第3話 鉄分のアレで外観もおいしさも保持しよう

 後から思えば、その日のオイカワさんはどこか挙動がおかしかった。言動と行動がおかしいのはいつものことだが、その上で動きがどことなく不自然だった。

 例えば、朝からマスクをしていたこと。

「あれ、オイカワちゃんどうしたの? 風邪?」

「無理しないでね、ていうか顔ちっさいからマスク合ってなく見えるねぇ」

「ほんとだウケるわ」

「そ、そーなのデスよ、なので今日は、あまり私に近づかないでくださいデスよ~~」

 クラスの女子とそんなやり取りをして、自然と他の生徒から距離を取っていたり。

時折ふと疲れたように、肩や腕を回していたり。あとなぜか、オイカワさんが座ったり壁にもたれたりするたびに、――がちっ、――ぎし、……みたいな、硬質物同士がぶつかるような音がしたり。

 そんな普段とは違う兆候を見せつつも、相変わらず『かわいい私をおいしく食べてもらい(経口摂取)、幸福感を得ることで魂の質を上げる』研究には熱心でいらっしゃるようで、昼休みにはいつものように『私はまた画期的な案を思いついたのデスよ』と、瞳を輝かせて寄ってきた。

「飯野さん飯野さん、本日もまた検証がシたいのデスが、放課後にまたお時間無いデスか?」

「え、でもオイカワさん、体調悪いんじゃ」

「いえいえ~~、私は全く問題ないデスよ。……あ、そうそう。念のため、いやそのえっと、こちら食後にぜひどうぞデス」

 オイカワさんが唐突に、よくある錠剤菓子のケースらしきものを取り出し、ささっと振って、俺の手に2粒の小さな錠剤? を載せてきた。妙に目をそらしたまま「さささ、どうぞデスよ」などと促してくる。……怪しさしかない。

「なんですか、これ」

「……えと……ニンゲンさまで言うところの……ラムネとかデスかね……」

「……なんですか、これ?」

「……ら、ラムネ……的な……」

「なにが入ってるんですか」

「い、いやいやそんなっ、ニンゲンの奥様が旦那様にこっそり飲ませるという、マカとか亜鉛とか、シルデナフィルクエン酸塩などが入ったものではないデスよ」

「最後のやつなんですか!? 健康食品とかサプリメントの域じゃないですよね!?」

「だだだだ大丈夫デスから、どうぞご安心くださいデスよ……!」

 マスクで顔の大半は隠れているが、それでも眉尻を下げ、瞳を潤ませて懇願してくる様子に――まずい、教室なんかでうっかり泣かれでもしたら――完全に俺が悪いことになる!!かわいいの前には民主主義、法の下の平等など――治外法権……!

「わ、わかりましたよ……!」

 そうしておそるおそる口に入れた錠剤は、確かにラムネの類なのか、ゆるやかに口内で溶けると、さわやかな甘みが広がっていった。疑心を顔中に染み込ませながらも、一応食べることには食べた俺の様子を見て、オイカワさんはにっこり微笑んだ。

「ではでは、今日もなにとぞ宜シくお願いシますデスね~~」

「……?」

 よく判らないが、今日も『かわいい私をおいしく食べてもらう(経口摂取)ための、心理的なハードルを取り払うための検証』があるんだろう。また放課後、オイカワさんご自宅の立派なタワーマンションに伺わないと――

などと思っていた、午後初めの授業で。

「なんか今日は涼しいねえ」

「ね、ちょっと風冷たいかも。窓閉めよっかぁ」

「そだね、オイカワちゃんも体調悪いって言ってたし、冷えたらたいへん~~」

 窓際の席の女子たちがそんな会話をして、窓を閉めて――

「あ」

 オイカワさんが、なにか気まずそうに表情をゆがめた、直後――

「……!?」

突如、すさまじい眠気が襲ってきて、思わず表情が歪んだ。そして、それはどうやら俺だけではなかったようで、解説をしながら板書をすすめていた先生、教室内の生徒一同、皆頭や口元をめいめいに押さえだし、しばらくすると――教室内の全員が、床や机に倒れ伏してしまっていた。……俺と、オイカワさんを除いては。

「な、ななななっ……えっ、なんでっ……!?」

「あー、すみませんデス……少々お待ちくださいデスよ」

 体中が重く、意識はぼやけ、椅子から立ち上がれない俺に対して――オイカワさんは慌てるどころか、あちゃー、という様子で立ち上がると、朝からつけていたマスクをあっさり外した。

