第35話 初めての部活動
「おお、中は思ったより広いじゃねぇか」
彩夏が去り、プレハブ小屋の前に取り残された俺たち三人は、とりあえず用意された部室に入ってみることにした。
ガラガラとスライド式のガラス扉を開けてみると、中は意外と広々としている。
まあ、室内にはテーブルや椅子など最低限の品々が置かれているだけだから、実際に使用するよりも広く見えているというのはあるだろうが。
「わあ! 中も結構キレイだね、瑠璃ちゃん!」
「そうね! これなら三ヶ月くらいなら過ごせそう!」
ガキんちょ共は互いにじゃれあいながら和気あいあいと部室探索を楽しんでいる。
ルリィも子供らしいところがあるじゃねぇか。
俺に対しては生意気な態度しかとらねぇから、えらいギャップだ。
しっかし、本当に最低限の備品以外は何もない部屋だ。
水場や冷蔵庫くらいあってくれてもいいと思うんだが、見た感じエアコンもなさそうな急ごしらえの部室じゃこんなもんなのかね……。
部室の真ん中に立って優しくない部屋作りの部室を見回していると、横から心春が意を決したような表情で話しかけてきた。
「あ、あの!」
「あ? なんだ」
「え、えと、私たちはあなたのことを何ていう風に呼んだらいいでしょうか? たしかお名前は
「そうだが、お前なんで知って……ああ、さっき学園長が呼んでたからか」
模擬戦が終了した直後、訓練場に現れた学園長が何度か俺の名前を呼んでいた。
文脈から心春は俺の名前を特定したんだろう。
これまで基本的に個人情報はひた隠しにしてきたが、まあ教師として赴任してきた以上ある程度の情報開示は必要か。
好むと好まざるとに関わらず、一定の情報はバレてしまうのは避けられない。
「ああ、そうだ。俺の名前は適当に呼んでいいぞ」
「じゃあクズ男って呼んでもいいの?」
「はい、それ禁止! 教師である俺に対して不敬な呼び名は許しません!!」
「でも、火室先生はそう呼んでたし」
「あいつは前からずっとそう呼んでたからな。俺は一度も許してないんだが、今さら言っても治らねぇから諦めてる。でもお前らは十五個も歳が離れてるガキんちょなのでクズ呼ばわりは許しませーん!!」
ルリィが眉をひそめながら何か言いたげな瞳で俺を見つめる。
ふっ、悪いな。
俺はお前の配信に沸き出る視聴者じゃねぇから、そんな蔑まれた表情で見られても何とも思わん。
それで喜ぶのはコメント欄だけだ。
俺とルリィの間の空気が悪くなっているのを振り払うように、心春がぱんっと手を叩いた。
「そ、それなら普通に葛入先生でいいんじゃないかな?」
「……仕方ないわね。それでいいわ」
心春の提案に、ルリィは渋々了承する。
ま、安直だがそれなら俺も問題はない。
今まで生きてきて先生呼ばわりされたのは初めてだが、中々悪くない気分だ。
鼻高々に先生呼びを堪能していると、心春が思い出したように声をあげる。
「あの、葛入先生って元『FIRST』……ですよね?」
「……なに?」
「あっ、もし気分を害してしまったらごめんなさい! でも、お姉ちゃんと仲が良さそうだし……それに普段キチンとしてるお姉ちゃんがあんなにはっきりとズバズバ言いたいことを言ってるのは見たことがなくて、きっと深い信頼関係があるんだろうなって……」
心春は尻すぼみになりながら自分の見解を述べていく。
やっぱり彩夏と親しすぎるとそういう疑いも出てくるか。
しかも俺はこいつら二人をまとめてコテンパンにしたからな。
実力も普通に特級レベル。
つまり俺は元『FIRST』である彩夏と親しく、『新世代』二人を相手に完勝するだけの実力を有した謎の男という立ち位置になる。
うん、これだけ要素が揃ってたら誰でも俺が『FIRST』メンバーだった説が脳裏によぎるよな。
俺は逡巡した後、観念したように長い息を吐く。
「……ま、ずっと隠してても仕方ねぇか。そうだぜ。俺は元『FIRST』だ」
俺が正直に答えると、心春より先にルリィが反応した。
「や、やっぱり――!」
「だが、このことは誰にも言うなよ。俺たちだけの秘密だ。分かったな」
「は、はい! わかりました!」
俺の口止め命令に心春は快くYESで返してくれたが、ルリィは驚嘆の顔のまま固まっている。
「おいルリィ。お前も分かったのか!」
「わ、分かってるわよ! だけど、その、『FIRST』時代のエピソードとか教えてよ。火室先生とかどんな活躍をしてたの!?」
「残念だが、こっから先はプライベートなことなんで。俺のことはもちろん、他の『FIRST』メンバーのことも勝手に俺の口からべらべらと喋るわけにはいかねぇなぁ」
「はあ!? ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃない!」
「ダメでーす! おら、そんなことよりもせっかくダンジョン配信部が今日から始動したんだから、とっとと活動を始めるぞ」
「ぶー……ケチっ!」
ほっぺを膨らまして口を尖らせるルリィだが、俺は無視を決め込む。
ガキんちょのあざとさごときで攻略できるほど俺はチョロい男ではないのだ。
心春が小首を傾げつつ、律儀に手を上げた。
「葛入先生。部活の活動って具体的に何をするんですか?」
「あん? そりゃまあダンジョン配信部っつってるぐらいなんだから、やっぱダンジョン配信だろ。迷宮学園から一番近いダンジョンってどこだ? まだ昼だからすぐ行って帰ってきたら夜には戻ってこれるだろ」
「え、迷宮学園の外のダンジョンに行くんですか?」
「……そのつもりだったが、違うのか?」
心春は困ったと言わんばかりに眉を八の字に曲げる。
え、そんな変なこと言った?
ダンジョンに行かなきゃダンジョン配信なんてできんだろ。
「えっと、迷宮学園の中には『人工ダンジョン』っていうものがあって、大体の生徒はそこでダンジョン探索の練習をしているんです」
「人工ダンジョン? なんだそりゃ」
「学園長さんが造られたダンジョンです。学園内にいくつかあるんですけど、それぞれ踏破レベルも設定されていて、しっかりとモンスターも出現しますよ。私たちは普段そこでリアルなダンジョン探索を擬似体験して色々な勉強をさせてもらっているんです」
なんだ、迷宮学園にはそんなモンまであるのか。
まさか学園内にダンジョンまであるとは、国内最高峰の設備とやらは伊達じゃないらしい。
だったらウチの部室ももっといいものを用意してくれよと抗議の声が出そうになるが、一旦忘れよう。
「ふむ。このまま部室でだべってても仕方ねぇか。よし、ならその人工ダンジョンとやらに案内しろ! そこでダンジョン配信部最初の活動を行うぞ!」
俺の決定に心春は「おー!」と拍手をしながら、ルリィはいかにも気乗りしないオーラを漂わせる。
三者三様の面持ちで、記念すべきダンジョン配信部初回の活動に向けて動き出した。
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