第7話 愛があればラブイズオーバー

「さあて今日は、キッチン戦隊アイドルがひとりでできるもんデスよ~~!」

「3個位混ざってませんか?」

 またまたまたある日の放課後、今日も元気に『俺がオイカワさんを安心して、美味しく食べる(経口摂取)方法の研究』ということで、オイカワさんの住んでいるタワーマンションに呼ばれている。

 広々としたキッチンには、アイランド型というスタイルの調理エリアにスタイリッシュなビルドインコンロ、食洗器、多機能付き流しが機能的に並び、十分なスペースを取った壁側には大型冷蔵庫が3台あるほか、棚にはキッチン家電やアイテムが使いやすそうにまとめられている。……なんで冷蔵庫が3台もあるのかは謎だが。そこにオイカワさんが、やたらフリルやリボンや装飾パーツの多いワンピースの上に、更にふりふりエプロンを身に着けて、待ち構えていた。

「何ですか、その衣装」

「日本では、キッチンに立つものはこんな感じのコスチュームで戦うらシい、と見聞きシたのデスよ。なんでも国営放送でやっているくらいなので、一般常識かと思っておりまシたが、違うのデスかね」

「そもそも普通はキッチンで戦わないので……」

「まあそれはさておきデスね、なによりこちらの衣装、私のような全身の造形が整った女子高生が身に着けていると――、」

 オイカワさんがくるん、とその場で一回転。身体の動きから一拍遅れて、スカートや、背中でリボン状に縛られたエプロンの裾がひらりと追いついてゆく。

「――ほらっ、可愛くないデスか?」

 内股に足を曲げ、両手を頬の下でかわいく握り、ぱちんとウインク――どこかで学んできたかのようなアイドル、いやキッチンで戦うクッキング戦隊なのかもしれない、のような決めポーズ。……あからさまだけど、だがしかし……!

 かわいいものはかわいい、という判断は、人間の性により……脳が拒否できない……!

「……う、それはまあ……そうかもしれませんですね」

「ふふふふっ、ニンゲンさまは可愛さにかまけてお留守になるのも、オイカワ的にもオールオッケーなのは確認済でございますデスよ」

 急になんで妖精たちとの夏の刺激的な歌詞が……?

「そ、それでっ、今日はなにをするつもりなんですか?」

 オイカワさんが「おっと、そうデスね」と呟き、こほん、とひとつ咳払いなどしてから、改めて、説明をはじめてくる。

「本日はデスね、飯野さんにお料理をシていただこうと思いまシてっ」

「俺が……ですか?」

 俺、そんなに調理経験もないし、得意でもないけど……美味しいもの作れるかな、などと反射的に思ったが、ここがオイカワさん宅で、オイカワさんの研究のためにやってきたことを失念していた。ちょっとたじろいだ俺の反応を見てか、オイカワさんがフォローするように続ける。

「あ、大丈夫デスよ、もう材料などはそろえておりますシ、もちろん私もサポートいたシますので」

「そ、そう? でもなんで俺が……?」

「それはデスね、やっぱりご自分で作られたほうが、何を使ってどのような工程で完成シたのかがよくわかりますからね。正シい工程を踏んだことによる安心感、手間暇かけたことによる美味シさの向上……日本の皆様も、お子様に向けて食育、などと呼んで、行われている内容デスよね」

「なる……ほど……?」

 もっともらしいことを言ってくるオイカワさんに、一旦納得しかける。

「飯野さんご自身でお作りになれば、お好きなように造形もできますので、より美味シく感じられるかもシれませんデスよね」

「……ん? 何を作るんですか?」

「私デスよ」

「……なに?」

「私デスが」

「オイカワさんが作るんですか?」

「オイカワを作るんデスよ、飯野さんが」

 すれちがいコントみたいな会話になってしまって、……謎の沈黙が落ちてから――

「……んんっ!? 俺が? オイカワさん……をっ!? 作るんですか!?」

「そうデスよ」

「いやそうですよじゃないですよ!?」

 さらっとしれっと言い放たれたが、……なに?? どういう意味!? ……と聞いたところでおそらくそのまんまの意味なのだろうが、突っ込まずにはいられない……!