 どこからともなく取り出したスプレー缶のようなものを、しゅ、と数回、噴霧してゆき――一瞬、きらきらした煙のようなものが空間に舞い、消えてゆく。

「な、なんですか、それ……、……あれ?」

 蒸散とともに、まとわりついていた眠気、だるけがふっと引いていくのを感じた。オイカワさんがにっこりと微笑み、こちらに寄ってくる。

「ふふふ、こちらはデスね、ニンゲンさまで言うところの酸素と、血液が酸性になる成分などなどを混ぜたものデスね。ニンゲンさまは生命活動の維持に酸素が必要デスから、急に酸素濃度の低いところに移動すると、ごらんのとおり倒れてしまうのデスよね」

「こ、高山病とかってことですか……?」

「今、調整薬を噴霧シまシたので、みなさまご無事でいらっしゃいますよ。20分もすれば自然に回復致シますデスよ」

「そ、そうですか……でもなんで、急にこんな……」

 ひとまず、皆が無事だということには安堵したが、何か実験などの特殊なことをしていたわけでもない、ごく普通の授業中であった高校の教室で、急に室内の全員が高山病のような症状で、ばたばたと倒れるわけがない。……となるとつまり、おそらく、……いや間違いなく、オイカワさんが何かしたとしか思えない。

「……何したんですか?」

「ふ……ふふふ、いやそのデスね、ニンゲンさまの食品への保存性の向上対応から知見を得まシて、今回の画期的な検証を……」

「何をしたのですか」

 さすがにオイカワさんも、クラスの皆を巻き込んだという罪悪感はあったらしい。しばらく、遠い目をしてだばだばと滝のような冷や汗を流していたが、――ふううぅぃ、と長い溜息をついてから、開き直ったかのようにさっぱりした顔で、こちらを見てくる。

「……そうデスね、どのみち皆様がお目覚めになるまでまだお時間もありますシ。ここでやってみまシょうデスかね」

 そう言うと、いきなり俺の前でスカートのジッパーを下げ、細い腹部から床へと――すとん、と落とす。

「えっなっ……な……なんですかこれ……?!」

 綺麗に造形された脚と下着が露出して、……と思いきや、下半身を覆っていたのは、形状としては下着に近いようではあったが、想像するような何かしらの下着ではなく、……全体的に金属で構成され、正面に鍵……?がくっ付いた、……ギリギリでスタイリッシュとかアーティスティックと言えなくもない、いやサディスティックの方が合ってるかもしれない、という仰々しい何かだった。……怪しすぎて、部位がセンシティブということも失念し、うっかり凝視してしまった。

「これはデスねえ、脱酸素剤なのデスよ」

「だつさんそ……え、これがっ……!?」

 脱酸素剤……一般的には個包装の生菓子なんかに一緒に入っている、あれのことだよな……!? 日持ちのしなさそうな製品の保存性を高めるような……という、俺が思いつくそれとは、似ても似つかないんですけど……

「そうデスよ~~、ほらこちらに『食べられません』って書いてありますデスよ」

 そう言ってオイカワさんが指し示す、腰回りを覆う金属部分には、確かにエンボス加工のような具合で『DO NOT EAT』……と連続で示されてはいた。いや確かに、よく見る脱酸素剤って、誤食防止のためにそんな感じで書いてあるけれども。それはごく普通の脱酸素剤が小柄で誤食の懸念があるからやっている訳で、その下着なんだか拘束具なんだかわからない何かを、普通は食べられると思わないのでは……

「こちらは、当星間食料研究センターがよく用いている形状の、生物適応タイプの脱酸素剤デスね。表面部分は鉄系自力反応型の素材でできておりまして、鉄の酸化によって、周囲の酸素を取り込むことで、脱酸素状態をつくるというものデスね」

「えっと……あの、小さい袋やシート状なんかの、菓子とかと一緒に入っている、あれですかね……?」

「はい、地球上での食品に対シては、その形状が多いようデスよね。酸素の吸収についてはいろいろな方法があって、非鉄系は金属検査機にかからない、などの工業的な工夫も実に面白いデスよね。けど、私に取り付けているこのタイプについても、ニンゲンさまも同じようなものをお使いデスよね」

「全くそんなことはないと思いますが……!?」

 そもそも地球上で、人間本体にその形状の脱酸素剤を付けることになる状況が発生しないのでは……!? と思ったが、オイカワさんは俺の反応を見て、不思議そうに小首をかしげた。

