第6話 祖父の葬式

葬式への出席を巡る悩みは、私の日常を常に覆いつくすひっきりなしの影のように存在した。それは配達中に突然頭をよぎることもあれば、トイレで一人の時、無意識のうちに考え込んでしまうこともあった。映画を見ているときでさえ、画面の中の世界に没入することができず、ふと祖父の顔が浮かんできたり、葬式の場面が思い浮かぶのだ。


私の心の中では、親戚たちとの再会が一番の懸念材料となっていた。特に、父方の祖母には父の葬式以来顔を合わせておらず、祖母が私に対してどんな反応を示すかが予測できなかった。さらに、いとこたちや妹との関係も気がかりだった。彼女たちは成長しており、おそらく彼氏もいるだろう。私は劣等感が刺激されることを過度に恐れた。


この状況は現在私をもっとも苦しめている飛蚊症のように、私の視界の邪魔をし生きる気力を奪い去っていくようだった。正直、祖父の死よりも私がむかえうつ現実のほうを思いやるほうがよっぽど悲しかった。


祖父はいつも私にとって畏怖の対象であった。その印象が決定的になったのは、小学生の時、私が野球部に所属していた際、地区大会の試合に祖父が突然現れたことからだ。その時以前の記憶はほとんど薄れてしまっており、その日のことだけが鮮明に残っている。


私は六年生で迎えた最後の地区大会で、残念ながらレギュラーに選ばれず、ほとんどの時間をベンチで過ごしていた。試合に出ることがあれば代打のチャンスのみ。しかし、家族にはレギュラーとして選ばれたと嘘をついてしまっていた。試合が進む中、一塁側のベンチから観客席を暇つぶしに眺めることがあった。その中で、ふと目を凝らすと、どこか厳かな表情を浮かべ立っている祖父の姿が目に飛び込んできた。それを最初は見間違いだと思いたかったが、確かに祖父だった。


その後も時折、恐る恐る観客席を見るたびに、祖父がどのような反応を見せているのかが気になってしまった。っ祖父は明らかに周囲の応援する人々とは異なり、どこか退屈そうにしていた。それはは感情を抑えた、何とも言えない表情をしていた。それがまた、私には救いのようであり、同時に苦しみでもあった。試合の進行よりも、どうやってこの嘘を誤魔化すかの方が心に重くのしかかり、時には自分の所属するチームが負けてしまえば楽になるのにとさえ思ってしまった。自分が中心となるはずの祖父の注目が、全く自分に向けられていない現実。今その場面を振り返るだけでも身震いしてしまう。


当時の私は無邪気でありながらも、自分がどう映るかに異常なほど敏感だった。なぜなら、その頃の私にとって家族の評価は、自己価値の直接的な尺度であったからだ。野球のレギュラーに選ばれるという出来事は、家族に自分が「できる子」であると認識されるための、ひとつの手段だった。


家族は私が野球がどのくらいうまいかをほとんど知らず、そもそも私の学校生活に深く踏み込むことは少なかった。その無関心が、私にとってはある種のプレッシャーとなり、見栄や虚栄心を煽る原動力となっていた。


私がレギュラーに選ばれたという嘘をついたのは、それが家族との間の会話で重い空気を避け、何となくその場の調和を保つための方便だった。私にとってのその嘘は、実際には家族との関係を軽く保ちたい、という深層心理から出たものだったかもしれない。また、私の所属する野球チームが弱小であったことも、家族がその真実を疑わなかった理由の一つである。


そんな中、私が顧問から代打として起用される場面が来た。私は正直、今日一日だけは代打でも起用しないでくれと思っていた。しかしこの顧問はレギュラーでないメンバーにも必ず一回は守備か代打で起用してくれる人だった。私はその中途半端な善意が嫌いだった。それなら六年生の私を五年生のうまい奴より試合に出すべきだと思う。ましてやこの地区大会の二回戦ぐらいで毎年負ける弱小チームなんだから、勝ちにこだわらなくてもいいはずだ。


