第5話 強い微生物で一匹残らず駆逐してやる

「ニンゲンさまって、駆逐シてやる……! っていうフレーズお好きデスよね。本日はそんなところから発想を得た検証でございますデスよっ」

「もはやそんなところからも発想が得られるんですか……?」

 今日も今日とて、オイカワさんは『かわいい自分をおいしく食べてもらう(経口摂取)ために、食品安全的にニンゲンさまが安心感を得る事が出来る方法』の検討に精を出している。本日も、放課後にオイカワさんのご自宅のあるタワーマンションの一室に招かれ、なんらかの検証を行う様子である。

 広々とした優雅なリビング、大型テレビにソファにサイドテーブル、モデルハウスのような……というかオイカワさんが地球滞在用の拠点にしているだけの部屋なので、実際モデルハウスそのままのレイアウトなのかもしれない、そんな部屋にて、オイカワさんが自信ありげに語りだした。

「地球上には様々な微生物がいますよね。そのうち、食品内で増殖したり活動することによって、品質の劣化のほか、食中毒としてニンゲンさまに有害な作用をもたらす、といううものも各種あるわけデス」

「まあ、そうですね」

「ニンゲンさまは微生物を視覚出来ませんので、冷蔵設備を用いられたり、殺菌や洗浄、加熱等の対応を取られているのデスよね。ですが――そのような個々の対応がなくとも、食品の風味や食感などに影響を与えない、あらゆる微生物を根こそぎ排除できる方法があれば、ご安心且つ手軽でいいと思いませんか?」

 学校から帰ってそのまま、制服姿のオイカワさんが、もったいぶった様子でこちらに振って来る。

「そ……そんなものがあるんですかね……?」

「ふふふふ、それがデスね~~あるのデスよ」

 想定通りの流れと言わんばかりに、オイカワさんがどこからともなく自慢げに取り出したのは、赤、黄、エメラルドグリーン……等々、やたらとカラフルな錠剤が入った小袋だった。

「こちらは星間食料研究センターで開発いたシまシた、特殊な微生物なのデスっ。取扱いがシやすいように、高温でも低温でも乾燥でも真空状態でも生きられるつよーい微生物、その名もsngk株! それを、打錠機でかためたものなのデスよ」

「それが……微生物……? なんですか?」

 薬、……というか、色味も形も、どちらかというと海外のラムネのような見た目。おもちゃみたいで可愛らしささえある。俺は微生物には別に詳しくはないけれど……なんでだろう、何かこんな感じのものを、どこかで……見たことがあるような……

「そうなんデスよ~~、この微生物sngkはすごいのデスよ。生存シ難い環境条件下においては芽胞を形成シて、ふたたび増殖に適シた環境になるまで――」

「……すみません、ちょっとよくわからないです……」

「簡単に言うと、やばくなったら絶対に安全なカプセルに入って、嬉シそうに揺れているような感じデスかね」

「それは入ったら永遠に出られないやつでは……?」

 その説明だといろいろあって不死だが、不老には至らなかった隣家の少年になってしまうが。

「まあとにかくデスね、この微生物sngkは、今は活動シないようにかためておいて有る訳なのデスが、食品内に混ぜ込むと活発に動き出シ、ほかの微生物という微生物を駆逐シ出すのデスよ」

「それで有害な微生物を処理すると。……あれ、でもその微生物自体は、人間に対して有害じゃないんですかね……?」

 それだけ効力が強いとなると、そもそも人間自体にも危害があるという本末転倒な事にならないのか、と思ったが、オイカワさんがふふふん想定の通り、と言わんばかりに自慢げににやりと口角を上げてきた。

「地球上にも、似たような菌は存在シているのデスよ。あまりにも強力すぎて、一部食品製造の従事者様には食べるのを禁止されている事も有る、というものが」

「そんなものがあるんですか……?」

「納豆菌デスよ」

「あ、ああ~~……!」

「酒類やチーズ類など、製造工程に発酵を伴う食品については、作業される方は納豆をお召シ上がりにならないように、という指定がありえる位にお強い菌デスよね。でも、ニンゲンさまがお召シ上がりになる際には有害どころか、各種メリットのある菌にあたっておりますよね。このように、他微生物には有害でも、ニンゲンさまには無害または有益であることもあるのデス。今回のこちらの微生物は、納豆菌がさらにさらに強力になったもの、だと思って頂ければデスよ」

