハハハハハ!」


 すると、服部が突然しゃがんで強めのパンチを常世田の太ももに打ち込んだ。


「何すん――ア゛! ア゛ーーーー!」

「え!? 嘘でしょ!?」

「ブハハハハハ! ヒーっヒッヒッヒ!」


 座ったまま硬直する常世田の隣で、千秋が慌ててガタンと席を立つ。服部は爆笑してうずくまった。


「ハッ、ハッ、はあーーーん。千秋ちゃん窓あけてー。ふえええん、皆んな見ないでー。ニコ様たすけてー」




***




 常世田はシャワールームを借りた。スーツと下着はニコ特製の汚れない服だったので無事だった。


 常世田の隣に座っていたはずの千秋は、服部の隣に席替えしていた。


 一同は常世田の粗相のせいで静まり返っており、時々、服部がブフッと吹き出す声が響き渡っていた。


 そして何よりも、千秋の前に置かれたスキルブックが、皆の緊張感をことさら高めているのだ。


「私これ開くの怖いんだけど」

「そんな本捨てちまえよ。どうせクソスキルしかでねーよ」


 常世田はすっかりグレていた。


「だいじょぶっしょ。あんなクソスキル、2連続で出たりしないだろフフッ」

「千秋ー、いいスキル出たら明日の攻略、一緒に頑張ろうなー」


 千秋は、すっかり服部ミーシャペアに心を癒されていた。2人の応援もあり、心を決めて表紙をめくった。



 そこには――



『アルティメットファイナルディスティニーキングオブデストロイジェノサイドぬこ』


使用方法


 足を大きく開き、腰を落とします。背筋を伸ばし、肘を脇腹に当ててください。この時、手のひらを上にして前に突き出すのがポイントです。


 ゆっくりと手を握り、素早く人差し指と親指だけ伸ばして下さい。どちらか片方の手で攻撃範囲を指差します。その際は、ピーンと肘を伸ばし、歯を食いしばって目を見開いて下さい。広範囲を指定する場合は、右から左へ人差し指を移動させます。この時、『はあああああ!』と如何にも力を溜めてそうな演出は欠かせません。


 その状態で、大声で『アルティメットファイナルディスティニーキングオブデストロイジェノサイドぬこ!』と叫びます。


 すると、ぬこが現れ、口からビームを放出します。


 相手は死ぬ。



「何これ……私これやるの?」

「んふっ。練習しなよ」

「何いまの『んふっ』て」


 後ろから覗き見ていた常世田が軽く吹き出す。皆、横から後ろからスキルブックを覗いており、服部は、月輪陸将の顔が真剣であればあるほど、笑いが込み上げてきた。


「ブフッ! ブハハハハハ!」

「ちょっと! 笑わないでよ!」

「千秋ー。このスキルきっと強いよ? だって『相手は死ぬ』って書いてあるもん」

「んふふふふっ! んごっ!」


 千秋は後ろで吹き出した常世田の腹をグーパンした。強パンチではなかったので『脱糞だー』は発動しなかった。


「そうね。ミーシャはいい子ね」


 千秋は、ミーシャの頭を撫で撫でしながら、アタリなのかハズレなのかわからないスキルに首を傾げ、しかし、確かに少し元気が出たことにホッと一息ついた。


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