バッターボックスに立つと、ピッチャーの投げる球がいつもより速く、大きく見えた。私はバットを握りしめ、可能な限り集中を試みたが、内心では、たまに充てることを祈っていた。ピッチャーが投げた球は、思ったよりも速く私の目の前を通り過ぎていく。明らかにいままでの私の対戦したピッチャーとレベルが違った。それはベンチでみるのと大違いだった。振るべきか、見送るべきか、その判断すらままならない。結果としてバットは空を切り、ストライクがコールされた。不甲斐なさと同時に、ほっとする感情もあった。そして二球目、私の降ったバットは思いがけずいい出音とともに当たった。私はそれが一二塁感をやぶるヒットだと確信した。そんな確信もまもなく一塁手のファインプレーによってなかったことにされてしまった。わたしは思わずベンチにもどるまでに涙が少しだけ流れた。この涙がなにかはわからない。同じ部のメンバーにはこのチームが負けそうなことで泣きそうになっている奴がいたから、私の涙が浮くことはなかった。私はその直後祖父の存在を決してみることはしなかった。 私のチームの攻撃が終わり、守備にはいると私は祖父のいるだろう方向を見た。そこに祖父はいなかった。私は観客全体を見た。そこにも祖父はいなかった。おそらく帰ったのだろう。私はそこで見捨てられたという気持ちがわいてきた。


バッターボックスに立つと、対戦するピッチャーの球が、いつもより速く、まるで大きく見えるほどの迫力で私に迫ってきた。バットを固く握りしめ、可能な限り集中しようと努めたが、内心では何とかバットに球が当たることを祈っていた。投げられた球は予想以上に速く、私のバットを軽くかわし去った。これまで対戦したどのピッチャーよりも明らかにレベルが違っており、ベンチから見る景色とは雲泥の差だった。振るべきか、見送るべきかの判断さえつかず、結果的には空振りしてストライクのコールが響いた。自分の不甲斐なさと同時に、どこかほっとする感情が芽生えた。


次の球、私がいつもより早いタイミングで振ったバットは思いがけず良い音と共に球を捉えた。一瞬、一、二塁間を破るヒットと確信したが、それは一塁手の見事なファインプレーによって否定された。ベンチに戻る途中、私の目からは思わず二滴ほど涙が零れた。これが何の涙であるかは自分にも分からなかった。チームが負けそうな展開ですでに泣きそうになっている奴がいたから、私の涙が浮くことはなかった。私はその時は絶対に祖父の方を見ないようにしていた。


攻撃が終わり守備に切り替わる際、ふと、祖父がいたはずの方向を見たが、彼の姿はもうなかった。観客全体を見渡しても、どこにも祖父の姿は見つからない。おそらく彼はもう帰ってしまったのだろう。私は自分が見捨てられたような、ぽっかりとした虚しさを感じ、それが心の奥深くに沈み込んでいった。


家に戻る途中、私の心は重い鉛のように沈んでいた。玄関に祖母のと思われるグレー色のニューバランスの靴があるのを見たとき、胸がさらにざわめいた。


玄関を入って、リビングの扉を静かに開ける。中には母、父、祖母の姿があった。祖父の姿は見えなかったが、空気は重く、何かが起こるのを予感させるような静けさが部屋を包んでいた。


母が最初に口を開いた。「レギュラーに選ばれなかったって本当なの?」声には失望が隠しきれないほどに漏れていた。私は下を向いて、小さくうなずいた。言葉が出てこなかった。


父がその後を引き継ぐ。「なぜ、最初から正直に言わなかったんだ?レギュラーでないからって、家族に恥をかかせるわけじゃない。それを隠す必要なんてないだろう。」


祖母はその場でただ黙って私を見つめていた。その目には怒りというよりも、がっかりしたという感情が滲み出ていたように思えた。


私はその重圧を耐えかねて、何か言葉を捨てるように叫んだ。どんな言葉を発したのかはもう覚えていない。そして本能的に私は家を出て行った。ドアを閉める音が、私の心の奥底に突き刺さるようだった。


