第2話

 さて、結果から申し上げよう。全くの無様、というべきか、敗北の極みだった。


 「軽すぎる」との非難を受けるのは、まさに天から落ちるかの如く、厳しくも直接的。我が人生の軌跡が、幻想に浸る愚者のように見えてきたのだから皮肉なものである。結局のところ、私はただの愚か者に過ぎなかったのだ。


 挽回を図ろうともがくも、なかなか道は開けず。職場では容赦なく降りかかるプログラミングの仕事に追われ、家との往復に疲れ果てる。さらに、インターネットからの引退により、世間の動向からも隔絶され、いよいよ孤立無援の境地へ。時折、交わされる同僚からの転職を勧めるような言葉も、心に寄り添う慰めにはならず、私という存在の透明度は上がり続けた。


 「プログラマーなら職はいくらでもあるよ」という言葉も虚しく、私は全てからの逃避を計画していた。


 このままではいけない。絶望的な状況の中、私がどれだけ諦めが良かろうと、ここまで来れば闘志も湧いてくる。何度も再挑戦しようと試みるが、状況は一向に変わらず、結局、団体からは除名される。5万円を湯水の如く使い、結果はただの右往左往。ここに至って、さすがに落胆する。


 他の団体を探すも、この種のサービスを提供するところは稀で、時間が経つにつれて絶望感は深まるばかり。「またお祈りされた…これじゃまるで就職活動みたいだ」と自嘲する日々。投資したはずの時間と金は、まるでストレスフルな就職活動を再現しているかの如く、消えていった。


 そんなある夜、自暴自棄に陥りながらも「くーず、くーず、くずにんげーん」というオリジナルソングをフリースタイルで口ずさむ。このメロディーは永遠に心のチャートにランキングされ続けるだろう。その後酔いどれて迷い込んだ公園は、かつての配偶者と訪れた場所だった。「ここは……」と記憶が甦る。プロポーズを交わした桜の木の下、そこにあるベンチに座り込むと、幸せだった日々が思い出される。しかしその度に、自分の不甲斐なさを感じるのだった。


 そんな重たい思索に耽るうち、突如として不意に現れた一匹の猫が、私の足元にすり寄ってきた。その猫は、かつて私たちがここに訪れた日にも、同じように私たちのそばを歩いていたような気がしてならない。この猫の毛並みは、月明かりに照らされて妖しく光り、その瞳は、まるで過去からの使者であるかのように深く、知ることのない秘密を孕んでいるように見えた。


 「またお前か」と私はつぶやいたが、猫はただ静かに私の膝に乗り、優雅に身を丸めた。その温もりは、かつて私が感じた愛情の残照のようで、心なしか慰められる思いがした。ふと見上げれば、桜の枝にかすかな花びらが一つ、春を待ちわびるかのように残っている。


 この公園で、彼女と過ごした春の日が脳裏をよぎる。私たちはこのベンチで永遠を誓い、未来を夢見た。しかし、あの夢は時の流れに飲み込まれ、今や私一人がこの場所に取り残されている。猫が静かに目を閉じる中、私は過去と現在との間で、ほろ苦い時間の狭間に揺れ動く。時折、風が通り過ぎるたびに、過ぎ去った日々のささやきが耳に残った。


 しばらくすると猫は何か気づいたように一点をみつめ去っていった。夜の静寂の中、再び孤独を感じながら「もはや自分で」と人生のゴールを手繰り寄せるが如き妄想が頭をよぎったその時、突如として、中年男性のような野太い叫び声と共に、重力を無視したかのようなフライングボディプレスが私に降り注いだ。


 「ああああああああああああ!」

 「え?!ちょわあああ!」


 地面に叩きつけられた衝撃で、一瞬、意識が遠のく。しかし、痛みに耐えながら辛うじて立ち上がると、目の前の不思議な光景に困惑するしかなかった。「え?なに?なんなの?!」と混乱する私に向かって、その訪問者は、「ここカラスが多い思いますか?」と不思議の国の住人かのように手前勝手な言葉が返ってきた。


 「え?いや、どうでしょうね……」


 こんな時でも誠実な私は怒るでもなく、じっとその謝罪もない無礼な人物を観察する。この奇妙な訪問者の外見は若く魅力的な女性であるかに見えたが、その声はまるで昭和の銀幕スターの晩年のように野太く、何とも言えぬ違和感を覚えさせた。彼女は痛みに顔をしかめつつも、丁寧に埃を払い、懐から一枚の名刺を取り出す。私は長年培った企業戦士としてのスキルを発揮し、礼儀正しく「あ、どうも」と返す。それは、このような場面でも形式を重んじる私の性格がそうさせたのだ。自分の真面目さが憎い。


 その名刺には「生命を導く人生コンサルタント、求ム絶望……」と記されていた。


 彼女は私のような迷える羊を探しているらしい。

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