第3話 黒魔竜

 と感じた瞬間、左足に鋭い痛みが走った。


「蒼鋼木を足蹴にして、無事で済むと思ったのか?」


 俺は樹木の枝に絡め取られ、足には剣のように鋭い葉が突き刺さっていた。


「ぐっ」


 右足に焼けるような痛みが走る。いやそれよりも。ファクダのやつ、【蒼鋼木】と言ったか? 宝剣の鍛造に必要な素材の一つだ。こんなところに群生していたのか。普通の杉と見分けがつかなかった。だから今まで発見されていなかったのか?


 愛剣のレディレイで枝を切断しようとするが、刃が通らない。宝剣の直接の材料ではないというのに、この硬さか。まずい。助からないんじゃないか?


「みっともない。剣聖といえどこの程度か」


 ファクダはそんな悪態をつきながらも、蒼鋼木の枝を切断し、俺を助け出してくれた。


「すまない、助かった」


「これで分かっただろう? ここは人間の来るところではない。さっさと帰って……」


 そう言いかけたところで、ファクダの動きが止まった。


「それは……宝剣アイレスか?」


 さっきの落下の衝撃で、宝剣アイレスが鞘から抜け出てしまっていた。


「そうだが。錆びて使い物にならないが……」


「本物が現存していたとは……おいお前、すぐに鞘にしまえ!」


「な、なんでだ?」


「黒魔竜が来る!」


 ファクダは無表情のままだが、声のトーンが上がっている。魔導人形ながらに慌てているようだ。そんなにヤバいのか?


 次の瞬間、辺りを黒雲が覆った。雷鳴が轟き、複数の影が旋回しているのが見える。これが、黒魔竜なのか?


「逃げましょう!」


 ファクダは歩けない俺を抱えて走り出した。魔導人形とはいえ、こんな少女に抱き抱えられる日が来るとはな。


 ファクダは信じられない速さで疾走している。俺でなきゃ気絶するレベルの速さだ。どんな魔術を使っているのだろうか?


 何にせよ、これだけのスピードが出せれば逃げ切れそうだ。


 と思ったのも束の間、後ろから閃光が走った。


 数瞬遅れて、ドラゴンブレスだと気付く。ブレスは目の前に着弾し、岩盤をドロドロに溶かした。


「くっ、逃げ道を塞がれたか……」


 ファクダの装甲がいくら硬いとはいえ、これでは足を取られる。止まるしかない。


 ファクダが逡巡しているのを好機と見たのか、黒魔竜は急降下し、前肢を振り下ろしてきた。


 刹那、竜の悲鳴が響き渡る。


 剣に変形したファクダの腕が、竜の爪を削ぎ落としていたのだ。


 だが。


「くっ、腕を持っていかれたか」


 ファクダの右腕は肩口から切り落とされ、魔力が漏れだしていた。俺が何度打ち込んでも斬れなかった装甲をこうも容易く破壊するとは、セプテントリオの生態系はどうなっているんだ?

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