後から知った話だが、どうやら野菜を届けに来たついでに祖父が今日近くで大会があることを知って見に行っていたそうだ。


私はその後自分の住んでいるマンションのあたりを三時間ほどぶらぶらして、家族の誰かが私に謝りに来るのを待っていた。夜の九時ぐらいだっただろうか、母が私を探しに来て、謝ってくれた。そしてその後空腹のあと食べたご飯がものすごくおいしかったことも今でも覚えている。


葬式当日、私は夜が明ける前に家を出た。窓から見える早朝の空は、どこか荒涼として静かで、心境と重なるようだった。私は黒のスーツを紙袋に入れてひとりで清水駅に向かった。静岡駅で乗り換え、米原行きの新幹線の切符を買った。


新幹線の中で、ぼんやりと窓の外を眺めながら、これから行われる葬式のことを考える。滋賀へと進むにつれて、帰りたい気持ちがわいてきた。誰にも会いたくない、何も話したくないという思いが強く、しかし家族の一員としての責任を果たさなければ私は母にも見捨てられるかもしれない。


米原駅には母が来るまで迎えに来てくれていた。母の機嫌は以前清水に遊びに来た時と全く違く、それは建前上葬式用に気分が装飾されていた。父の葬式の時も母はずっとテンション低く最後の方には涙を流していた。そして普段していない化粧をしていたことも、私が驚いたポイントだ。

「親戚の人に会ったら最低あいさつはしてね。」と低い声でぼそっと言われた。

私も低い声でわかったと返事した。


実家に到着すると、その硬い空気はさらに冷たいものに変わった。ドアを開け母と一緒にリビングに入ると、妹は私を見ても無視を決め込むかのようにスマホを眺めていた。妹はもうすでに喪服に着替えていた。彼女の態度は、まるで私がそこにいないかのようだった。私が帰省するたびに感じるこの距離感は、今回も例外ではなかった。


母が着替えてらっしゃいといったので、私はさっそく北の部屋に行きスーツに着替えた。スーツを着るのは女装する時みたいにワクワクすることはなかった。リビングに戻るのが嫌だったので、私はこの部屋で父方の祖父母の家に行くまで時間を潰した。


祖母の家は古い木造の建物で、瓦屋根が低く垂れ込め、庭の隅には季節外れの花が少し咲いていた。家の入り口には、私たちを迎えるために靴を脱ぐ場所が特に広げられており、そこにはすでに多くの親戚たちの靴がきちんと揃えられていた。


家の中に一歩踏み入れると、線香の匂いと共に、厳かな空気が漂っていた。リビングには祖父の遺影が飾られ、その周りには白い菊の花が並んでいた。部屋の中は既に多くの親戚で満たされており、ひっそりとした会話が交わされていた。母は私を数人の親戚に紹介したが、彼らの視線は私が女装をしていることに気がつき、微妙な反応を示した。しかし、礼儀正しく挨拶を交わすことに集中した。


私は祖母と対面するのが少し怖かったが、彼女は私の姿を見ても軽く挨拶しただけで、何も言わなかった。


到着すると玄関先で既に多くの親戚が集まっており、久しぶりに一堂に会した緊張感と親密さが入り混じった空気が漂っていた。玄関ドアを開けると、そこには見慣れた顔ぶれが、何年もの歳月を刻んで変わり果てた姿で立っていた。特にいとこは、かつてのあどけなさから一変し、優雅な大人の女性へと成長していた。どうせ彼氏ができて、人生に苦労したこともなく、ニヒリズムという言葉も知らないのだろう。


おじさんたちはおばさんたちより一様に老け込んでいて、特にあるおじさんの髪の毛はほとんどなく、その薄毛が時間の経過を如実に示していた。彼の顔のシワは、笑うたびにより深く刻まれ、そのたびに歴史を物語るかのようだった。