 なるほど、確かに納豆については俺でも理解ができる。オイカワさんが自信満々にドヤっているし、きっと効果も凄いのだろう。

「今回はデスね、こちらsngk株を私が摂取することで、私の中に存在する、ニンゲンさまに有害な微生物の一切を駆逐シちゃえ、という目論見なのデスよ。そのあとであれば、飯野さんが私を食べても、内臓等への悪影響もないはず! 安心シて、美味シくお召シ上がりになることができる、ということデスよ」

「美味しく召し上がるかはさておきですが」

「ということでっ、ではさっそくやってみまシょう」

 オイカワさんがいそいそと、カラフルな錠剤をいくつか取り出すと、テーブルの上に置かれたまな板にならべて――トンカチらしきものでかんかんかかーん!! と砕き始めた。いやそれ、そのまま飲むとかじゃないんだ……!?

「び、微生物死なないんですか、それっ……!?」

「だいじょーぶデス、これくらいで死んだら打錠の際に既に死んでおりますデスよ」

「な……るほど……?」

「さてさて、次はこちらのガラスパイプを使いまシてデスね」

 オイカワさんが、ガラスの球体に棒がついたもの? のような、調理と言うよりは科学の実験が似合いそうな器具を取りだした。ファンタジックな砂絵のごとく、粉々になった元錠剤を集めると、ガラスの球体の穴があいた部分からさらさらと注いでいく。

 やたらと夢見がちな色味の粉が詰まったガラスパイプの棒側を持って、オイカワさんは煙草でも吸うかのように――球体側にライターの火を近付け、炙――

「――ちょっと待ってください」

「何デスか?」

「……それ、ほんっとに……微生物的な何か、でいいんですよね?」

「そうデスよ?」

「…………今何しようとしてるんですか?」

「微生物を加熱すると煙が出るので、それを吸引することで効率よく取り込みますデスよ」

「熱したら微生物ごと死ぬのでは……?」

「だいじょーぶデス、この菌はその位の熱では死なないのデスよ。納豆菌だって120℃位までは問題ないのデスよ? 時々『あつあつご飯の上に納豆をのせると効果が激減!』とか言ってる人がいるようですが、そんなもんじゃ納豆菌は死なないのデスよ~~」

 そうですか、……いやそういうことではなく……

 なんというか……今オイカワさんがやっている一連の流れが……微妙にその……中学校で、特別授業とかいう時間に警察官の方々が講師になってくれて、その恐ろしさをぎっちりと教え込んでくれたあの……何かをいろいろと思い出すというか……

「それ大丈夫なんですよね!? あの、星間の法律とやらでどうとかは知りませんけど、地球上というか日本において、法に触れる何かじゃないですよね!?」

「だ……だいじょーぶデスよ、その法に触れるのは所持の方で、使用については現時点ではまだ違法ではないデスから(注:2023年12月6日、改正大麻取締法によって使用罪が創設され、2024年施行とされているため、近日違法になる見込み)」

「なんか物騒な注釈ついてますけど、それってやっぱアレじゃないんですか!?」

「いいいやまあその、こっこれはその当研究センターでも食品にのみ使用が許可されておりますが、今回は私が食品とシて存在シておりますので、日本国憲法でも星間法でも合法でございますデスよ、ええ」

 明らかにオイカワさんの自信が崩れてきているように見えるのだが、これやっぱり本当はよくないやつだ……!?

「つまり……法の目を搔い潜ってるだけでは……!?」

「まあとにかくやってみまシょうデスよ、これ使わないで置いておくと、所持は違法デスよ」

「使わない方が法に触れるとか怖すぎるんですけどっ……!?」

 もうギリギリの綱渡りもいいところだが、オイカワさんは確かに地球外生命体だし、自称食品だし、俺が使う訳じゃないし、とにかく問題ないんだろ……! と諦めることにした。

 ……あの、念のため申し上げておきますが、こういったものは法に触れようが触れまいがダメ絶対、です。ほんと駄目です宜しくお願いします……

「――さて、……あっ念のため飯野さんちょっと離れてていただけますかね」

「言われなくてもそうします」

 部屋の端っこで縮まりながら、オイカワさんがてきぱきとガラスパイプを扱い、……パイプの中に燻るカラフルな煙が、ふ――……と、吸い込まれてゆくのを見守る。

 制服と幻想の煙、見た目だけはファンタジックと言うかメランコリックと言うのか、……こういった非現実に、未成年がファッション的に憧れてしまうのもわからないでもないくらいに、それは絵になる光景ではあった。でも念を押しておくが、ダメです。学生は公園でシャボン玉でも吹いていた方がよっぽど青春なので、何卒よろしくお願い申し上げます。