「あ、はじめてでは難シいんじゃないか、というご心配デスかね。その点については、飯野さんには楽シそうなところだけやっていただくようにシてありますので、大丈夫デスよ」

「楽しそうなところ……?」

「ふふふふ、まずはこちらをご覧くださいデスよ~~」

 おもむろにオイカワさんが、3台ある冷蔵庫のうち1台を開けて――

「……うぁっえっあ、え、……んん……っ!?」

 普通の冷蔵庫のように数ドアに分かれたつくりではなく、上から下までひとつの大きな箱状になっていたその冷蔵庫から冷気と共に姿を見せたのは、人間の死体――に見えて叫び腰を抜かしかけたが、よく見ると――

「あや、びっくりさせてすみません。こちらはデスね、私の素体になりますのデスよ」

「あ、ああ、あ~~そういう……??」

 とにかく、なんらかの事案では無かったこと、には安堵したが、……落ち着いて考えると『私の素体』も意味が解らないが。

 改めて冷蔵庫の中を眺めると、そこにあるのは目を閉じたオイカワさんの頭部に、形、質感など全体的にのっぺりしたフォルムの身体が付いた、マネキンのような全身体だった。……局部が特に描写されていないので直視はできるが、頭部、髪や顔のパーツは精密にオイカワさんを模しているので、それとこの単調な肢体とのギャップがやたらとシュールである。

「この素体を使えば、初心者の飯野さんでも、簡単に私を作る事が出来るのデスよ」

「え、これ一応全身出来上がっているんじゃ……ないんですか?」

「いやいやいや、ニンゲンの皆様が重視するところを盛って頂かないと」

 盛って……って……

 戸惑う俺に向けて、オイカワさんが、どや、と胸を張った。

「そぉれは勿論、胸部、臀部、あと太腿、デスよ」

「そこ!?」

 自分の身体で各パーツを示しつつ、オイカワさんが自慢げに言い放つ。

「ここの出来によって、喰い付きが全然違うのデスよ。私のこの造形は、日本のニンゲンさまに好まれつつ違和感のない程度を綿密に考え抜いたものデスが、それでもニンゲンさまの趣向は千差万別、やはり飯野さんにも飯野さんのお好みがあるでシょう。それを今日は実際にお作り頂ければと」

「お、俺美術得意じゃないんですけど……」

「これは調理デスよ」

「ほぼ陶芸とかの域ですよね!?」

「まあまあ、芸術は爆発とも言いますデスよね」

「もはやよくわかりません……!」

 いやいやまあまあ、などと言いつつ、オイカワさんがオイカワさん素体を冷蔵庫から引っ張りだし、広いキッチンの真ん中に立て置く。続けてとなりの冷蔵庫から、大きめのボウルらしきものを取り出すと、アイランドキッチンに置いた。

「これが生地になります。この素体に盛り付けていって、形を作るのデスよ。ニンゲンの皆様は、一般的に手指の部分を描いたり造形することは非常に困難だと聞いているので、そのあたりは先にこちらで作っておきまシたデスよ」

「めちゃくちゃ新設設計ですね……」

「飯野さん、手を洗ってから、そこのニトリル手袋をお付けいただけますか? 食材に触れる訳ですからね。あ、それと異物混入防止とお洋服の汚れ防止に、そちらのエプロンを――」

「は、はあ……」

 さくさくと準備を進めていくオイカワさんに、流されるように――気が付けば、装備も万全な状態で、オイカワさんの素体に対峙していた。

「……あの、そういえばこれ、原料は何なんですか?」

 ボウルに入った。ほどよいペールピンクの生地(?)を眺める。パンを焼く前の生地というか、小麦粘土というか、そんな感じの塊だが、……オイカワさんのことだ、何か聞いたことも無い何かが配合されているんだろう。

