第6話 根付いた食文化が可愛くなれば最強

 ある日の放課後、またまたまたオイカワさんが「ニンゲンさまの習慣を活かシて、私をお召シ上がり頂く際の安全性を担保させて頂くのデスよ」とドヤ顔で誘ってきて、今日もオイカワさんのご自宅、タワーマンション高層階の一室にお邪魔している。ニンゲンさまが普段疑問なく行っている行為があり、それになぞらえると、俺がオイカワさんを美味しく食べる(経口摂取の方)ことができる……という算段らしい。

「ニンゲンのみなさまは、食べ物によって体調を崩されたら大変デスよね。だからこそ、調理の際には、食材を適切に洗ったり、きっちり火を通すなどされているという訳デス」

「まあ、それはそうですね」

「――そう、みなさまは他人からいただいたもの、落ちたものなどはいきなりお召シ上がりにならない。それはつまり、清潔かどうかわかりかねるから、という事デスよね……」

 オイカワさんが勿体ぶるように、あえて言葉を切ってから――びしっと人差し指を立てて、説明を続けた。

「ですが、この度私はデスね……、そんなニンゲンさまでも、外に放置されている食品を、危機感なく、いえ寧ろ喜んで、進んで召シ上がっている……! そんなシーンがあると、発見したのデスよ」

「そんなシーンあります……?」

「ふふふ、それは……、くだもの狩り、デスよ」

「お、おお…!?」

 各種果物狩り、時間内で果物を収穫してその場で食べ放題、というようなシステムは、老若男女問わず広く一般に受け入れられたレジャーなのかと思う。みかん狩りやりんご狩りなど、皮をむくものもあるけれど、確かに一部果物、例えばいちご狩りなんかは、採ったいちごを洗ったりするわけでもなく、そのまま食べているわけで……

「……そう言われてみたら、いちご狩りの際にこのいちごって清潔なのかとか、別段気にはしませんよね」

 もちろん気にする人もいるのかもしれないが、そういった方々を差し引いても国民に受け入れられて成り立っている訳で、……冷静に考えたら確かに何でこの場合は洗わなくても平気なんだろう……

「食文化デスよね……過去からこういうもの、と慣れ親シんでいれば、何か冷静に考えるとちょっといろいろ問題がありそうな風習、謎の祭り、因習に捕らわれた村――日本にはそのようなものが一般に受け入れられ、残っている訳デスよね」

「いや最後の何かは一般的には別に受け入れられてないですね……」

「私もきっちり日本の文化を学び、みなさまは何を自然と受け入れて来たのかを学ぶ必要がありますよね。昔、豊穣や自然災害回避を願い、踊ったり歌ったり供物や人質も捧げるという古き良き風習は、これからも大事にシていかないといけませんデスよね」

「だから最後何ですか??」

「――さて、まあ話は逸れまシたが、とにかくニンゲンのみなさまは、なんとか狩りと言っておけば、何故か食品、主に農作物を洗ったり消毒シなくても、そのまま気軽にお召シ上がりになるという習性があるようなのデスよ」

 怪しい話に曲がっていきそうな所に、オイカワさんが軌道修正し今回の話に戻した。

「そこでデスね、今回は私をふんだんに用意シまシて、飯野さんに女子高生狩りをシていただこうかと」

「響きが悪すぎる悪すぎます」

「女子高生は駄目なのデスか? ニンゲンさまもオヤジ狩りなどで、既存の文化とシて親シんでいるのでは」

「オヤジは食べ物じゃないんで……! ていうかそれ文化じゃなくて犯罪……!」

「まあまあ、私は食べ物なので、本日はくだもの狩りだと思って楽シんでくださいデスよ。日本の男性は女体の部位をくだものに例えるのもお好きなようデスからね」

「た、楽しんでって、どういう……」

「ふふふふ、こういう事デスよ」

オイカワさんが、ぱちん、とウインクをひとつしたところで――

「――うわぁ!?」

 何かが弾けるような軽快な音、うすく舞い上がる白煙とともに、――オイカワさん、とまったく同じ姿形をした女性が数体、……いや、まったく同じということではなく、それぞれ別々のテイストの水着をお召しになっていた。紐かと言う位にやたら面積が少なかったり、むしろ服より布面積多いのではという位にたっぷりとフリルがあしらわれていたり、ゼッケン付きスクール水着だったり。

「ふっふふふ、こちらは私とまったく同じ素材で、まったく同じ工程と管理によって作り出シた……ああ、若干のサイズ変更は加えているので、まったくではないデスね、ふふふ」

「ちょ、え、……ええ!?」

 本体(?)を含めて、計8名のオイカワさんがこちらを見つめてくる。――ここ最近、あり得ない展開に慣れて来てはいるものの、同じお顔が並んでいるという光景は、脳がバグりそうになってくる……

