第8話 血の迷い

私は生活するのに協力してくれなさそうな母親から完全な独立、縁切りまでを考えていた。私はこのさきの不安から最近は就活を始めることにした。まずは希望の就職サイトで自分の家から通勤できそうなところで給料が月20万円以上でさがした。私はクリエいてぃぶ職にあこがれていたため、デザイナーに募集したかったが何をしようとスキルが求められた。まあ当然と言えば当然である。高卒でも雇ってくれて、なおかつ給料が20万で専門知識がいらないとなると、やはり事務系になる。事務系は女有利なイメージがどうしてもあるが、しょうがない。



静寂が住宅街を包んでいた。私は原付を慎重に操って、狭い道を進んでいた。家々はぎっしりと詰まっており、その間を縫うようにして小道が何本も交差していた。気を引き締めながらコーナーを曲がると、右手の細い路地からゆっくりとシルバーのクラウンがこっちに向かって走ってくるのが見えた。


いつもなら即座に速度を落とし、譲るべき瞬間だったが、何も変わらない日常に嫌気がさしていた私は、今日は違う選択をしようと決めた。「これならぶつかっても大した問題はないだろう」と考え、そのまま進路を維持した。


クラウンの正面が私のスーパーカブとぶつかった瞬間、その衝撃で私の体の右半分が車のフロント部分に軽く打ちつけられた。金属と肉体が接触する低い鈍い音が響き、その瞬間、私は痛みを感じたが、事前に危険を予測していたために、直前に自分の体を守る体勢にしていた。具体的には、ぶつかる直前に私は右足を引き、体を左に傾けることで、直接的な衝撃を避けた。そのため、ぶつかった部分にはそれほど大きなダメージはなかった。私はこの時思わず勝利の笑みがこぼれた。


バイクのハンドルから手を離し、バランスを崩しながらも何とかバイクを止めることができた。周囲を見渡すと、クラウンを運転していたどこにでもいそうな老人は車を停め、驚いた様子で急いで私のもとへ駆け寄ってきた。彼は深く一礼し、「ごめんなさい、本当にごめんなさい。あなたを完全に見落としていました」と何度も謝罪した。その言葉には真摯な後悔と心配が込められていた。


私は軽い痛みを覚えながらも、「全然大丈夫ですよ」と答え、わざと少し痛そうな演技をしてみせた。これは相手を安心させ、同情を引くための小さな演出だった。老人の顔は一層申し訳なさそうに曇り、彼は安堵の表情を浮かべながらも、状況を把握しようとしていた。


老人は私に向かって、気遣いの言葉をかけながら警察を呼ぶことを提案した。「一応警察呼びましょう。こういうときは警察呼ぶのがいいらしいです。よかったら車の中に座りますか?」私はそれを丁寧に断り、「いや、大丈夫です」と答えた。老人は少し不器用そうにスマートフォンを操作し、警察に連絡を取った。その間、私たちの間の空気は明らかに気まずいものだった。彼は何度も謝り、「足とか大丈夫でしたか?ごめんなさいね」と心配そうに尋ねた。私は彼が私が故意にぶつかることを許容したとは思ってもみなかった。


やがて、男女二人組の警察官がバイクで現場に到着した。彼らはすぐに事故の状況を把握しようと、老人から主に事故の詳細を写真を撮りながら聞き出していた。私に対しても、「大丈夫ですか?」と何度も心配してくれた。その一つ一つに丁寧に「はい、大丈夫です」と応えながら、心の中では苦笑いを浮かべていた。「そこまで心配しなくても大丈夫ですよ。」私は彼らに向かってそう言いたかった。しかし、言葉には出せなかった。代わりに、心の中で続けた。「それなら、普段の私の生活をもっと心配してくれるとありがたいのに。」日々の苦労や孤独、それに伴うストレスには誰も目を向けない。事故が起こると突然、皆が心配するが、普段の生活の中で私がどれほど支えを必要としているかは見過ごされているからだ。警察官たちは丁寧に事故の報告書を作成し、私と老人の双方の話を聞き、必要な情報を収集した。