「澱粉とタピオカ粉が主デスね、これで質感を表現シています。あと食用色素などで色味を合わせておりますね。ニンゲンさまが可食出来て、アレルゲンとなる物質が極力含まれない素材を使っておりますデスよ」

「あれっ、結構まともなんですね……!?」

「勿論デスよ。ただ添加物を極力省いたため、造形後に焼き上げて完成なのデスが、常温で一定時間以上経過すると劣化シてシまうので、作業は手早く行わないといけませんが」

「な、なるほど……?」

 原料が知識の範囲内だったので、ちょっと安心、むしろ拍子抜けしながら、その生地をひとすくいほど、手に取る。……弾力、触り心地がたしかに人肌っぽい。ちょっと鳥肌が立つほどに……

「ええと……まあ、じゃあ、もうやってみますよ……!」

「お願いシますデスよ~~」

 ……クラスメイトの女子の前で、胸部の造形って……いや美術系の学部だったらこういう授業もあるだろうし、人体だし……! まあ俺全然そんなとこ行けるような才能とかないけど……! と混乱を極めながら、……ええい、もうやってみるだけだ、と、のっぺりした素体の上半身に、ふたつの山を乗せて――

「あ、いいデスね。そこから整えたり、量を増減するなど、お好みの形にシてみてくださいデスよ。この素材、皺やひび割れが出来ないので、初心者でもとても仕上がりよく出来上がるのデスよ」

「そ、そうですか……あれ?」

 ……ひとまず置いてはみたけれど、……胸って……こんな上にあったっけ? 鎖骨の真下、脇の真横から胸が盛り上がっており、……違和感がものすごい。

「あれ、もうちょっと下……ていうか、あれ? 胸って……こんな山形じゃなくて、もしかして上の方ってそんなに盛り上がってな……んん??」

 ……しまった、経験が少な……いや正直に言うとそんな経験もないせいで、……どういった位置にどういう形状で、胸部が成り立っているのかわからない……!持っている二次元の知識を思い起こすが、……谷間と先端の描写しか思い出せない!! 

 こんな……作家の皆様が心血注いで描いているであろう神聖な絵のディティールを……ちっとも生かすことができないなんて……俺は……何を見てきていたんだ……!?

「おや、どうされまシた、飯野さん」

「……その……正直……どんな形だったか思い出せず……」

「ああ、男性には判りませんデスよね。では見ながらやりますか、私の身体にはなってシまいますが」

「え」

 言うが早いか、オイカワさんがするりとエプロンを外し、衣装の背中部分のジッパーを下げ――

「ちょっ待っオイカワさんっ、ぜ、全部脱がなくていいですから!!」

「え、でも実際に見てみないとわからなくないデスか」

「んんっ……いやでもそのっ……」

「じゃあ、下着までにされますか? それなら、形は判りますかね」

「う……」

 ぱさ、と上半身の衣装をはだけたオイカワさんは、今日はまるで――ファストファッションの下着コーナーにあるかのような、形状も色味もごくシンプルな下着を身に着けていた。お陰でと言うかなんというか、ふりふりひらひらしたお洒落な下着よりも、フォルムはわかりやすくはある。

「コスチュームを身に着ける場合は、下着もこのようなシンプルなものでないと、外に響いてシまいますからね」

「そ、そうなんですね」

 ……これは美術……いや調理のため、と誰も聞いていない言い訳を脳に満たしながら、オイカワさんの胸部を、ささやかに、極力ささやかに拝見する。……やっぱり、今くっ付けたものは上に付き過ぎていた。もうちょっと全体に下げて、裾野に当たる部分をもっと滑らかに削りつつ、下の方にボリュームを……

「おい、いい感じデスね飯野さん、生き生きシておられますね」

「い、いや、難しいんですけどね……!」

 ――くっ、胸だけでこんなに時間が掛かって……あと臀部と太腿もあるのに……! でもこの胸の形、……何か……なにかが気に入らない……! もっとこう自然物として、本来は左右が対象なんかにならないはず、しかしこだわりをもって下乳のカーブはこう……!