 ……それはさておき、オイカワさんがどうやら、微生物を取り込み終えたようであった。一息つき、ガラスパイプだけは丁寧に袋にしまってくれてから、ゆるゆるとその場にへたり込んでいく。

「ふ……うふふ……ふ」

「だ、大丈夫なんですか、オイカワさ……ん……?」

「だいじょ……んふっ」

 明らかに様子がおかしいオイカワさんに駆け寄ると、ふいにオイカワさんが、――びくん、と全身を震わせた。両手で身体を抱きしめながら、やたらときらきら……いや、ギラッギラした瞳で虚空を見つめ「ふふふふふ」と、地の底から響くような、恍惚とした声を漏らして――

 ……やっぱ絶対ダメなやつだったんじゃないか!!!!

「ちょっとっ……やっぱり、オイカワさんにだって、使ったらいけなかったんじゃないんですかっ……!?」

「いやいやいやぁ、今sngk株がデスねぇ、私の中の有害微生物を駆逐シているところなんデスよぉ……んぅぅ、だから身体中が……っ疼いてぇ……んっ」

 額から、首元から、どことなくフルーティかつケミカルな香りのする汗を這わせて、オイカワさんが身体のあちこちを擦り、悩ましく身悶えている。つやつやうるうるした肌がほのかに桃色に上気し、漂う怪しい色気の中、……その瞳だけが、もうあっきらかにガンガンにキマりまくってしまっている異様さが際立ち、こちらを即座に正気に戻してくれる。

 ……シンプルにやばい、という説得力がそこにあった。これ駄目だわ、絶対駄目なやつだわ……

「うぅ……んんん」

「い、痛いんですか、オイカワさん?」

「ちがっぁ……いま、微生物が私のなかをぉ、駆け巡ってて……はぁっ、身体を……小さなナニかが這いまわっててぇ……っ!」

「それシンプルに駄目な症状ですけど!?!?」

 特別授業で見た奴っ……使ったらいけない薬物を使ってしまった人が、皮膚の下を小さな虫が這いまわっているような幻覚を喰らって、自分の身体中を掻き毟ったり、最悪の場合傷付けたりするとかいう、……ああそうだ蟻走感とかいうやつ……!

「ちょっと、これどうにかして微生物を除去するとか出来ないんですか!? えっと、水分取るとか、安静にするとか、何か」

「あっ因みに本当に法に触れるような場合は、濃いめのお茶などの水分を一日中かけて大量に飲むことをお勧めシますデスよ、その場合アルカリ性ではないことに注意を」

「地球の薬物に関しては置いといてくれていいですから、今回の微生物に関しては何かないんですかっ……!?」

「あっはい、ございますデスよぉ……っ」

 息も絶え絶えなオイカワさんが、うっすらと微笑みながら弱弱しく唇を動かしている、は、はやく対策を聞いて、オイカワさんから微生物を抜くとかなんとかしないと……!

「どっどどどどうしたらいいんですか!?」

「このっ……微生物sngkは、加熱にも冷却にも乾燥にもなにもかも耐性がありますが、小さいながら生きているのでぇ……っ、一応感情という物が存在シているらシくぅ……んんぅ」

「前提はいいですから俺は何すればいいんです!?」

「えぅっとぉ……ぉ、あの、この微生物は羞恥心で死ぬのでぇ、飯野さん、何か恥ずかシい事をシて下さいデスよ」

「は?」

「何か恥ずかシい事をシて下さいデスよ」

「…………」

 一刻を争う状況だったはずのなか、おもわず固まった。……なに? 羞恥心? 羞恥心があるの? ……微生物なのに?

「んっぅ……ちょっと……これはほんとによくないかもれす……ちょ……いいのさん、すみませ……おねがいでぅ……」

 オイカワさんの吐息が、だんだんと荒くなってゆく。汗ばみ火照っていた身体も、徐々に青ざめ、冷や汗にかわりだしたように見えてきた。……本当に、早くどうにかしないとまずい……んだろうけど、けど、えっ何をどうすれば……いいんだ……!?

「そ……んなこと言われても、……例えばどういう……!?」

「んんー、そ……うデスねえ……日本の文化で言えば……私のことを褒めてくださるとかどうでシょうか……っ、たとえば……、いい感じに甘い言葉とやらを、ふいにギリギリ聞こえる声量で呟くとかデスかねぇ……」

「えええ……」

 俺が……オイカワさんに甘い言葉……、……どうしよう、これまでの人生で縁が無さ過ぎて、なにも思いつかない……!

