第3話 はじめての東京へ

私は次の日の三時に静岡駅のバスの停留所で東京行のバスを待った。私はもともと関西出身ということもあり東京に行くのは初めてであった。ニュースで見た話によればいま東京の地価はどんどんあがっているらしい。そんな東京を私は、格差社会の縮図として、心の底から嫌っていた。また私のようなネットの住人の私からは東京にすみつく港区女子、東横キッズは気になる存在であった。こいつらの居場所をなくしてやりたい。


東京行きのバスに乗り込んだとき、私は同乗者たちをぼんやりと観察していた。多くの中年男性が一人で乗り込んできた。彼らの表情は硬く、職業を尋ねても答えが返ってこないような、謎に包まれた雰囲気を漂わせていた。他には多くの私と同年代の女性がおおきなかばんなどをバスに積み込んでもらっていた。ほんと女というのはどこでも頻繁に登場してくる。


バスの座席に身を沈め、私は静岡駅で買ったカミュの『異邦人』を開いた。しかし、読書の静けさは長くは続かなかった。バスの最前列に座った、おそらくベトナム系の男が、スマホの画面を見ながら大声でテレビ通話を始めたのだ。彼の大声は、バス内の静寂を乱し、周囲の乗客は苛立ちを隠しきれない様子で彼をチラチラと見ていたが、誰一人として注意する者はいなかった。


私も深く息をついて、再び本に目を向けた。しかし、通話の音は次第に大きくなる一方で、小説の登場人物が話す言葉が頭に入ってこない。加えて、この翻訳された外国の文学作品には違和感が拭えなかった。文中で主人公が「ママン」と母を呼ぶ言葉が繰り返されるが、その一言一言が私の集中を削ぎ、読むこと自体が苦痛に感じられた。


バスの揺れるリズムと不愉快な雑音が混じり合って、私はまた憂鬱になった。こういう時はボブマーリーを聞きたい気分だったので、カバンからイヤホンを取り出した。


いよいよ私は東京駅近くのこじんまりしたバス停に降ろされた。ついたころにはもう夜に近づいていた。はじめての東京は普段動画などで知っているからそこまで驚きはなかったが、ほんの少しだけわくわくした。


街を行くサラリーマンたちは、目的意識を帯びた鋭い眼差しで、次々と人々をすり抜けていく。彼らの動きは、まるで精密機械の一部のように都会のリズムに合わせて刻まれていたしかし、その背中には無言のプレッシャーやストレスが重くのしかかっていることを知っている。


なんといっても私の目が行くのはやっぱり女たちだ。そして、これらの女性たちは通りを行く誰もが見ているようで、誰からも見られていないような存在に思えた。街を歩く女たちは、それぞれが独自の輝きを放っていた。彼女たちの洗練されたファッション、完璧にセットされた前髪、流行を取り入れたメイクは、まるで嘘で塗り固めた作品のようだ。こんなかの何人が海外に留学に行ったことが在るのだろう。


私はさっそく山手線にのり目当ての女装カフェに向かった。そこは夜でも空いているので、私のような夜に観光しに来た人にもぴったりだ。女装カフェに行った後の予定はまだ決めていない。もしかしたら泊まるかもしれないし、家に帰るかもしれない。それがフリーターの利点というものだ。


いざ、目当ての女装カフェの最寄り駅、池袋についてみると行くのにやはり抵抗が生まれた。何をいまさら人と交流しようと思うのか。


途中で立ち止まり、深呼吸を試みる。手にはスマホを握りしめ、もうグーグルマップの口コミを確認する。そこには好意的な口コミが書かれている。しかし、その言葉は不安と安心を沈める材料にならない。


「やめてしまおうか…」そんな逃避の考えが何度も頭をよぎる。しかし、ここまで来たからには何かを成し遂げたい、新しい自分を発見したいという思いも同時にあった。


その女装カフェは、長い商業ビルの一角にあり、他とは一線を画す存在だった。周囲には居酒屋やスナックが並び、普通の夜の賑わいを見せている中、カフェからは楽しげな笑い声や話し声が聞こえてきた。それらの音に心が引き寄せられる一方で、強い不安も私の心を襲った。気がつくと、その緊張感から解放される場所を求めて、近くの西武デパートのトイレに駆け込んでいた。


