第2話 神々の思惑


まえがき



『スモーキング・シンドローム』


1話完結の方を先にお読み頂いた方は、連載するに当たって、少しだけ最後の方を修正したので、ちょこっと最後だけ読み直しして頂けると、うふふって嬉しくなるかもしれません。


あんぽんタソでした。


以下、本編をお楽しみください。




――――――――――――――




「さて、1人選べと言われてもなあ」



 空中をふわふわと飛翔する男は、自慢のオーダーメイドスーツと黒のハットを着こなし、自分が担当する『使徒』を探していた。



 その時。



ドオオオオオオオオオオオオオン!



「む?」


 彼の目にキノコ雲が映った。好奇心旺盛なその男は、野次馬心を駆り立てられ、ふよふよと現場に降り立った。


 現場は騒然としており、横転したトラックや、周囲のクルマはまだ炎がくすぶっている。


 周囲の人達は、空から降りてきた男に目もくれず、まるで見えていないようだった。怪我人を救出すべく走る人達も、文字通り彼を


 男は現場から遠く離れた花壇で黒焦げになった遺体を見て呟く。



「ほう。これは逸材」



 男は内ポケットから葉巻を取り出すと、パンチカッターでヘッドに穴を開け、マッチで火をつけた。


 仰向けで口から煙を吐いている黒焦げの遺体に近付き、ぷかぷかと葉巻をふかすと、男はフウーーーッと遺体に煙を吹きかけた。


「目覚めよ。終末は近い」


(ゴホッ! ゴハッ! 何だ!? どうなった!?)


 遺体は精神だけが覚醒し、常世田は仰向けで意識不明のまま男の呼び掛けに反応した。


「ふむ。常世田とこよだ龍泉りゅうせんか。少し歳がいっているが何とかなるであろう」


(何の声だ? それに……胸が苦しくない)


「それは我が治した。我と契約するなら火傷も治してやろう。どうだ?」


(え? 俺いま火傷してんの?)


「黒焦げだ。ハッキリ言って助からん」


(んじゃ何でいま喋ってんの?)


「キサマ察しが悪いな。我は神だ。貴様は今際の淵であの世に行く前に我に呼び止められたのだ。貴様には適性がある。我と契約すれば生きながらえるぞ。健康な身体も与えてやる。どうする?」


(あ、はい。お願いします)


 自称神の男はニヤァ〜っと悪魔のような笑みを浮かべると、葉巻をスゥーーーッと吸い込み、大量の煙を吐き出した。


 煙は常世田の身体を包み込み、みるみる内に火傷を癒していく。その肌は20歳は若返ったと見紛みまごう程の艶と張りで、醜く太った腹は引っ込み、全身に程よい筋肉が付いて、見るからに若く健康体となった。


 常世田は目を開けて周囲や身体を確認する。丸裸な事に気付いた彼は、下半身を両手で隠して狼狽うろたえた。


「ちょ! 全裸はマズイでしょ! なんかないですか!?」


 目の前の黒いスーツ姿の男が声の主と察した常世田は、衣服を要求する。


「む、そうだな。では特別にこれをやろう」


 男は葉巻を吸い、フゥーーーっと吐きかけると、常世田の全身を覆って白いスーツに変化した。シャツは黒く、ネクタイは白である。


「それは簡単には破けんし、体格に合わせてサイズも変わる優れものだ。汚れないし燃えたりもしない。大切にしろ」

「ありがとうございます。あの、何てお呼びすればいいですか?」

「我は比較的新しい神でな。名などないわ」

「何の神様?」



「フフ。貴様の好きなタバコの神だ」



***



 2人は場所を移し、現場から近い喫茶店に入った。タバコの神も実体化し、人間のように装っている。

 店員はたじろいだ。今どきハットを被るスーツ姿の男など見た事がない。おまけに同行者が白のスーツで、赤のメッシュが入った銀髪のロン毛である。


「い、いらっしゃいませ。2名さまでしょうか?」

「そうだ」

「おタバコはお吸いになられますか?」

「もちろんだ」


 人間界に初めて降りて来た神にしては、人間っぽい振る舞いで喫煙席についた。


 常世田はソワソワしていた。移動している時からタバコが吸いたくて仕方がなかったのだ。


 タバコの神が葉巻を取り出すと、常世田は息を荒くして頼み込んだ。


「あの! 俺にもタバコ貰えませんか!?」


 タバコの神はテキパキと葉巻に穴を開け、流れるような手つきで火をつける。


「ふぅーーー。自分で出せばよかろう」

「え? 自分で? どうやって?」

「むう、面倒な奴だ。手のひらを出してみろ」


 常世田は言われた通りにテーブルに右手を上にして出した。


「よいか? これからやる事は想像力がものを言う。貴様はもっとイメージしろ。できないことなど何一つないのだ。自分の手のひらにタバコを出現させることなど朝飯前だ。強く願え」


 できないことなど一つもない。この言葉は常世田に刺さった。常世田は何でも努力して成し遂げて来た。触ったこともないパソコンに慣れるのも、特許というマイナーな文献を扱う仕事にも、努力で一人前になれるよう適応してきたのだ。


 ならば、この手のひらに大好きなタバコを出現させることも出来るはず!



シュウウウウ



 その時、常世田の手のひらには得体の知れない気体のようなものが渦を巻いて集まって来て、光の玉のように淡く光ると、手のひらにストンとタバコの箱が落ちて来た。


 それは常世田が10年好んで吸い続けて来た『メビウス ワン ロング』である。


「! やった! できた!」

「騒々しい奴だ。今はまだ人に見せると奇異な目で見られるぞ?」


 常世田は『今はまだ』という言い回しが気になった。これは特許実務に携わっていた彼だからこそ『言葉』に敏感であり、つまり将来的には異なるという結論が見えてくるのだ。


「今はまだってどういう意味です?」


 タバコの神は葉巻を味わいふかすと、


「始まるのだよ。神々の遊びが」


 とわらった。

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