そんな中、一人のおばさんが私を見つけて声をかけてきた。彼女の声には暖かさがあり、「恭介くんだよね?お久しぶりね、大きくなったわねえ」との言葉に、私は心の中でどう返事をすればいいか悩んでしまい、結局は「はい、お久しぶりです」とだけ答えた。私の声はいつもよりかなり低い声で、かなりぎこちなくなった。やっぱり緊張してしゃべると声のトーンがおかしくなってしまう。


隣の和室を見るとそこには棺桶が静かに置かれていた。葬儀の準備に追われるおばさんたちの姿が目に入り、和室はすでに葬儀社のスタッフによって丁寧に整えられていた。中心には祖父の遺影が祭壇に設置されており、その周囲を白と黄色の菊花が繊細に飾り付けられていた。空間はお香の甘い香りに満たされ、それが場の厳かさを一層際立たせていた。焼香台も用意されており、参列者が一人ずつ進み出ては祖父に最後の敬意を表す準備が整っていた。


私が挨拶に苦戦している一方で、親戚たちは祖父の死について話しているようだったが、その空気は私には重く感じられた。親戚の大半は、私よりも祖父の死を悲しんでおり、私の存在はさして重要ではないように感じられた。思ったより向こうから挨拶してくることは少ないんだなと思った。これでも社会人かと批判してやりたくなってしまう。と思ったがここには主婦の人も多そうだった。


母は親戚との会話中に落ち着いている様子を見せていたが、その傍で妹は母にべったりと寄り添っていた。妹のその行動は子供が母親に依存するような様子で、まるで妹が一人で立ち振る舞うことができないかのような印象を与えていた。それは見るからに依存的で、場にいる私にとっては見苦しい光景だった。


親戚たちの反応は妹に対しては特に暖かく「かわいいね。」といわれているのが、遠く離れたところからも聞こえてきた。そのような扱いに、私は更に孤立感を感じることになった。母と妹の間には見えない糸で結ばれたような依存関係が存在しており、私にはその輪の中に入る隙がまるでなかった。どうやら私が清水に一人暮らしを始めてから結束力をましたらしい。これからそのことが私の人生に大きな影響を与えそうで、身構える必要がありそうだ。


当然と言えば当然だが、だれも私の父の話を持ち出そうとしなかった。触れてはならない存在になっているのだろうか。それなら私と一緒ではないか。私がみんなと独立した時間を過ごしていると、玄関から僧侶が入ってきた。


僧侶の到着と共に葬儀が始まり、私は母から数珠を受け取り母の後ろに座った。母のとなりにはもちろん妹がいる。読経が始まると、その深く響く声が厳かな静寂を部屋にもたらした。僧侶は慈悲深い表情で迫力のあるお経を唱え、時折参列者たちが合掌して頭を下げた。私はその光景が非常にシュールで吹き出しそうになってしまった。私は今度は挨拶ではなく笑いをこらえるのに必死になっていた。


追悼の言葉が終わると、改めて全員が順に祭壇へと近づき慣れたように焼香を行った。私も静かに歩みを進め、お香を手に取り、深く一礼をして火にかざした。煙が静かに上がるのを見ながら、祖父への最後の言葉を心の中で語りかけた。


そして、僧侶のお経が終わると、親戚一同が棺桶の顔の部分の扉を静かに開いた。中から見えた祖父の顔は青白く、まるで眠っているかのように平和だった。この光景に、多くの親戚が涙を流し始めた。その顔をみて泣き出すものも多く、美人のいとこや妹までもが泣いていた。


私はこういう時でも自分の不幸を考える。絶対私が死んでも、こんなに泣いてくれる人はいないだろうな。しかし私はこの感動を強要してくる空気感に意外と弱く、泣きそうになったが、必死にこらえた。


葬儀の日、空は灰色に覆われ、小雨が静かに降り注いでいた。祖母、母、妹、私、そしてその他の親戚たちが、重い空気と共に火葬場へと向かう。私たちの足取りは重く、それぞれが内心で何を思いながら歩いているのか、言葉にはしなかった。