トイレの個室に座り、静寂に包まれた空間でようやく呼吸が整った。外の世界とは隔絶されたこの場所で、私は一時の平穏を得ることができた。ポップなうす紫の綿パンツと赤い足のネイルだけがこころの友である。


心の奥底で湧き上がる質問に、私は答えを探した。なぜ普段と変わらない女装での外出でさえ大分慣れたようにこなす私が今日のような場に足を踏み入れることがこれほど難しいのか。たぶん同じ趣味を持つ者たちの集う場所に身を置くことの居心地の悪さは、音楽を愛しながら楽器を演奏しない人が音楽家に会うようなものだからであろう。それとも単純に多くの人が抱える初めて行く場所に対する抵抗か。


女装カフェではどこまで自分をさらけ出していいかわからなかった。立場上は向こうは女装でお金をもらっていることからプロであり、私は個人的な趣味の枠を出ない。でもこういう店は客が定員になるケースもあるらしく。女装趣味に対する人間に対し、理解を示してくれやすいのは確かであろう。


階段を一歩一歩登りながら、私は心の中で自分自身を鼓舞していた。私は変態だ。私は変態だ。心の中で唱える。私は真の変態だ。ついにその銀色の扉にピンクの張り紙で女装サロンと文字が書かれたドアノブに手をかけた。扉はキーキーという安っぽい音を立てながら開いた。


店内に足を踏み入れると、そこは思っていた以上に暖かく、歓迎するような雰囲気が漂っていた。壁は明るい色で塗られ、各テーブルには可愛らしいランプが灯され、ゆったりとした音楽が背景で流れていた。私はそこにいる全員が私のように何かを求めてこの場所を訪れたと感じた。彼らの中には、思い思いの女装を楽しむ姿があった。それは一見奇異に見えるかもしれないが、ここではそれがまったくの普通だった。


「い、いらっしゃいませ」と声をかけられ、私ははっとした。その声をかけてきたのは、銀色のボブの髪型をした華やかにドレスを纏ったスタッフだった。私は緊張で声が上ずり、「あ、ありがとうございます」と返事をした。 「本日はどういったプランをお選びになりますか?」マリナがメニューを指しながら尋ねた。私は迷うことなく一番手頃なオプション、一時間パックを選んだ。このプランは6,000円とネットの情報よりも1000円も値上がりしていた。そんなこと許されるのか。そして勘定書を渡されその定員は私にカウンター席を案内してきた。


カウンターに座り、隣にいた男性が声をかけてきた時、私の反応はぎこちなかった。「初めてですか?」という彼の質問に、私はどもりながら、「ええ、そうです。ちょ、ちょっと緊張していて…」と答えた。声が不安定で、高くなったり低くなったりしていた。


慣れない人との会話はここまで症状として悪化していたのだ。これは家族以外の人としゃべると起きる症状だ。その結果、頭の中で整理したいくつかの考えが、口をついて出る時にはほんのわずかになってしまう。言いたいことの十分の一も伝えられずに終わることが多いのだ。そんなことでまた悲しんでいると、

「大丈夫、ここはリラックスして楽しめる場所だからね」と彼が言うと、私は「あ、ありがとうございます」と返事をしたが、声が詰まり、始まりの「あ」の音がうまく出なかった。だから向こうからしてみれば口パクしているように捉えられるだろう。


隣の男性が会話を続けようとした。「ここでは、いろいろな話ができるよ。何か気になることがあったら、何でも聞いてみて」と彼が言うと、私は不安と興味が交差する中で、一生懸命に頭を働かせて何かを尋ねようとした。「えっと、そ、その…どんな、話題が…あるんですか?」と質問するものの、声が途中でか細くなり、最後はほとんど聞こえないほど小さな声になっていた。


彼は優しく微笑みながら、私の言葉を拾い上げた。「ファッションやメイク、日々のことなど、何でも話せるよ」と応じてくれたが、私は「は、はい…そうですか」と短く答えるのが精一杯だった。声のトーンが不安定で、時折高くなるのを自分でも感じていた。


