第11話 神々と人々

「はむ、もぐもぐ、はむ、もぐもぐ。ごくん」


 服部の膝に乗り、プリンをむさほる幼女『ミシャグジ』は、プリンがなくなってしまった事に深く、深く悩んでいた。


 悩む事5分。


 ダイニングテーブルには、常世田とニコ、服部とミシャグジ、新庄黒崎、シヴァが座り、月輪つきのわ陸将の到着を待っていた。


「じーーー。服部〜。なくなっちった」

「そうだなあ。食っちまったんだからしょうがねえなー」

「もう一個欲ーしーいー」

「しー、静かにしろって。またシヴァにシバかれるぞ」

「ぷーーー! シヴァがシバくプークスクス!」


 すると、目を瞑り黙っていたシヴァが視線でプリンの空の容器をボンッと破壊した。


「ぴえん」

「それみたことか。頭ハジかれなくてよかったな」


 常世田は、少しもシヴァを恐れていない服部を見て、これほど肝が据わっている男に出会ったのは初めてだと感じていた。

 裏稼業の人間。日常では関わることのない殺し屋は、確かに同じテーブルに着き、5才ぐらいの幼女を膝に乗せ、ケラケラと笑っていた。


 ニコは、明らかに古参な神たちを前に、それぞれの思惑を推し量っていた。


 ミシャグジの姿は初めて見たが、幼な子の容姿から、駄々をね出したら大変な事になると思った。かつての大震災も、この神の仕業だろう。

 すると、この『試練』に臨む目的は何か。単に暇だから。面白そうだから。ニコには、そんな神の中の神らしい動機が見えた。


 シヴァに関しては、文献でその姿の予想図を見たことがある。概ね、実際の容姿と一致している。

 この神も古い。ミシャグジほどではないが、数千年は生きているだろう。

 おそらく、この試練に臨む動機は『力の誇示』だ。反物質に目を付けたところが破壊の神らしい。彼にとって、もはや核融合は過去の産物。次世代の破壊エネルギーで自身の力を確固たるものにしようと考えているのだろう。


 と、ニコはある程度推察したところで葉巻に火をつけようと、マッチを用意する。


「ここは禁煙です」

「…………。まるで我の存在を否定されているようだ」

「そうだそうだ。俺たち自身が禁止されてるみてーだ。タバコ吸いたいよう新庄さーん」

「屁理屈をねないで頂きたい。吸いたければ外でどうぞ。しかし、もう陸将が来ますので我慢して下さい」


 すると、ニコは部屋の窓を開け、ふわふわと外に出て行った。ちなみにここは5階である。


「あ、ずりー!」

「君、うるさい。千秋が起きてしまう。そんなに吸いたいなら君も外に出ればいいだろう?」

「いや、俺飛べないし」


 それを聞いたニコが窓の外から告げる。


「頭を叩かれなければわからんのか。貴様は何だ。煙は宙に浮くものではないのか?」


 常世田は数秒黙って考えた。


「…………。え、まじで?」

「貴様にできない事は?」

「……何一つない」


 常世田は自分の体を煙だとイメージした。


(俺は煙。煙。微粒子。水蒸気と二酸化炭素。不完全燃焼の場合は炭素も。その場合、黒い煙になる。俺は完全燃焼した煙……)


 常世田のイメージが確立した時、彼の体は衣服ごと煙になった。まるでヴァンパイアが霧になるように、ボフンと白い煙になり、かろうじで常世田の輪郭を保っている。


『うわ、俺、霧散しそうなんだけど』


 ニコは、ここまでやれるとは思っていなかった。これを見ていたシヴァとミシャグジも、彼の実力を推し量った。


「へー、服部も面白いけど、あの人間も面白いね」

『いや、待って、この状態でタバコ吸えんの?』

「貴様はやりすぎだ。加減を知れ」


 常世田はふわふわと部屋の上部に浮いたり、窓に向かって浮遊したりしながら、徐々に実体を取り戻して行った。


「ふう、こんなもんかな」

「使いこなせ。瞬時に変化できるようにしろ」

「へいへい」


 そして常世田がタバコに火をつけようとした時。



ガチャリ



「遅くなった。申し訳ない」


 月輪陸将が入室した。常世田は気付いたが、タバコを優先した。彼にとって一服タイムは至福のひと時であり、何人なんぴとたりとも邪魔はさせない数分間なのだ。



――6分後。



「あらあら、お待たせしちゃいましたね。すいません」


 ニコと共に部屋に戻ると、須賀千秋以外は皆、席に着いて、運ばれてくる料理を目で追っていた。


「揃ったようなので自己紹介を。私は月輪つきのわ正義まさよしと申します。陸上自衛隊陸将を務めております。どうぞよろしく」


 月輪は凛とした緑の制服に、数々のバッジ――き章を携え、清潔感溢れるイケオジだった。彼はこう続ける。


「食事の前に、皆さんも自己紹介をお願いします」


 自己紹介は新庄から始まり、須賀千秋を除いて順次滞りなく終わった。


 ミシャグジは、服部が付けてくれた『ミーシャ』という愛称で呼んで欲しい、ついでにプリンも欲しいと付け加えた。彼女の夕飯はお子様ランチで、ぶどうゼリーも付いていたが、彼女はそれに気付いていない。


 シヴァは自身が破壊の神であること、無差別に破壊したりしないことを強調し、須賀千秋の分まで自己紹介した。


 そして全員が食事を始めると、千秋が目を覚ました。


 それは穏やかな起床ではなく、ガバッと上半身を起こして、呼吸を荒くする、本人にしてみれば嫌な目覚め方だった。


 シヴァは、また自分の姿を見て怖がるのではないかと、少しバツが悪そうに下を向いた。


 その様子を察して、服部がミーシャを肩車して千秋に声を掛ける。


「だいじょぶか? みんなメシ食ってるけどどうする? 腹減ってないか?」

「ハア! ハア! ふぅーーー」


 千秋はミーシャに手を伸ばし『こっちにおいで』と目で訴える。

 千秋はミーシャを抱きかかえると、まるですがるように強く抱き締めた。それは可愛いものが好きな千秋が、幼女の愛らしさに癒されようとしていたからであり、ミーシャもまた、それを察して千秋の望みに応えた。


 シヴァの隣の席は空いていたが、千秋はミーシャを抱っこしたまま、シヴァから離れた常世田の隣に着席した。


「常世田と申します。よろしく」

「須賀千秋です」


 こうして、神々とその使徒たちのファーストコンタクトは無事に終わり、翌日の『試練』に向けて、作戦会議が行われようとしていた。



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