「あれ、いわゆる『ご主人様』や『女王様』という立場の方が、自身が不在の間などに、パートナー様などの鮮度を保持しつつ、うっかり他者に食べられることのないように、このような金属製のアイテムを、下半身に身に着けさせる――と聞きましたデスよ」

「……いやそれは……」

 オイカワさんの怪しい説明……金属製……意味深な存在感を大いに放つ、自由な着脱を阻む、正面部分にとりつけられた謎の鍵……いやあの……これって……

「だから鉄製で『食べられません』ということなんデスね~~、理にかなっておりますデスね。なんて言うんでシたっけかね」

「ん~~……」

「あ、思い出シまシた、ニンゲンさまでは『貞操帯』というアイテムでシたね」

「ん、んん~~……!」

 そんな、どちらのご家庭でもお持ちかのように言わないでくれ……! 日本の高校生は、いやむしろ日本の一般市民は、ごくふつーに生きてきたら貞操帯の存在を知る機会なんか発生しえないんだって……! 現物なんか見ることもなく、生涯を終える方が大半だよ……!

「こちらの脱酸素剤はデスね、下腹部から臀部、脇腹にかけて表面に貼り付けると共に、中央にある突起部分を体の奥に挿入して使うのデスが、まさかのその構造まで、ニンゲンさまの貞操帯とおんなじで、びっくりシまシたデスよ~~」

「…………え、身体に……挿入……?」

「そうデスよ、それによって効率よく鮮度が保たれるのデス」

 ……さらっっと言われたが、要するに、目の前でにこにこと微笑むオイカワさんは、現在その、自称脱酸素剤というどう見ても貞操帯である代物の何かが、オイカワさんの何かに……挿入された状態であると……

 ……この話、これ以上触れない方がいい気がしてきた。

「突起部分の先端は、水分に触れることによって脱酸素の機能を果たすようになっておりまシてデスね、突起部分をこう挿入シますと……どうされまシた飯野さん、なにかお悩みデスか」

 いつも通りドヤ顔ではじまった、オイカワさんの『当センターでも使っているすごい道具の解説』が、どんどんやばい方向に突っ走りだす。……オイカワさん達の地球外生命体様にはやばくないのかどうなのかは知らないが、今のこの……第三者から見たら『まわりに教師生徒一同がばたばた倒れた状況で、スカート未装着のクラスメイトの美少女がやばいアイテムの使用方法を説明している』のは地球上においては真面目にまずい……!

 思わず頭を抱えだす俺を、オイカワさんも話を止めて覗き込んできた。

「すみません……俺はちょっとその仕組みというか構造というかに……それ以上突っ込めないんで……」

「もうすでに私に突っ込まれてますデスが」

「ちょっと黙ってもらえますかね」

 ……オイカワさんがなんかうまいことを言ったようなところで、反射的に強めに返してしまった。

「ちなみに、日本の食品衛生法では、乳幼児様に危害が及ばないように『乳幼児が口に接触することをその本質とするおもちゃ』他、積み木やままごと用具などなど、指定のおもちゃについて対象とシているのデスよ(食品衛生法 第十章 雑則 第六十八条第一項、及び 食品衛生法施行規則 第九章 雑則 第七十八条)」

「そ、そうなんですか」

「乳幼児様が口にいれてシまう可能性のあるおもちゃについて、安全性を担保されているということデスね。なので同様に、ニンゲンさまに危害が無いように、今私につけているこの脱酸素剤も食品衛生法に適応シておりますデスよ。地球上の審査こそ受けておりませんが、確実に国際認証規格は取得出来るように対応シておりますよ」

「お、おお……」

 急にまともなことを言われたが、この面妖な自称脱酸素剤のどこに、乳幼児様が口に含む可能性が存在しているんだ……?

「まあ、乳幼児様が誤って口に含まれる可能性は低いのデスが、以前研究員がこれをうっかり地球に置いて来てシまった際に、何故かニンゲンさまが喜んで上とか下とかの口に含んでいた事例があったそうなので、我々も注意シて対応シたということデスね」

「……えと……はい」

「いやあ、日本でセクシャルな遊戯に興じられる際にお使いになる、ラテックス製アイテムや、各種グッズについても、上とか下とかのお口に含まれることがある場合、食品衛生試験にばっちり対応されているものがあるそうなんデスよね。流石、日本の皆様は意識がお高くいらっシゃいますデスね~~」

「そそそそそそうなんですかっ!?」

 た……確かにアダルトグッズも、ものによっては諸々の体内に関与することはあるのかもしれないけども……食品衛生法まで検討していることがあるのかっ……すごいな日本のアダルトグッズ……!