事故後、老人と私はお互いの連絡先を交換した。その場で、私たちは互いに今後の連絡を取り合うために携帯電話の番号を記録し、状況が変わった際には連絡する約束をした。警察による事故の記録が終わると警察官は私に保険金ついてに説明してくれた「保険会社には詳細を報告して、必要書類を提出してください。軽傷でも、慰謝料の請求が可能ですから。」その夜、私は自宅で保険会社の担当者に電話し、事故の詳細を伝えた。保険会社の人はやさしく丁寧に対応してくれたため、私は何をすればいいか明確になった。数週間後、私は保険金と慰謝料の支払いを受けることが確定した。それは勝利の印だった。お金が手に入る手続きなら難なくこなすことができた。


事故から得た保険金の額は予想をはるかに超えていた。少しの間、その意外な金額に心が躍った。私はそのお金の一部で山下達郎のCDと私の以前から読みかかった本を何冊をAmazonで注文した。しかし、その小さな喜びも束の間、明日控えたエントリー先の会社説明会を思い出すと、またしてもゆううつな気分に沈んだ。Webでの説明会とはいえ、その準備と参加に向けた心理的な重圧は少なくない。


翌日、私が予約していた花の卸しうり会社の事務職に関するオンライン説明会があった。この説明会に参加するために、事前に指定されたビデオ会議アプリをダウンロードし、セットアップを済ませていた。スーツを着るかどうか迷った末、静かなる抵抗から葬式に来ていってから洗っていないカッターシャツのみを着ることを選んだ。


このアプリを使うのは、コロナ禍の際に大学の授業で使用して以来だった。そのため、基本的な操作方法はすでに把握していた。説明会の時間になると、私はアプリを開き、予定通りにログインした。画面には説明してくれる人と私の身の参加者はたったの二人だけだった。説明者がオンラインで挨拶を始めると、私はあらかじめ計画していた通りにマイクをミュートにし、パソコンのスピーカーから好きな音楽を流し始めた。説明者の話はドローンのように一定の調子で続いて退屈であったが、私はうなづくことで時々リアクションを示し聞いていることをアピールした。


私はどうやら質問も止められる可能性があることを聞いていたので、話の最中無理やりに質問を作った。質問はごくありきたりな最初に配属する部署はどれですか?にすることにした。私はそれからは話半分で聞いて半分はスマホを使ってニュースを読んでいた。そして話が終わり私に質問する時間が来た。マイクをオンにした瞬間、事件は起こった。


背後で鳴っていたスピーカーからは、カニエ・ウェストの「Heartless」が流れていた。そのドラマチックなビートとメロディが、いきなりオンライン会議の空間に侵入したのだ。その瞬間、私の頭は真っ白になり、私はこの説明会を退出することが一瞬頭をよぎった。画面の向こうの説明者は驚いた様子もなく、ただ静かに私の反応を待っている。社会人のスルースキルを見せつけられたような気がした。「あの、すみません」と私は慌てて音楽を止めた。私は音楽を止め、声のトーンを上ずらせ、質問した。そしたら「なるべく希望どおりにします。他に質問はありますか?」という無機質ながらも確実な回答をくれた私は「ありがとうございます。他は大丈夫です」と言いさっさとマイクをオフにした。その後はさすがに音楽を流すことはしなかった。終わりがけに私の今度ぜひ実際に会社見学に来てください。と言われたそれは私のメールあてにすぐ送ってくれるといったのに送ってくれなかった。最後は「ぜひ今度実際に会社に見学に来てくださいね。また、希望する日程を添付したメールを後ほどお送りしますので、都合の良い日を選んで返信していただければと思います。」と期待のある言葉をくれた。それは一見すると期待に満ちたオファーだったが、実は私のメールアドレスにはその後何の連絡も来なかった。約束された招待メールが送られてこないのは、もしかして私の音楽トラブルが影響しているのだろうか?いや、まさか。