「ニンゲンの皆様には、様々な趣向がおありのようデスからね。私のように極端な大小に走らず、且つ万人に羨望を受け愛される造形から、一部部位を極端に増やシたり減らシたりシて、バリエーションをつけてみまシたデスよ」

「は、はあ……」

 オイカワさんの言う通り、一部……身長、髪の長さ、……あと胸部と臀部、それと太腿ですかね……が、わかりやすいボリュームを湛えたり、玄人好みの造形で仕上げられたりしており、……ぼくのかんがえたさいきょうのオイカワさん合戦みたいになっている。多分、日本男児一同、この中で最低一人は好みにクリティカルヒット出来るだろう、そんなバリエーションを丹念に考えられたオイカワさん10人衆だった。

「さあ、いかがデスかね? こちらで存分にくだもの、もとい私を狩って、お好きにお召シ上がり頂けませんでシょうかっ?」

「えっいや……その……どどどどうやって……?」

「それはもう、ニンゲンのみなさまがいちご狩りをされるときのように、普通に果実を採ってお召シ上がりいただきたいのデスが」

「いいいやその、だって」

「はっ、まさか飯野さん、くだもの狩りは未経験デスか? それは失礼致シまシたデスね、一度お手本を見せた方が良いデスね」

「え」

 こっちがどうにもこうにも狼狽えている間に、オイカワさん(本体)が別のオイカワさんに目くばせをした。おもむろに、オイカワさん(スレンダー)がオイカワさん(巨乳)に近付くと――

「……っんん!?」

 オイカワさん(スレンダー)が、オイカワさん(巨乳)が着ていた、グラビアアイドルが身に着けるような白いビキニの首の紐を解いて、するりと上半身を露わにさせ――思わず顔を伏せながら座標をずらし、オイカワさん(巨乳)の背後に回る。……ああああ危ない、局部は水着が外れる前に目を逸らしたから、ギリ見ていないから……!!

「いちごはデスね、先端の方に糖分が多く含まれるらシいデスね。それに倣いまシて、私を造形する際も、先端部分をより甘く美味シくなるように仕上げてみたのデスよ」

「せ、先端って……」

「なので、こういう具合にお召シ上がりいただければ、ご満足いただけるのではないでシょうかね」

 オイカワさん(巨乳)の背後からおそるおそる成り行きを眺めていると、オイカワさん(スレンダー)が軽く屈んで、オイカワさん(巨乳)の胸部に目線を併せ、その豊満な下乳部分を、手で押さえて――

「……!?」

 繰り返すが、俺はオイカワさん(巨乳)の背後にいるので、決定的な現場を目の当たりにしているわけではない。……ただ、この、オイカワさん2名の位置関係、オイカワさん(本体)の説明、そしてこの広いリビングに響く、――ぴちゃ、……ちぅ、つっ……というあまりにも生で生生しい音……!!

「な……なななななな」

「あ、それとニンゲンさまって、畜産物の舌を焼いたり煮込んだりシて、お召シ上がりになるのもお好きなのデスよね。えーと、東北地方のご当地名物にもなっているとかでシたかね。この私についても、同様に大変美味シく仕上げておりますので、そうデスね、例えばこういう具合で味わうのも、良いと思いますデスよ」

 オイカワさん(本体)の妙な説明に、やばい予感を思い起こすほどの間もなく、近くに並んでいたオイカワさん(年下)とオイカワさん(年上)が向かい合う。オイカワさん(年下)がぐっと背伸びをし、それを救い上げるかのように、オイカワさん(年上)が抱きかかえて支え――二人は唇を合わせるよりも早く、舌をからませた。

「……っ!?」

「このようにお召シ上がりいただきますとデスね、大変芳醇かつさっぱりとシた脂の旨味が、存分に味わえますデスよ」

「いやその……え……ええええっ……!?」

 視界を外そうにも、謎の吸引力が眼球の動きを許さない。うごめく舌が、互いを確かめ合うかのように滑らかに這いまわる。触れ合い離れる音がまたリビングに響き、唾液がふたりの間に、――つ、と糸を引いて――

「そうそう、ここにゴマ油やレモン汁などを合わせてもとてもよく合いますデスよ。……あ~~、だからニンゲンのみなさまには『ファーストキスはレモンの味』とかいう謎のフレーズが定着シているんデスかねえ」

「それは絶対違いますね……!?」

 この場に全くそぐわないオイカワさん(本体)のコメントが、薄いピンク色の空気感を見事にぶち壊し、雰囲気に飲まれかけていたこちらも正気に返る。あ……危ない、美少女がふたり官能的なことをしている光景、……これはやばい、何人たりとも邪魔をしてはならない、但し目が離せないという――凄まじい世界観が……!

