第38話  配信スタート!


 ダンジョンの一角に広がる、踊り場のように開けた空間。

 まるでここでダンジョン配信をしてください、というような舞台ステージさながらのエリアに立ち、瑠璃は配信カメラをONにする。

 俺も自分のデバイスで瑠璃のチャンネルの最新動画を開いた。

 可愛くデフォルメされた、星をイメージしたメルヘンなキャラクターがくるくると回って『待機中』の文字を映している。

 と、不意に画面が変わって配信開始のカウントが始まった。

『60』を皮切りに、一秒ずつカウントが減っていく。


「瑠璃ちゃんの配信が始まりますね」

「だな」


 俺たち二人は瑠璃の画面に映らないよう、配信カメラの後ろ側に回って少し離れた距離から見守っていた。


 瑠璃はカメラの前で前髪を整えたり、ほっぺをむにむにしたりして最終準備をしている。

 なんか配信者の裏側を見ている感じで新鮮だ。

 普段はメスガキ系配信者として一世を風靡している『キラキラ☆ルリィ』だが、配信前はちゃんと身だしなみに気を配ったりしているんだな。


 画面上のカウントが10を切った。

 待機している視聴者数は先ほど一万人に到達している。

 可愛らしく咳払いをしてしばらく、配信画面がリアルタイムの映像に切り替わった。


「みんな~、こんにちはぁ~! 今から配信開始しまぁ~す!」


 配信が始まった。

 瑠璃は甘ったるい猫なで声で配信カメラに向かって手を振っている。

 動画でよく見る、大人を小馬鹿にしたような煽り口調がすでににじんでいた。

 配信が開始した直後、コメント欄が一気に勢いを増す。


 :きた

 :今日はどこのダンジョンなのかな

 :配信楽しみ~

 :これまでのルリィの配信開始時間を平均したデータと比較すると今日はいつもより四十三分二十六秒早いね? もしかして時間割りが早く終わったのかな?? 最近暖かくなってきたから水分補給は忘れずにね??

 :草

 :キモデータニキ草

 :ルリィのコメント欄はこれだから止められない

 :司法の限界

 :いやあいつは何らかの法に抵触してるやろ

 :キミは初見さんかい? ルリィのチャンネルはこれが平常運転だよ


 やっぱ人気配信者っていうだけあって開始直後からコメントの伸びがすごいな。

 一部ヤバめのファンもいるが、まあこの手の女性配信者には変態視聴者はつきものだ。

 ルリィは変態コメントを気にする素振りもなく、ニヤニヤと小憎たらしい笑みを浮かべる。


「みんないつも配信開始してすぐコメント送ってくれてありがとね~! でもでもぉ、まだ平日の昼間だっていうのにお仕事は大丈夫なのかなぁ? あっ、ごめぇ~ん! みんなはお仕事を頑張れるほどつよつよのお兄さんじゃなかったんだったぁ~! あははは、忘れちゃってたよぉ!」


 瑠璃はドS発言で視聴者の心を抉りにいく。

 これも一つのお家芸だな。

『キラキラ☆ルリィ』の視聴者はこのメスガキの煽りを聞きに来ている層も少なくない。


 :は、はあ? ふ、ふふ、普通に仕事中ですけど!

 :そ、そうやぞ! 人を無職みたいに言いやがって!

 :事実陳列罪

 :よわよわ男性の巣窟でウケるww

 :と、無職こどおしが申しております。

 :ワイは警備員という立派な職務を全うしとるで


 ルリィの煽りにコメントの反応も加熱していく。

 反抗しているものの、バカにされて嬉しそうだ。

 このチャンネルにはドMのロリコン視聴者しかいねぇのか?


 辟易としながらコメントの流れを追っていると、キモコメントの群れの中に一つのコメントが際立った。


 :そういや、さっきの模擬戦はどうだったんだ?


 瞬間、かすかに瑠璃の表情が固まった。

 が、すぐに生意気なニヤニヤ笑顔に戻る。

 しかしコメント欄はそのコメントを皮切りに模擬戦の内容についての質問が多くなっていく。


 :それ

 :気になってた内容

 :てかルリィ負けてたよね??

 :まさか馬男にわからせ完了されてないよな……?

 :馬との激闘の末、敗北したルリィ。当然その後なにも起こらないはずはなく……

 :やめろ

 :ぶち殺すぞ

 :唐突な脳破壊

 :実際、馬と戦ってどんな感じだったのかは聞きたい


 ルリィは見下すような視線でコメント欄を眺める。


「え~? あの馬男さんのこと知りたいの~? うーん、どうしよっかなぁ~??」


 人差し指をほっぺに当ててあざとい仕草で悩む素振りをしながら、瑠璃はかすかに目線をずらした。

 配信カメラ……ではない。

 その後ろにいる、俺に対して視線を送っている。

 この視聴者の質問に正直に答えていいのかどうか、ってことか。

 ま、答えは決まっている。

 俺は瑠璃の目をしっかりと見つめながら、ぶんぶんと首を横に振った。


「あははは~、ごめ~ん! 実はさっきの模擬戦のあと、馬男さんに口止めされちゃっててぇ~。みんなには詳しいことは話せないんだぁ。ルリィもつよつよの馬男さんの言うことなら従わなくちゃいけないしぃ~?」


 さすがは登録者百万人のトップ配信者だ。

 配信慣れしているだけあって、自然な形で上手く質問をスルーした。


 しかしルリィが“つよつよだから従う”発言をしたせいでコメント欄は再び地獄絵図のような阿鼻叫喚コメントで溢れている。

 当のルリィはそのコメント欄の発狂ぶりをガキ特有の高めの笑い声を響かせながら眺めていた。


 が、またしても発狂コメントに紛れたとあるコメントが流れを変えた。


 :もしかしてカメラの後ろに誰かいる?


 ……勘の鋭いガキは嫌いだよ。


 無駄に勘がいい一人のコメントによって、発狂から猜疑心へと視聴者の心情が移っていく。


 :おい、もしかして……

 :ま、まさか後ろに馬男がいるんじゃねぇだろうな!!!?

 :引きずり出せ

 :おい、お前もこの配信見てるんだろ!? 

 :出てこいクソ馬!

 :ルリィに勝ったからって調子に乗んなよ!

 :そうや! 今度はワイらが相手したるわ!!

 :なお、この視聴者が何人束になってもルリィ以下の力しかない模様

 :んなもん気合いでぶちのめすんや

 :今こそ大和魂を見せるとき


 視聴者の大群は発狂、猜疑心と移り、最終的に憤怒へとその感情は進化した。

 コメント欄に俺に対する誹謗中傷や宣戦布告の文言が増えていく。


 さすがにこのような事態に発展したことはないのか、配信主である『キラキラ☆ルリィ』は若干ひきつった笑みでコメントを眺めていた。



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