「実は、初めてここに来たときは、君みたいに緊張してたんだ。でも、何度か来るうちに、ここがどれだけ開放的な場所かがわかってきたよ。」


私は頷きながら返事をした。「そうなんですね。私も最初は本当に不安で…でも、皆さんがとても親しみやすくて、今はもう落ち着いてきました。」


「それは良かった。ここの常連さんたちも、最初は誰もが緊張してる。だけど、時間が経つにつれて、自然体でいられるんだ。ここはそういう場所なんだよ。」彼の言葉が私の心に響き、少し安心した気持ちになる。


しかし結局は女装している定員さんは楽しそうなテーブルの方に集中していた。これは入ったことはないがまるでホストクラブのようだった。


そうしているうちに先ほどの銀色のボブヘアのスタッフは、私が席に着くとすぐに水とメニューを持ってきてくれた。


彼女はプロフェッショナルな笑顔で「お飲み物は何になさいますか? 当店のイチゴスムージーはとても人気がありますよ」と提案してくれた。その声は優しく、接客に慣れたものだったが、私の緊張を感じ取ったのか、少し距離を置いた対応をしているようにも見えた。


私はメニューを一通り眺めた後、彼女の提案に従って「イチゴスムージーをお願いします。それと、クッキーも」と注文した。声はまだ少し震えていたが、彼女は何も気にすることなく、「かしこまりました。すぐにお持ちしますね」と応じてくれた。ああなぜいらないクッキーまで注文してしまったのか、後悔した。


スムージーとクッキーが運ばれてくると、私は一口飲んでみた。甘酸っぱいイチゴの味が口の中で広がり、少しリラックスできた。隣に座った男性がまた話しかけてきた。「美味しい?」


「はい、とても美味しいです」と私は答えた。その声は先ほどよりも少し落ち着いていた。


男性はニコリと笑って「ここのスムージーは絶品なんだ。他にもいろんなドリンクがあるから、色々試してみるのもいいかもね」と話を続けた。それじゃ俺はもう帰るから、楽しんでといって謎の中年男性は去っていった。


すると私の前に背の高い女装した人がやってきた。「はじめまして、マリナです。ゆっくりしていってください。」と声をかけてきた。マリナは、その場の空気を一変させるような存在だった。彼女の長い金髪はゆるくカールしており、深い緑色の目が印象的だった。どこのカラコンを使っているのか気になった。彼女の服装は洗練されており、その日はラベンダー色のブラウスに黒のペンシルスカートを合わせていた。いかにも女装上級者って感じした。マリナは動作やしぐさにも女性らしさを表現していて、それでいてどこか親しみやすさを感じさせる。


彼女はカウンター越しに親しみやすく語り始めた。

「かなり緊張されていますが、大丈夫ですか?もう3年になりますね。最初はお客さんとして来ていたんですが、ここの雰囲気が好きで、自然とスタッフになりました。」マリコの目は思い出を語るように輝いていた。


「そうなんですね。」と少し興味ありげの高いトーンで声を上手くだして相槌を打つと、マリナは頷いて、さらに話を深めた。


「はい、多くの人にとって非日常の空間ですから。ここで自分を解放できるというのは、とても大切なことです。特に女装をしている方々にとっては、安心して自分自身を表現できる場所として、私たちは存在しているんです。」


「それはいいですね。」とまたもわざとらしく私はあいづちを打つことに成功した。声はまだ少し不安定だが、相手が自分と同類、もしくはその道の先輩であることからうまく声の高さ、低さは調節できた。


マリコは優しく微笑みながら、「私たちがここにいるのは、皆さんが安心して過ごせるようにするためですから、どうぞこの時間を楽しんでください」と励ましてくれた。


マリナが興味深げに聞いてきた。「ところで、趣味はありますか?」


「映画ですね」と私は答えるも、彼女の次の質問が私にとっては少し厄介だった。「どんな映画が好きなんですか?」


私は少し考えた後、マリナがおそらく観たことがないだろうと思われる映画を選び、「マルホランド・ドライブです」と小声で答えた。


「ああ、それは聞いたことがありませんね。私、映画はそんなに詳しくないんです。でも好きなのは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』ですね」とマリナが明るく話した。


私は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」にはそれほど興味がなかったため、話はそこで少し停滞してしまった。それでも彼の返答にはしっかりと「ああ、それは面白い映画ですよね」と返したが、それ以上に会話を広げるのは難しく感じた。