 何かに引き込まれそうになりそうな自分を、根性と気合とか何かで元の世界に戻している間に、またオイカワさん(本体)が、オイカワさん(小柄)とオイカワさん(筋肉質)に指示を出していた。

 オイカワさん(小柄)が、オイカワさん(筋肉質)の手を取った、かと思うと――だん、と派手な音を立ててあっさり床に倒し、オイカワさん(小柄)がすかさずそこに馬乗りになって――首筋から耳にかけて、やさしく、――つい、と舌を這わせていった。

「私の肉汁も、ニンゲンさまの好みに合うように調整シておりますデスよ。ニンゲンの皆様は、ハンバーグを切り分けた時に溢れる肉汁などに、食欲をそそられるのデスよねっ。このようにこちらのタイプからは、人肌程度の温度により肉汁が多めに染み出るように造形シておりますので、このような具合で首元あたりを舐めていただくとデスねえ」

 オイカワさん(本体)がドヤ顔で何か言っているが、そんなことより小柄な少女が圧倒的な体格差の相手を組み伏せて恥辱の行為を、という目の前の光景になんらかの扉が開きかけ、――気合でその扉を抑え込むのに精一杯だった。……なんなんだ、この今日の性癖オンパレードみたいな……!!

「あーそうそう、ニンゲンさま、主に男性の方々でシたか、自ら好んで味わわれるという部位がありまシたデスね」

「え」

 オイカワさん(本体)が唐突に、一切の躊躇いなどなく、制服のスカートの下から――身に着けていた下着を、する、と床に落とした。

「ちょっ……えなっ何ですか……!?」

「何って、性行為の際によくお召シ上がりになられる、という部位があったなと思い出シまシて。やはり、ニンゲンさまの日常に馴染みのある行為の方が、違和感なくお召シ上がりになれますデスよね」

 そう言うと、オイカワさん(本体)はソファに腰を下ろし、近くのオイカワさん(令嬢風)を呼び寄せた。ご令嬢のように長い髪を縦ロールにされたそのオイカワさんは、オイカワさん(本体)の前に跪くと、邪魔にならないようにするためか、髪を後ろにかきあげて、おもむろに――オイカワさん(本体)のスカートの中に、顔を――

「いやオイカワさっ……ちょっっっとそれは本当に……っ!!」

察するが早いか、慌てて止めにかかろうとした――その時、

 ――ごり

  ――――ばり 

   ずっ……ずず……ず…………

 リビングに響いていた艶やかな水音、……とは違う、鈍い音がすることに気付いた。ホラーゲームで多用されるような、不安を煽るその音の方に、目線を――

「あーちょっと、あなたたちは飯野さんにお召シ上がり頂くのデスからっ、お互いに食べたら駄目じゃないデスか~~」

 ――振り向こうとしていた上半身を、凄まじい勢いで再転させる。……冷や汗が毛穴という毛穴から吹き出し、心臓が大袈裟なまでに大きく脈を打ち――

「こらー、やめなさーい!! ただのお手本デスよ~~本当に食べちゃ駄目デス!! 離れなさ……わあ、私を食べないで下さいデスよ~~!!」

 ……後ろで……騒がしい状況を、察するに……

 おそらく、くだもの狩りのお手本として、お互い嬲りあっていたオイカワさん達が、デモンストレーションだけでは止まらず、あの……お互いに……共食い……的な……

 鉄分多めなやばい匂いまではしないものの、……響いてくるなにかを引きちぎる音、床に大きめの塊が叩きつけられる音、……どこか間が抜けたオイカワさんの怒号から、かなり絵的にやばい状態になっていることは想像に難くない。

「わあ~~、いっ飯野さん、ちょっと収集がつかなくなってシまいまシたので、今日はこのまま振り返らずにご帰宅頂けませんでシょうかっ、私は別に造形シなおせばよいのでっ、大丈夫デスからっ」

「そ、そうですね、振り返ったらやばそうなので、このまま失礼しますね……!」

 背後で、もしかしたらオイカワさんの残骸が複数体散らばる中、オイカワさん(本体)が立っている、そんな光景があったのかもしれない。

 ……そんなん目の当りにしたら、流石に今後オイカワさんを食べるとか食べないとか、そんなレベルじゃないトラウマとして刻まれてしまう……!

 申し訳ないが、その日は一切振り返らずにマンションを後にさせていただいた。玄関から走ってエレベーターに飛び込み、高層階からの長い長い距離を下ってゆき、やっとエントランスから出られた時――黄泉の国から地上に出たような気分だった。さすがにこれは振り返らんわ……!


 ……次の日、オイカワさんがごく普通に登校してきた。どこにも怪我や欠損はなさそうだったので、ひとまずほっとした。

「あ、飯野さん~~、昨日はお騒がせシまシて、すみませんでシたデスよ。でもあの騒ぎの際に『お互いがお互いを食べて行ったら最終的にどうなるのか』という面白い知見を得ることが出来まシてデスね、どうなったか知りたくないデスか?」

「遠慮します……」

 くだもの狩りという習慣はあっても、……女子高生狩りは絶対に習慣にしてはならない、と強く実感した出来事だった。……いや、俺が決意するまでも無く、ならないだろうけど……

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