それからいくつか会社説明会を受けてみて、ようやく一時面接にありつけることができた。面接の日、私は朝から緊張で胃が痛み何回もトイレに駆け込んだ。事前にスマホのメモでだいたいしゃべることを決めていたが、どんな質問が来るかは未知であった。それでも、何となく面接には合格すると思っていた。なぜなら、応募したのは給料が非常に低い単純な事務作業の職だったからだ。この仕事は、本気で長く続けるつもりはなく、お試し感覚で応募したものだった。


私は緊張感から清潔感という言葉に対する反感をもった。そうすることで気を紛らわせることができた。女がよくいう清潔感って形を変えたるっきずむによる差別を清潔感という口実のもと使っているだけだ。女も体毛そるのは正直やめてほしい。そう実際に言われたらどうだろう。おそらく女どもはそろいもそろって眉をひそめるだろう。しかし、それは価値観の押し付けがいかに一方的であるかを示す例として挙げることができる。汚いもの怖いものに蓋をする社会を変えるたいそうな思想をもち、私は月給20万円の仕事の面接に受ける。なんとみじめなことだろうか。


面接は予想通り悲惨な結果となった。

面接官から「この職にどのように貢献できると思いますか?」との質問が出たときも、私の心と口は完全に同期を失っていた。答えは頭の中で整理されているのに、それを言葉にすることができず、スマホを見まいとしても、見ないと言葉がまったく浮かんでこない。私は似たような質問に対する答えを一瞬の画面スクロールの内に探した。「ええと、私は、その、貢献...、えっと、技術的なスキルを活かしてをすることはできませんがパソコンは普段から触っているため、それは事務作業に生かせると思います。」と、言葉を選びながらも、具体性を欠いた回答となってしまった。


最後に面接官が「何か質問はありますか?」と尋ねたとき、私はもはや早く終わらしたい一心で「いいえ、特にありません。ありがとうございました」とだけ答え、すぐにウェブ面接を切り上げた。この言葉だけすらすらとしゃべることができた。


しばらくして、面接官の作業服を着たコーヒーが好きそうな老人が迎えに来てくれた。彼は温かい笑顔をしており、その安心感のある佇まいで、私の緊張はほぐれていった。彼は会社の概要や職場の雰囲気について語りながら、私を面接室へと案内した。


面接室に入ると、面接まず軽い雑談から始め、私が以前の職場でどのような経験をしたか、趣味や興味があることについて尋ねてきた。このリラックスした会話が続いた後、彼はより具体的な職務に関する質問を始めた。しかし、これが意外にもあっさりとしたもので、私は声のトーンやどもりがありながらもなんとか一次の時よりは伝えたいことを伝えることができた。


面接の最後に、老紳士は「あなたのような若い力は当社にとって大きな戦力です」と言い、非常にポジティブな印象を与えてくれた。その言葉から、私がこの職に受かる可能性が高いことを感じ取ることができた。この言葉が、まるで地獄への切符を手渡されたような、そんな胸騒ぎを私に感じさせた。


ネットで見たコロナワクチン関連のスレッドでは、今更ながらワクチンを打った人々や日本人の同調圧力に対する罵倒が飛び交っていて、久しぶりに笑うことができた。

またもこの掲示板は私の期待を超えてきた。だからやめられない。


大切な人を守るための「大切な人」って結局誰だったのか?私にはこのフレーズが、どこか空虚で、形式的に感じられた。それが今になって暴かれ始めている。私はそれに対する一抹の皮肉を胸に秘めつつ、なおも前進を試みるしかない。だが、その一歩一歩が、どこへ繋がっているのかは誰にも分からない。

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静かなる反逆 清水 京紀 @kyouka29

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