「飯野さん、結構時間かかってますが大丈夫デスかね」

「あっはいすみません、もうすこし……!」

 ちょっと側面から見て――うわ、横から見ると左右の差がやたら不自然……!まさかこれ反対側から見ても……ひっやっぱり……! これ、両側から見た際も自然なフォルムを作らないといけないのか……、え、地球上にはこんなに女性が存在していて、幾千幾万の胸部が存在しているというのに、それをたったひとつ形作るただそれだけのことが、こんなに大変だなんて……!

「……飯野さん、まだデスか? 正直、味は変わらないので、そこまで細かくやらなくても……あの、そろそろ時間が」

「ちょっと静かにしていてください」

 ――そうしていつしか、精神の集中――いわゆるゾーンと言われるような、音のない空間で、真剣に胸部と対峙していった。……デコルテからなだらかに降りたその先に、十分なボリュームを湛えて、……くっ形を保つのが難しいな、ああ、だから女性は下着で補正とかしているのかなるほどね……!

「……ん?」

 集中しきっている中、ふいに素体の表面から、水分らしきものが染み出てきているように思えた。どことなく、しっとりとした質感を醸しだしてゆき、……外観も、何か――緩んだような――

 ……え、汗かいてる? などと吞気なことを考えた、次の瞬間――

「うっわわわわわぁっ!?」

 オイカワさん素体の顔が、――どる、と崩れ出し――まるで灼熱の下にさらされたアイスクリームのように、次々と液化し雪崩ていった。こちらにはなすすべもなく、あっという間に足元に溜まってゆき、――元オイカワさんの素体になる、ペールオレンジ色の残骸が出来上がった。

「わあ~~飯野さん、なんデスかそれ。ゴミ?」

「ちょっ……え、な、ななななな」

「――だから言ったじゃないデスか、一定時間内に造形シて、焼かないといけないって」

 いつの間にかキッチンを離れ、部屋着らしきゆったりとしたスウェットに着替え、ソファで寝ていたらしいオイカワさんが起き上がり、あくびをしながらキッチンにやってきた。

「飯野さん、私が何度も時間足りないって言っても、ぜーんぜん聞いてくれないので、もうなんかどうでもよくなったので~~放っておきまシたデスよ~~だ」

「あ、えええ……」

 むくれて口をとがらせるオイカワさんを前にして、――急速に恥ずかしくなってきた。……胸部の造形に意識を取られ過ぎて、時間についてまるで意識していなかった……なんか外もう暗いし……!

「す……すみませんでした……」

「ふん、飯野さん、私のことなんか完全~~に忘れ去っておりまシたデスよね」

「い、いやそんな……えっと……ほんと、すみません……」

 今回は流石に申し訳ない気分になり、また段々恥ずかしくもなってきて――肩を落として、消え入りそうな声を絞り出し、謝ったところで――オイカワさんが、ふ、と軽く息を吐き、またいつもの穏やかな微笑みを浮かべてくれる。

「……まあ、いいんデスよ。それだけ楽シかったのであれば」

「で、でもその……これ、無駄にしてしまって……」

「ああ、それならまだ使えますデスよ」

 オイカワさんが、床に溜まった塊を、よいしょ、と流し台に持ち上げた。

「これ、周りを洗って小分けにシて、焼けば十分食べられますので。まあちょっと食感は落ちるかもデスが、せっかくここまで頑張ってくれたので、きっと美味シさもひとシおというものデスよ! 是非飯野さんもお召シ上がりを」

「い……嫌です……」

「えっ何でですか!? 失敗シても腹の中に入れば一緒って、ニンゲンさまはよく言うじゃないデスか」

「ちょっと今回に適応させるのは無理ですね……っ!?」

 その後オイカワさんに「削って食べても美味シい」「新生地に再利用品とシて一定量混ぜてもよい」とか色々言われたが、さすがにその後食べられる気もせず、この日はそのまま解散となった。

 美味しくて見た目がかわいいものを作るって、ほんとに……大変なんだな……

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