「……そ、それよりっ……この状況を説明してくださいよ、皆がなんでいきなり倒れて、あとオイカワさんはさておき、なんで俺は平気なんですか……!?」

 めちゃくちゃ話が逸れたところで、やっと我に返った。この客観的に見たら、いや誰が見ても抜群におかしい状況について、オイカワさんに説明を求める。

「あっそうデスね、その説明が必要デスよね。ニンゲンの皆様は、食品の保存性を高めるために、食品包装時に脱酸素剤を付与するではないデスか。つまり、腐敗シ易そうなナマモノ、つまり私にも脱酸素剤がついていたならば、飯野さんもご安心シて私をお召シ上がりになれるはず――と思ったのデスよ」

「それで朝からその、……だつさんそざい……を着ていたと」

「そうデス~~、鉄製なのでなかなか重くて大変でシたよ。ニンゲンの皆様は、これを付けて平然と活動シなければならない状況があると聞きまシたが、こんなに動きにくいのに、恍惚とシて、優雅に対応されるそうなのデスよ。すごいデスよね」

 ……そんな状況がある環境についてはさておき、だから今日のオイカワさんは時々、腕やら肩を回していたのかと納得はいった。

「ただ、こちらは当センターで使っているだけありまシて、大変強力な酸素吸収効果があるのデスよね。私たち生命体はともかく、酸素を取り込むことで生命活動を維持されているニンゲンの皆様には、あまり安全ではないかもシれないなと。そのため、今日はこのとおりマスクをシていたわけデス」

 オイカワさんが、さきほど皆が倒れた直後に外していたマスクを手に取り、にっこりと微笑む。

「ニンゲンの皆様は、これで口を覆いながら「あまり近寄らない方がいい」と言うだけで、距離を取ってくれると聞いたのデス。まさにその通りでシたね~~」

 ……だから明らかに元気そうなところに、マスクをしていたのか。なんというか、人間生活に不自然さがないように言い訳を考えるのが上手すぎやしないか。

「さきほどまでは窓が開いていたので、この教室内には絶えず酸素も供給されていたのでよかったのデスが、窓を閉められてシまったことで、一気にこの空間の酸素が減ってシまったのデスよね」

「だから皆、いきなり倒れたんですね……」

「はい。飯野さんには、さきほど血中の酸素濃度を向上させる、おくす……あっいえラムネをお召シ上がりいただいたではないデスか」

「今薬って言いませんでした……!?」

「あれには地球で言うアセタゾラミドという物質の、更に効果的で効率のよい成分が含まれておりまシて、低酸素下でもなんとか対応できるようになっていたのデスよ。さっき空間に噴霧したものもデスね」

「ちょ、そのまま平然と説明を続けないでくださいっ……! だからさっき変なものじゃないですよねって聞いたんですよ!」

「ま、ままままあおかげでご無事だったわけデスから……」

 オイカワさんが視線をあさっての方向にそらしつつ、吹けてない口笛を鳴らしているつもりなのか、口をとがらせる。おかげでご無事も何も、原因がオイカワさんなのだが。

……しかしこの、上半身は制服、……下半身は貞操帯……いや脱酸素剤という格好、改めて考えなくても破壊力がすさまじく、……相当大変なことになっている。上半身だけ見たら普通なところが余計に拍車をかけている気さえする。……は、早く身なりを整えてもらって、皆が起きる前に――

「さてそれよりもデスよ、飯野さん? みなさま眠っておりますシ、ちょうどいいデス。……私を、食べていただけませんかっ?」

「いま!?」

 こちらの気も知らず、滅茶苦茶とんでもない提案をぶん投げてくるオイカワさんに、思わず音速で周りを見回し――よかった、皆まだ見事に昏睡しているよう……ではある……けど、さっきしばらくしたら起きるみたいなこと言ってたよな!?……この状況でだれかひとりでも起きたら、この状況を見られたら、………………!

「おおおおおオイカワさんっ!? そんな場合ですか、なに言ってるんですか!?」

「いえいえこれにはちゃんと考えがあるのデスよ」

 こんな状況にも関わらず、オイカワさんは懲りずに有難い自論を展開するつもりなのか、ふふんと胸をはり、人差し指を天に向ける。

「ニンゲンさまは『背徳感』という感情によって食べ物がよりおいシくなるという効果を得られるらシい、と聞いたのデスよ。このクラスの皆の中で、自分だけが私を食べることが出来る、というシチュエーションで、飯野さんもより私をおいシく感じられるのではないかと」

「背徳感使うところは絶対ここじゃないですっ!! それは夜中のラーメンとかに使う程度にしておいてくださいっっっ!!」

 確かにこの状況で、そんなことをしている余裕がある精神力があるなら、背徳感もアドレナリンもドーパミンも駄々洩れなのかもしれないけどっ……、俺の理性が、オイカワさんを性的に食べていてもやばいし、経口摂取的に食べていたらそれはもっとやばいと囁いている……! そんなのクラスメイトが見たら、見られたら、お互いの心理的ショックは計り知れない……!!