「最近はガーデニングにハマっているんですよ。特に多肉植物が好きで、色々な種類を育てています」と彼が話題を変えて話した。

「多肉植物って、水やりが少なくても大丈夫なんですよ。特に私が好きなのはエケベリア属で、その丸みを帯びた葉と色の変化が季節ごとに楽しめます。」


「エケベリア属ってなんですか?」私が尋ねると、マリナはさらに詳しく説明を加えた。私は内心どうでもよかったが、この話題なら私は相槌を打つだけで相手がどんどん話してくれるので楽なので時間稼ぎには都合がよかった。「はい、例えば『エケベリア・ローズマリン』という種類は、太陽光をたくさん浴びると葉の端がピンクに染まるんです。それがまた美しくて。」


「すごい…それは見てみたいですね」と私が感心すると、マリナは一層熱を帯びて続けた。「実は、多肉植物は寒さにも強い種類が多いので、冬の管理もそれほど難しくありません。ただ、水のやり過ぎには注意が必要で、根腐れを防ぐためには排水の良い土を使うことが大切です。」


彼女は一息ついて、私に向かって微笑んだ。「多肉植物は、小さな宇宙みたいなものです。一つ一つが全く異なる個性を持っていて、それぞれに合わせたケアが求められます。だから、自分だけの育て方を見つけるのが、また一つの楽しみなんです。」


それからの会話は私の緊張感からか一層つまらないものになった。マリナは気を使いながらも様々な話題を提供してくれたが、私は短い返事や曖昧なうなずきで応じるのが精一杯だった。「休日は何をしているんですか?」との問いには、「特に何も…」とと話の意識をしていてもこんな話を閉ざす返答をしてしまう。私自身、この無味乾燥な応答にいら立ちさえ感じていた。


マリナはプロフェッショナルとして、会話を盛り上げようと努力してくれたが、私の心は閉ざされたままで、彼女の努力に水を差してしまう。時計を見ると、もうすぐ一時間が経過しようとしている。この一時間が終われば、この気まずさから解放される。私は内心でその時を待ちわびていた。


一時間がたちカウンターで会計を済ませた後、私はその店を後にした。ほんの一時間前に期待と不安を胸に入った場所から、今はただの虚無感だけを抱えて出ていく。6000円とクッキー代の750円―これで得たものは、自分の臆病さと向き合う時間だった。私は自問自答を繰り返した。「なぜもっと積極的になれなかったのか?」「なぜ化粧のコツや、どこの通販で服を買っているのかといった、本当に知りたかったことを聞けなかったのか?」


通りを歩きながら、私はまたいつもの自己嫌悪に陥った。たった一時間で人と繋がるチャンスを掴むことができず、ただ自分の殻に閉じこもったままだった。祖母にもらったお金をこんなことに使ってしまった申し訳なさも浮かび上がつてきた。


もう夜も深まり、時計はすでに8時を回ろうとしていた。静岡への帰路につくには、そろそろ最終電車に乗る時刻が迫っている。ただ、こうして足を踏み入れた東京の土地を、何も成果を上げることなく終えるのは忍びなかった。たとえ陳腐に聞こえようと、東京らしい何かを体験してみたい。この街でしか味わえない一夜の魅力を、せめて少しでも感じてみたい。それが今の私にできる、小さな逃避であり、そして挑戦だった。


私はこの夜をどこですごそうか考えながら、スーパーマーケットの「まいばすけっと」に立ち寄り、もやしと水を買い求めた。街の灯りがぼんやりと照らす中、誰もいない公園に足を運び、そこでもやしの袋を手に取り、草むらに一心不乱にばらまいた。一つ一つのもやし粒が、私の抑えきれない感情の象徴のように地面に散らばっていく。この行動には、何の意味もないかもしれない。しかし、何かを成し遂げたような、奇妙な満足感が私を包み込んだ。


「これで、思い出作りは完了か…」ぽつりと呟きながら、周囲を見渡す。夜の公園は静寂に包まれており、ただ私一人が、この場所を訪れた証だけが残されている。もしかしたら、いやたぶんないだろうが、さっきの女装カフェより印象に残るかもしれない。これが私のする静かある抵抗である。誰にも理解されなくても、私自身が自分の行動の意味を見出せればそれでいい。


次に公園の隅にある蛇口へと歩み寄った。私は蛇口をひねり、冷たい水が流れ出すのを静かに見つめた。その冷たさが、私の焦燥感や疲れを一瞬で洗い流してくれるように感じられた。


