第37話  探索開始


 街中の一角に、コンクリート壁で囲まれた異様なエリアがあった。

 その灰色の塀の中にあるのは、これみよがしに暗い地底への大口を開く巨大な土の洞窟――ダンジョン。

 まあ実際はこのダンジョンは学園長が造りだした人工物で、天然モノのダンジョンではない……と聞いてはいたんだが……。


「いやこれ、完成度高すぎじゃね……?」


 どことなく肌にまとわりつくような湿気。

 濃縮された土の香り。

 そしてダンジョン入口から奥に流れる微風。

 辺りもぼんやりと薄暗いが、まだ地上階であるため入口から頼りなく太陽光が射し込んできていてダンジョン内にしては比較的明るい。


 完璧だ。

 ダンジョンの環境が完全に再現されきっている。

 この環境だけでも想像以上のクオリティなんだが、さらに極めつけは――


「ギシャァアアア!!」

「心春! そっちへ逃げたわ!」

「ま、任せて! 火炎球ファイアボール!」


 ダンジョンの奥から現れた、緑色の肌をした小鬼。

 メジャーなモンスターとして名が知れている、ゴブリンだ。

 十数体ほどの小規模な群れで現れたゴブリンはその大半を瑠璃が一瞬で倒したが、撃ち漏らした少数のゴブリンも心春が火炎球ファイアボールで確実に仕留める。


「話には聞いてたが、モンスターもこれほどリアルだとは……」

「ギシャアアアア!!」


 俺の背後からこん棒を振り下ろしてくるゴブリン。

 その攻撃を最小限の動きで避け、くるりと反転。

 少しだけ体に魔力を流して強化した肉体で、回し蹴りをゴブリンに食らわす。


「ギギャア!!?」


 顔面にクリティカルヒットしたゴブリンはそのままダンジョンの外壁まで吹っ飛んでいき、ドゴン! と壁を凹ませる。

 バタリと地面に崩れ落ちると、黒いもやとなって肉体が消滅した。

 どうやら魔石は出ないらしい。


「さすがですね、葛入先生! 背後からの奇襲だったのに!」

「ま、この程度じゃな。踏破レベルBなんて目瞑ってても楽勝だし」


 そう、踏破レベルBなど子供の遊びのようなものだ。

 攻略など簡単にできる。

 だが、今俺の胸中に渦巻いているのは、これほど完璧にダンジョンもモンスターも再現している学園長に対するそら恐ろしさだった。


 あの腹黒女……やっぱ魔法の性能はバケモンじみてやがるな。

『FIRST』時代、モンスター相手に無双しまくっていた最強の『魔法使い』だったが、この人工ダンジョンを見る限りその力はまだまだ健在のようだ。

 いや、むしろ当時よりも洗練されている可能性すらある。

 果たして十年前の学園長にここまで精巧なダンジョンを難度も分けながら複数個生み出すことができただろうか。

 …………やろうと思えばできていたような気もする。


「それにセキュリティもしっかりしてる。警備の人間も少ないからどうやってダンジョンを管理してんのかと思ったら、あんなもんがあるとはな」


 後ろを振り返ると、遠くに檻のようなゲートがあった。

 ダンジョンの入口に設置されているゲートだ。

 瑠璃と心春は自分の学生証をスキャンすることで閉じられていたバーが開かれ、中へ入ることができた。

 まさしく遊園地の入場ゲートのような雰囲気だ。

 一方で俺はそういった迷宮学園内での身分を証明するものを持っていなかったんだが、なんと救済措置として顔認証と指紋認証を行うことで入場許可をもらえた。

 俺が迷宮学園に赴任して来たのは昨日の今日だったはずだが、早くも俺の情報は学園の名簿データに載っているらしい。

 外部顧問の特別教師枠としてガキんちょ二人の活動の監督業務を行っている、というていでダンジョン探索の許可が降りた次第だ。

 このゲートのスキャンでダンジョンの踏破レベルに見合った生徒かどうか判別しているのだろう。


 ぐんぐんと先頭を進んでいく瑠璃に着いていくと、ふとダンジョンの壁面に赤いボタンのようなものが突き出しているのが見えた。

 そのボタンには、『緊急避難用』と印字されている。


「何よりこの『緊急避難ボタン』……こんなものまであるとは。これって押したらどうなるんだ?」

「えっと、学園長さんの隔離結界が展開されて一切のモンスターが侵入してこないよう守ってくれるんです。それと同時に付近の管理員さんにも連絡がいくようになっているので、すぐに駆けつけて対応してくれますよ」