「――さ、遠慮せずにどうぞデスよ。……あ、お召シ上がりになるなら脱酸素剤ははがさないといけませんね、『食べられません』デスからね」

 ふふっと呑気な笑みを浮かべると、オイカワさんはどこからともなく小ぶりな鍵を取り出した。

「いやいやいやいやちょっとここで脱ぐ……いや外す……何? と、とにかくここではまだ、それつけておいてくださいよ……!」

「? でもこれ外さないと、ずっと空気中の酸素を吸い続けておりますので、皆様を起こすなら取った方がいいデスよ」

「そうなのっ!?」

「ええ、この表面の鉄部分は鉄系自力反応型で、朝からたっぷり酸素を吸ってシまったので、そろそろ効果が切れるかと思いますが、私に挿入シている突起部分は水分依存型で酸素を吸収シているので、私に刺さっている限り、まだ効果が続いてシまうのデスよ」

「……外すしかないってことですか……?」

 後から思えば、オイカワさんが普通に教室から出ていくか、別所に移動してから外すとかすればよかったのではないかと思うが、そこまで頭がまわっていなかった。オイカワさんも、故意にかそうでなしになのか「そうなのデスよ」と、しれっと言い放ってきた。

「じゃあまず、この鍵を外シていただけますかね?」

「か、鍵……って」

 オイカワさんが、細かい模様の刻まれた小さな鍵を手渡してくる。……これ模様じゃない『DO NOT EAT』だ……いやそんなことはどうでもいい、これを指すべきはオイカワさんの下腹部にある鍵穴であり、それを――俺にやれと……!?

「ではこちらに刺シて、左側に一周まわシていただけますかね」

 オイカワさんが、固定でもしてくれているつもりなのか、両掌で鍵穴の周りの腰を抑える。そして肩幅くらいに足を広げて、……俺の開錠を待ち構えるように、腰をかるく突き出してきた。

「む、無理ですよっ……、いやその、これ取れたらその、だってその」

「あ、これ外シただけでは取れないので、大丈夫デスよ」

「……そうなんですか? ほんとに……本当に、いきなりは取れないんですね!?」

「はい、大丈夫デス~~」

 おそらく、もう時間もないし――にこにこと促すオイカワさんを、信じて――意を決し、下腹部の鍵穴に鍵を、がちん、と差し込んで、左に回し――

 かち、という小さな音とともに、T字のその中心を止めていた部分がはずれて落ち、床に乾いた音を立てる。――そして、下腹部、脇腹、臀部を覆っていた金属部分が――

「っんんんんんんぅぁっ!?」

 どうしても一瞬だけ視界に入った光景に、脳が即座に退避信号を出し、胴体が首が眼球が即座にオイカワさんを視認できる範囲から思いっきり外しにかかった。……一瞬、だけ、見えた状況では、表面を覆っていた部分だけは重力に沿って垂れ下がり、――その……オイカワさんに挿入されているという突起部分だけが落ちなかったがゆえに、そこから全体が釣り下がるように、残って――

「おおおおおオイカワさんっっ、どっどどどどどどうなってるんですか!?」

「あーすみませんデスよ~~、これは突起部分がはまり込んでいないと効果が薄れるので、外すときは、自分で抜かないといけないのデスよ。今抜きますので~~」

「だだだだっだダメです!! それは教室でやらないでください!! それだけはやめてください人として!!!」

「いや私地球外生命体なのデスが」

「いいからもう黙ってもらっていいですかっっっ!?」

 ――背徳感をぶっちぎり、理性が必死にオイカワさんを止めた。そのあと、どう説得しきったのかはもはや覚えていないが、なんとかどうにかオイカワさんにスカートを履きなおしてもらい、外観こそ普通だが内部がもはや学校にいられる格好ではないので、こっそり帰ってもらった。

 その後しばらくして、オイカワさんの言うとおりに皆が起きだし、何故だか一切触れられることなくそのまま授業は続いた。オイカワさんは体調不良による早退だということであっさり受け入れられていた。……まさかこんなところで、マスクの演技が役に立つとは……

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