冷たい水に手を通した後、私はふと思い立ち、蛇口から直接頭を水に下げた。初めての冷たさに体がビクッと反応する。水は髪を伝い、顔を流れ、すべての感覚を一瞬で冷やした私の心の中の無数の声が、水の冷たさによって一時的に消されたように感じられた。


しばらくそのままでいると、次第に心が落ち着きを取り戻し始めた。頭から水を切り、冷えた空気が新たな冷たさをもたらす。しかし、その冷えも私の心を一層鎮静させた。上着のジャケットにもどんどん水が垂れてきた。


その後、私は公園のベンチに腰を下ろし、スマホで近くの快活クラブを検索した。東京にはいたるところに快活クラブがあることを知り、ふと思い立った。ならば、一度は足を踏み入れてみたかった夜の歌舞伎町へ行こう。私の嫌いな東横キッズが集う場所らしいので私にとってホットな場所であった。さいわい新宿駅近くには三か所の快活クラブがあることがわかった。私は池袋の駅に戻り池フクロウに挨拶をして、電車で新宿に向かった。


歌舞伎町一番街の赤いネオンの文字が輝く看板が目に入ると、その圧倒的な存在感に息をのんだ。ネットで見た光景が、目の前に広がっている。人々が行き交うその姿は、日本随一の繁華街らしく力強い活気に溢れていた。


キャッチの注意を促す放送が頻繁に流れるが、それに逆らってキャッチの誘いは絶えることはなかったが、私はイヤホンをしているのでなんなく誘いをかわすことができる。音楽はこの場にそぐわないサムクックの歌を流しておいた。この街に溶け込む人々、それぞれが持つ様々な目的と期待、そんなくだらないものが私を間接的に押しつぶす。ここにいる人たちがどんなない会話を繰り広げているのか気にはなったが、イヤホンは恐怖から外すことができなかった。


また一人金髪の派手な女が私の前に立って店に呼び込もうとする。私はこれを無視して通り過ぎようとするが、彼女はおおげさに体を大の字に広げ私の道を阻んだ。こうされてはイヤホンによる鉄壁の防御も効かず、ただ困惑して逃げる勇気もないため素直にイヤホンをとり誘いに耳を傾けようとした。彼女は微笑みを絶やさず、「おにいさん、店に寄ってかない?」と声をかけてきた。


「いやです。」と弱弱しい声でぼやく。


「どっか店探してる?」


「いや探してません。」

そう答えるとなんにもいわずに私のもとを冷たく離れていった。私は再びイヤホンをさして外界を遮断する。恐怖から自然に歩く足がはやまり、流れるように歌舞伎町の町を味わった。


とうとう前から気になっていたメインの東宝シネマズの横のエリアにたどり着いた。そこには私より幾分年齢が下の若者たちがいて、特に若い女性たちの特徴的な姿が目立った。彼女たちはピンクと黒を基調とした、フリルのたっぷりあしらわれた可愛らしい服装に身を包んでいた。厚底のブーツ、アイコニックなピンクのカバン、頭に飾ったアニメキャラを連想させる印象的なリボンと、その一部始終が人々の目を引くよう計算されていたかのようだった。私は見ることで東横キッズの存在が確固としたものになった。しかしそれ以上の効果はなく意外と憎しみ、嫉妬、怒り、呆れのような感情が浮かび上がってこなかった。。私は彼らに対して何か特別な感情を抱くよりも、ただ彼らがそこにいることを冷静に観察しているだけだった。


この静かな観察から気づいたことがある。それは、私がこれまで彼らに感じていた敵意が、実はネットの記事や意見によって無意識のうちに煽られていたのかもしれないということだった。


。私は彼らに対して何か特別な感情を抱くよりも、ただ彼らがそこにいることを冷静に観察しているだけだった。


この静かな観察から気づいたことがある。それは、私がこれまで彼らに感じていた敵意が、実はネットの記事や意見によって無意識のうちに煽られていたのかもしれないということだった。


これなら、ネットカフェに泊まるよりも、東京の街を彷徨い、24時間営業の飲食店に長居するか、あるいはカラオケボックスで時を過ごす方がはるかに良い選択だと思えてきたので、実際にそうすることにした。現在10時30分、朝までどうやって過ごそうか。














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