第3話 想像力


 常世田は黒焦げから生還して初めてのタバコを味わった。それは久しく感じたことのない健康体におけるタバコの喉越しであり、いくら濃く吸っても、咳も出なければ胸も痛くない、そんな最高の一服だった。


「ふぅ〜〜〜。はぁ〜、うめえ」


 常世田は、全身にニコチンが巡り、やや体がポカポカと暖まる感覚を得た。


「常世田、何かおすすめはあるか?」


 人間界の食べ物など、まして食べ物そのものを食べた事がない神は、何が美味しいのか知らなかった。


「んー、神様――なんか神様って呼びにくいですね。名前付けてもいいですか?」

「フフッ! 笑止! 貴様程度に――」

「ニコってどうです? ニコチンのニコ様」


 すると、タバコの神は数瞬、眩く全身が発光し、それは店内をフラッシュライトで照らしたように白く、あらゆるものに濃い影を落とした。


「ほう。これは驚きだ。貴様には我を崇拝する『神主』としての資質があるようだ。……いや、使徒であるなら当然か――」


 タバコの神『ニコ』は、ぶつぶつと常世田には理解できない独り言を呟いた。


「ニコ様、このナポリタンなんてどうですか? オムライスも捨てがたいですが……」

「む? ならナポリタンとやらを戴こうか」




 ニコは、料理が運ばれてくるまでの間に、自分が1柱の神として『神々の試練』に参加することになった事、試練は自分が選んだ『使徒』を参加させ、その成果で優劣を競う事、試練は今日の午後3時に始まる事を話した。


八百万やおよろずの神様達ですか」

「参加するのは神だけではないぞ? 妖怪や物怪、鬼やら異国の悪魔も参加するようだ」

「うえ……それってかなりの規模なんじゃ……」

「そうだな。主催者はイザナギとイザナミだ。この日本に数多の神々が集約する」

「日本だけ?」

「そうだ。あと1時間で日本各地に『門』が出現する」


 ニコは、今頃神々や妖怪などが『使徒』を選抜して門の出現に備えているだろうと話す。

 常世田はアニメやライトノベルで見たようなバトル展開を想像した。


 すると、自分の武器が何なのか知っておかなければならない。


「ニコ様、俺の武器は?」


 ニコはニヤリと笑みを浮かべると、常世田が指に挟んでいるタバコを指差した。


「フフ、それだよ。我も貴様も、それが一番好きだろう? 貴様はタバコを吸うほど強くなる。煙を武器に変えることもできる」


(やべー。モク〇クの実だ)


 常世田は某海賊マンガのアタリ能力を引いたと思った。しかし、どうやって煙を操ったりするのかわからない。


「どうやるんです?」


 すると、ニコは葉巻の煙を操り、ハリセンを作って常世田の頭をバシッと叩いた。


「痛っ。いやそんなに痛くねーけど痛っ」


「貴様に足りんのは『想像力』だ。できない事など――」

「何一つない。ね。その言葉、結構好きです」


 そう言いながら、常世田はメビウスをスウウウッと吸い込んだ。火種がパチパチと音を立てて灰になっていく。


「フゥーーーーーーー」


 常世田はイメージした。元々特許の仕事に携わり、超論理思考の持ち主である彼は、その物体の形、構造を具体的に構築していく。


(それは凶悪な武器。色はメタルでフレームとスライド、バレルにチャンバーにトリガーを備え、ハンマーによりファイアリングピンを打ち付ける。それは実包の雷管を叩き――)


 常世田が吐き出した煙は、グネグネを形を変え、彼がイメージした『武器』へと変わっていった。

 常世田は元来は右脳派である。足し算も数字が色としてイメージされ、例えば3+4=7が、彼には黄色と青を混ぜると緑という風にのだ。


 しかし、特許実務という限りなく左脳派の業務に携わり、彼の脳は『言葉』で満たされ、色や形を失っていった。


 が、ここに来て常世田の右脳が活性化する。それは左脳の『理論』を伴ったハイブリッドな『想像力』であり、常世田は脳がチリチリする感覚と共に、テーブルの上に凶悪な武器を出現させた。


 ベレッタM9。それが常世田が選択した最初の武器である。


「ふへへ、暴発とかしねーだろうな……」


(コイツ……いきなり複雑な構造体を創りおった。最初はナイフでも出せれば御の字と思っておったが……)


 常世田は背中に銃を隠すと、両手をグーパーさせて手に力を入れた。


「筋力とか、ステータスはないんですか?」

「そんなものはない。全ては己の感覚だ。力が欲しければタバコを吸え。さすれば、貴様の拳はやがて岩をも砕く鉄拳になるだろう」


 常世田は、メビウスを根元まで吸い込むと、体の内側からじわじわと熱が込み上げてくるのは、『タバコのチカラ』なのだと実感した。



 2人分の料理が運ばれてくる。



 ニコは初めての人間の食事に舌鼓を打った。それは嵐の前の静けさ。これから起こる『惨事』の前の、ちょっとした平和なひと時だった。


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