第39話  苦手なことは慣れで解決


 憤怒に駆られた視聴者たちに対し、ルリィはやんわりと火消しに入っているがそれくらいの制止ではコメント欄の熱は冷めない。

 一致団結した視聴者は俺をぶちのめそうと躍起になっている。

 ま、だからといって俺が配信に出て何かしらを弁明することはないんだがな。

 荒れた視聴者をなだめるのも配信者の務めだろう。

 僅かに表情を強ばらせながらあの手この手で意識を逸らそうと奮闘している瑠璃を眺めながら、俺は隣に並ぶ心春に目を向けた。


「そういや心春。お前はダンジョン配信やらねぇのか?」


 瑠璃は頑張ってダンジョン配信に勤しんでいるが、心春は俺と同じように見ているだけだ。

 こいつも『新世代』の一員なんだから配信者としてはそこそこチャンネル登録者数もいそうなもんなんだが。


 心春は胸の前で指を絡ませながら、おずおずと答える。


「あ、えと、やっぱり私も配信した方がいいですかね……?」

「ダンジョン配信部に入るんだったら、配信はやるべきなんじゃないか? 配信チャンネルとかあんだろ」

「い、一応あるにはあるんですけど……」


 心春は自分のデバイスを取り出した。

 可愛らしいピンクを基調とした手帳型のケースを開き、画面を操作している。

 そして、遠慮がちにその画面を俺に見せてきた。


「これが私のチャンネルです」

「お、どれどれ……」


 心春からデバイスを受けとり、チャンネル情報をチェックする。

 まずは登録者数を見てみると、その数は五万人ほどだった。

 まあ配信者としてはまずまずの登録人数だろう。

 瑠璃は一人で登録者百万人を突破しているが、あんなのはごく一握りだ。

 五万人でも登録者がいれば、普通に生活費を賄えるくらいの収入はあるんじゃないだろうか。


「なんだ、別に人気がないってわけでもないじゃねぇか。瑠璃と比べると少なく感じるが、別に五万人でも十分だろ」

「……私が出してる動画を見てもらってもいいですか?」

「動画?」


 言われるまま、俺はチャンネル情報から動画一覧の項目をタップした、

 過去に心春が配信したライブ動画が投稿順にずらりと並び、その中から適当に一つの動画を開いてみる。

 それはよくあるダンジョン配信の映像だった。

 動画が始まって数秒、配信開始の挨拶もなく心春の後ろ姿が映し出された。

 薄暗いダンジョンの通路を一人で歩いている。


「…………ん?」


 違和感。

 動画全体の時間は二時間弱といったところ。

 試しに動画の三十分時点を再生してみる。

 モンスターと戦っている心春の映像が映し出された。

 相変わらずカメラは配信主の後方上空から撮影されていて、心春のつむじがよく見える画角だった。


 動画の一時間時点を再生。

 一時間三十分時点を再生。

 動画の最後を再生。

 最終的にダンジョンから地上に出た心春は、外の明るい陽の光に包まれながらようやくカメラの方を振り向き、顔を見せる。

 が、その瞬間俺のデバイスの液晶が暗転。

 画面中央には“もう一度見る”を意味する、くるんと円形に曲がった矢印マークが表示された。


「――――ってこれお前、一言も喋ってねぇじゃねぇか!!」

「ご、ごめんなさいぃ!」


 俺のツッコミに、心春は居心地が悪そうに縮こまった。

 もう一度飛ばし飛ばしで再生してみるが、やはり心春は一言も喋らず、挨拶もせず、ただ黙々とダンジョンに潜ってモンスターを狩って帰るだけの映像が流れている。

 当時のリアルタイムのコメントもほとんどなく、時折ぽつぽつと短文の応援コメントが表示されるくらいだ。

 ちなみに画面の中の心春はコメントが来ていること自体気付いていなさそうで、黙ってダンジョンの奥へ奥へと潜り続けていた。


「えと、その、私は瑠璃ちゃんみたいにあんまり人前で話すのが得意じゃなくて……」

「だからってこんなに喋んないことある? もうこれほぼドラレコだろ」


 ダンジョン配信は今では国内の一大エンタメコンテンツとして堂々たる人気を博しているが、もともと探索者が配信活動を始めた理由はダンジョン内で行われる犯罪を防止するためだった。

『FIRST』がバリバリ活躍していたダンジョン黎明期時代、言うまでもなくモンスターは脅威ではあったが、危険な存在はそれだけではなかった。

 ――ダンジョン内での犯罪行為。

 その時はまだダンジョン内での整備体制がほとんど整っておらず、さらにモンスターの被害が収まり平和を取り戻し始めた際にもダンジョン内で殺人事件が発生したりしていた。

 しかし当時はダンジョン内に監視カメラがなかったので、捜査は難航。

 結果として犯人は捕まったものの、この事件を契機としてダンジョン探索中は常に生配信を行うことで探索者を歩く監視カメラと化し、今や一定レベル以上のダンジョン探索中は生配信を行うことが推奨されている。


「つーか、逆になんでこんな無言動画に五万人もチャンネル登録者がついてるんだ?」

「あ、そ、それは多分お姉ちゃんのおかげかと思います。お姉ちゃんの一部のファンの人が私のチャンネルも登録してくれてるのかな、って」

「……そういや、お前は彩夏の妹だったな。ぶっちゃけ、このチャンネルで稼げてんのか?」

「ぜ、全然です! 迷宮学園にも十%くらい引かれちゃいますし、残るのは本当にお小遣い程度で……」


 だろうな。

 ざっと心春のチャンネルの過去動画をスクロールしてみるが、全て再生回数は微妙で、バズっているヒット動画も見当たらない。


「ご、ごめんなさい……。やっぱり私、ダンジョン配信部には向いてないですよね……」


 心春は悲しげに俯いた。

 チッ、仕方ねぇな。

 ここは顧問である俺が一肌脱いでやるか。


「いや、そんなことはないぞ。カメラの前で話すのが苦手なら、ガンガン視聴者の前に立って慣れればいい」

「わ、私の配信にはほとんど人が来てくれなくて……。あっ、でもまずはカメラの前で挨拶とかから初めて見るのはいいかも――」

「いやいや、もっと手っ取り早い方法があんだろ?」

「え?」


 きょとんと首を傾げる心春に、俺は優しく手を差しのべる。

 頭の上に?マークを浮かべたまま俺の手を取った心春を、そのまま瑠璃の配信カメラの裏側――その近くまで歩いていく。

 俺たち二人がカメラのすぐ後ろまで来たことで瑠璃がこちらを一瞥する。

 だが、あいつは現在コメント欄への対応に付きっきりで俺たちの行動に意識を割く余裕がない。


 俺は手を握る心春に向けて、満面の笑顔で振り返る。


「心春。人前で喋るのが苦手なら、まずは慣れるのが大事だって言ったよな?」

「え? は、はい。それならまずは私も配信カメラを起動しないと――」

「あっはっは! そんな必要はないぞ! 今ちょうどいい練習相手が目の前にいるからなぁ! ってな訳でちょっくら行って、こい!!」

「ひゃわわわ!?」


 俺は握っていた心春の手を離し、素早く背後に回ってどんっと背中を押した。

 心春は前のめりになりながらバランスを取るため前方に大きく一歩を踏み出してしまう。

 そして俺たちの目の前では、瑠璃が絶賛配信中な訳で――――


「……はっ!? ち、ちょ、心春!?」

「る、瑠璃ちゃん! はわっ!」


 瑠璃の配信に乱入してしまったことに気付いた心春は、配信カメラと見つめあいながら固まっていた。



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