「えと……オイカワさんは……瞳が澄んでいて綺麗……ですよね」

「それ今一番言っちゃいけないとこじゃないデスか、飯野さん」

「オイカワさんが言わないでくれますかね……!?」

 ガン決まってる自覚あるんかい……!! 体型は勿論だが、服装や趣向、なにを褒めてもなんらかの世論に引っかかりかねないこの時代、最も無難かつ冷静に考えるとよくわからない戦法「瞳を褒める」が通用しないなんて……!

「じゃあその、月が」

「それはネット上では使い古され過ぎてネタ化シてシまっている割に、実際言われたら読み取るのが難解過ぎて相手への負担が大きすぎると思います、あと普通に伝わらない可能性が」

「途中で冷静にぶった切らないでくれます!?」

悲しいコントのようなやり取りをしている場合ではないのだが、しかしどうしたらいいんだ、これ……!

「ぅう……んぁぅ……う……げほっ、……ぅ」

「お、オイカワさんっ……」

苦しむオイカワさんを見て――ふと、数カ月前のことを思い出した。オイカワさんに出会う前、酷く落ち込んでいた頃の、俺の行動について。……そうか、羞恥心――これならなんとかなるのかもしれない……

「……オイカワさん、俺、数カ月前に……色々な事があって、もうなにもかも嫌になった事が、あったんです」

「……? 飯野さん……?」

 咳込みながら、オイカワさんが不安そうに俺を見上げる。

「このままどうにでもなれって思って、薬とか沢山飲んだら楽になれるんじゃないかって……いわゆるオーバードーズっていう奴ですよね。よくわかってもいないのに、深夜で真っ暗な中、家の薬箱を漁って、手に取ったものを部屋に持っていったんです」

「飯野……さん」

「俺……馬鹿だったから、本当によくわかってなかったんで、とにかく摂りすぎればいいんだと思って、勢いよく数袋開けて、喉に放り込んだんです」

「……げほっ、ごほ」

「それが、……粉薬だったんです」

「…………」

 重く沈んだ空気のなか、乾いた風が吹いた気がして、オイカワさんの咳すら止まる程の静寂が落ちた。

「……死ぬほどむせて、のたうち回ってから、電気をつけて見たら――それ、ビタミンCの顆粒サプリメントだったんですよね……」

「…………ふっ」

 オイカワさんが、軽い息を吐いて――

 ぶわっ、とオイカワさんを中心に、激しい風が渦巻いた。思わず腕で顔を庇い、しばらく立ち尽くしてから――

「……ふ、有難うございまシたデスよ、飯野さん。もう大丈夫そうデス」

「そ、……うですか、よかったです……」

 再び顔をあげたそこには、すっかり顔色が良くなったオイカワさんが、姿勢よく立ち上がってにっこりと微笑んでいた。

「ふふふふ、粉薬でオーバードーズ……とは、飯野さんらシいのかも知れません……くふ」

「はは……、もう恥ずかしい過去ですね……まあ、微生物も無事どうにかなったようでなによりです……」

 というか、やっぱり微生物が死ぬレベルで羞恥心を覚える話だったのか、まあそりゃそうだよな、と今更ながら顔が熱くなる。……うう、成り行き上仕方なかったとはいえ、オイカワさんにこの話をする羽目になるとは……

「いいんデスよ、それで」

「え」

「どれだけ、飯野さんに辛く厳シい過去があったとしても、それが後悔なく話すことが出来るような過去になって、今の飯野さんがあるのデスよ。おかげで私も、飯野さんに会うことが出来ているのだと、思うのデス」

「……オイカワさん」

 今、俺がここまで毎日を過ごせているのは、……オイカワさん。あなたのおかげかもしれないんですよ。数カ月前に色々あって、そこから生気のない日々を過ごしていた俺に――

「さてさって、ではではさっそく私をお召シ上がりに――」

「いやいやいやいや死んでるとはいえ、オイカワさんの体内に微生物が残ってるんですよね!? その状態で俺がオイカワさんを食べたら、……絶対何か良くない副作用とかありますよね!?」

「……まあでもほらえっとニンゲンさまだって、加熱とか冷凍とか切り刻んだりシて、死んだアニサキスとかお召シ上がりになってるじゃないデスか」

「それ……はまた別の話ですよね!?」

 ……結局この日は、やっぱり完全に微生物が抜けるまではまともに食べる訳にはいかなさそうだという事で、そのまま解散となった。

 繰り返しますが、法に触れる薬物の所持、及び使用、あとオーバードーズも、駄目、絶っ対、です……

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