「……なるほど。徹底的に生徒の安全面を考慮してるってわけだ。ここまで贅沢な設備は天然のダンジョンじゃ絶対導入できねぇな」


 さすがは『迷宮学園』だなんて名乗ってるだけはある。

 ことダンジョン探索に関しては間違いなくここは最高峰の教育機関だ。


 一人ぐんぐんとダンジョンを突き進む瑠璃と、その少し後ろを着いていく俺と心春。

 しばらくそのような構図でダンジョン探索を行った。

 奥へ進むにつれて太陽光がほとんど入ってこなくなり、先ほどいた入口付近のエリアよりも辺りは薄暗さを増していた。

 明かりはダンジョン壁面に一定間隔で備え付けられた淡いオレンジ色の電灯が頼りだ。

 実際のダンジョンにも、このような感じで一定間隔で光る鉱石や松明、ランプなどが埋め込まれている。

 夜目がきかないモンスターのためではないかという説もあるが、詳しいことは何も分かっておらず、様々な議論が交わされている段階だ。

 まあ真実がどうであるにしろ、探索者俺たちには都合がいい設備であることには変わりない。


 道中しばしば現れる標準的な脅威度のモンスターを軽く狩っていきながら進んでいると、瑠璃が不意に歩みを止めた。


「うん、ここら辺でいいかしらね」


 立ち止まった瑠璃の所まで歩いていくと、目の前には開けた空間が広がっていた。

 だいたい、体育館の半分くらいの面積だろうか。

 今までも割と広めの通路を通ってきていたが、まるで食料を貯蔵するアリの巣のように、ここだけぽっかりと何もない空間が設計されていた。

 こういう謎の空間は、本物のダンジョンにもあったりする。

 目的はよく分からないが、まあこの人工ダンジョンの場合はちょっとした休憩スペースだろう。

 設定されている踏破レベルはBだし、それほど底意地の悪いトラップが仕掛けられているとも思えない。


「それじゃあ、ここで配信を始めるわ。適当に一、二時間くらいダンジョン配信をしたらそれで終わりでいいわよね?」

「ああ、そうだな。今日は初回だし、とりあえずそんな感じでいいだろう」

「わかった。じゃあ準備するわ。今回はカメラがちょっと古いのだから心配だけど、これくらいのダンジョンなら大丈夫かな? そんなに激しい動きもしないだろうし」


 そう独り言を言いながら瑠璃は懐から一機のカメラを取り出した。

 コンパクトに折り畳まれているが、瑠璃が起動ボタンを押すとガシャン! と変形し、正方形のカメラに早変わりした。

 立方体の一面には、光沢のある丸い液晶レンズが瑠璃の顔を映し出している。


「それは旧式の配信カメラか? 魔力式ではあるみたいだが、充電タイプのやつだな。たしか最新式のはリアルタイムで魔力を送って操作することができるんだったか」

「そうよ。あいにく、昨日どこぞの馬男に瑠璃が愛用してた配信カメラを壊されたんでね!」


 瑠璃は嫌みったらしく皮肉を述べたあと、鬱憤を隠す素振りもなく配信準備を始めた。


 そう言えば昨日、ダンジョン下層で会った時に彩夏の待ち伏せを防ぐためにこいつの配信カメラを叩き斬ったんだった。

 まあ結局、彩夏には捕まって今こうして顧問教師としてこいつらガキんちょの活動を見守るに至ってるんだがな。


 あまりこの話を深掘りするとまたカメラを弁償しろとか言われそうだ。

 俺は瑠璃をしれっとスルーして、積極的に心春に話しかけまくって話題を変えた。




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