黒塗りの車が待機しており、祖父の遺体が穏やかに収められている。長女である母が、祖父の遺影を手に持ち、一番先に車に乗り込む。その後、一人ずつ家族が車に加わり、私も母の車内に乗り込んだ。


やがて、火葬場に到着すると、車から降りて再び厳かな空気の中を進んだ。灰色の空からは依然として小雨が降り続け、それがまるで今日の行事を悲しげに彩っているかのようだった。車から火葬場の入り口までの道のりは短いものの、その距離がいつもよりずっと長く感じられた。それぞれの足音が響く中、私たちは無言で前に進み、祖父を最後の場所へと送り届ける準備を整えた。私の内なる思考は、しばしば悲劇と茶化しとの間で一種の奇妙なバランスを求めて揺れ動く。人生の重苦しい瞬間たちを、些細な皮肉やユーモアによって軽減しようとする試みは私のねじ曲がった性格い基づく。


火葬場の光景はやたらとドラマティックで、まるで過剰な演出が施された映画のシーンのようだった。祖母は黒いスーツの袖で涙を拭いながら、祖父が愛用していた古びた腕時計を棺に静かに置いた。その一挙一動が、まるで良く練られた脚本に基づいているかのように見えた。母と妹も競うようにして、祖父との「愛しい」思い出の品々を棺に納めた。母は煙草のパック、妹は懐かしい写真を選んだ。おばさんが棺に滑り込ませた手紙は、どうせなら朗読してくれればいいのにと思った。


火葬炉の扉が閉まる瞬間、私は何とも言えない喜劇を見ているような気分になった。皆が祖父に向けて涙ながらに別れの言葉を述べる中、私は笑いを堪えるのに必死だった。いとこが「おじいちゃん、さようなら」と言うと、祖母が「元気で天国へ行ってね」と続けた。そしてそれぞれがコメントしていった。一斉にみんなが嘆きだすので、私はコメントすべきか迷った。それでもコメントしない人を発見したので、私はコメントしないことにした。


炉から上がる煙を見守る間、家族はそれぞれ涙を流し、私はその光景にほんの少しの感動を覚えつつも、その感情がどこまで自分のものなのか分からないことに苛立ちを感じた。火葬の完了と共に、遺骨を白い骨壺に納める儀式はまるで手際の良い事務作業のようで、そこにも演出を感じた。家族が一つずつ遺骨を手に取り敬意を表すその姿は、いっそうこの全体のシュールな絵にさせた。それにしても、祖父の死を通じて見せられる家族の愛情劇は、なんとも人間の奇妙さを象徴しているようで興味深かった。


清水に帰り祖父の葬式を改めて振り返る。祖父の葬式は終えてみればなんということもなかった。私の死に対する思想に影響をまったく与えなかった。まあそんなにすぐに私の思想や価値観を変えてくれるものはそうそう現れない。今回の葬式で得たことは親戚は確かに生きていたということ。私がひねくれて、人生に絶望している間にもそれぞれ生きていたということ。私が清水で孤立して生活している間、親戚たちは過去の嫌な記憶の一部でしかなかった。しかし彼らは老いも若きも、確実に時間と共に歩んでいる。昨日の再会で見たのは、死に向かって進む人々の姿だった。


葬儀から一日が経ち、いつものように清水のエスポットに食料を買いに行った。すると、歩行が困難そうな近所のおじさんが、いつもの道を杖を突きながらゆっくりと歩いているのが見えた。彼の歩くスピードは非常に遅く、スーパーでの約15分の買い物を終えて戻ってきた時には、彼が進んでいた距離は僅か100メートルほどだった。彼の頭にはいつものグレーのニット帽、顔には白いひげが印象的に残っている。


このおじさんは、私が清水で生活しているという事実を確認する証拠となっており、また、私自身が生きているという事実の象徴でもある。彼にも家族や友人がいるのだろうか。私とこの人がかかわる日はくるのだろうか。


そう思うと人生はものすごく不思議におもえてくる。身近にいる存在なのに関わらない人、血がつながっているだけで関わる人。




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