第34話 ダンジョン配信部なんて
長方形のプレハブ小屋。
まるで校舎の中にある部室をくりぬいてグラウンドの端に転移させたかのようだ。
周囲に広がる地面や、申し訳程度の樹木が生えている周辺環境とはあまりにミスマッチな場所に建設されている。
え、マジでこれが部室?
公衆便所かなんかじゃなくて?
「お、おいちょっと待て彩夏! ここがダンジョン配信部の部室だと!?」
「そうよ。学園長が昨日造ってくれたわ」
「いやいや、部室っていったら普通は校舎の中にあるもんじゃねぇのか! 校舎外に部室を構えるパターンがあったとしても、それ相応の設備やら施設やらが用意されてるはずだろ!?」
「そうね。他の部活はそうなっているわ。だけど如何せんダンジョン配信部は急ピッチで進められた部だからまだ準備が整っていないのよ。ていうか、そもそもダンジョン配信部の新設は来年を目処に計画していたんだから」
「ああ? なんだってそんな先の計画をこんな突然やることにしたんだよ」
「……突然アンタが現れたからに決まってるでしょ。昨日、私はダンジョン内に残っている吉良川さんに電話をかけてアンタと話をしたわよね。その時、私は迷宮省の対策本部にいたわ。昨日アンタも学園長と会った場所よ。東京第十ダンジョンの調査会議っていう名目で集まったんだけど、アンタが現れたせいで学園長が興奮しちゃってね。皆の制止も聞かずにその場で明日からダンジョン配信部の運営を開始することを決定して、その顧問教師にアンタを推薦したってわけよ」
「……おいおい、マジかよ。ダンジョン配信部ってそんな無計画な状態で作られたもんなの?」
「きちんと準備をして運営する前提の計画ではあったわよ。昨日その全てが崩壊しただけで」
彩夏は表情に暗い陰を落とした。
もしかしたらこいつも学園長の突然の計画変更で割りを食っているのかもしれない。
それにしたってもうちょっとマシな部屋用意できなかったのか?
迷宮学園はこんなに豪華な設備が整ってるんだから、急ごしらえとはいえどっかの空き部屋の一つくらいあっただろ。
つーか、迷宮学園は探索者育成機関として最高峰の環境が用意されてるとか言ってたなかった?
「おい、お前らもこんなんが部室でいいのか! 反抗したら新しい場所を用意してくれるかもしれんぞ!」
多数決で彩夏の意見を覆そうとガキんちょ共をけしかけるが、ルリィの反応は実に冷めていた。
「……瑠璃は別にここでもいいわ。見た目はみすぼらしいけど、最低限の清潔感はあるみたいだし」
「わ、私もちょっとびっくりしちゃったけど、皆と一緒ならここでも大丈夫です!」
「えー……なんでお前らそんな順応早いの……?」
ルリィはふっと鼻を鳴らす。
「元々、瑠璃はダンジョン配信部にずっといるつもりなんてないもの。ただの時間潰しでしかないわ」
「あ? どういう意味だ」
「言葉の通りよ。瑠璃はダンジョン配信部なんて興味ないもの。本当に入りたいのはダンジョン探索部なの」
「ダンジョン探索部だと?」
「この学園じゃ一番有名で、探索者として名のある生徒が大勢所属している部活よ。瑠璃は前からずっとそのダンジョン探索部の入部を希望していたんだけど、全然許可が降りなかったの」
許可が降りなかった?
事の真意が掴めずに彩夏に視線を向けると、短く息を吐いた。
「『新世代』の名簿に載っている生徒は学園内での活動の一部に制限がかけられているのよ。吉良川さんが言っている、入部制限もその一つ。部活ごとに一定の入部テストは定められているものの、そのテストに合格したら他の生徒は希望する好きな部活に所属することができるわ。だけど、『新世代』の一員である吉良川さんは例外。たとえ入部テストに合格したとしても、学園長の認可がないと希望する部活に入ることはできないのよ」
「なんでだよ。別に部活くらい好きなようにやらせてやればいいじゃねぇか」
「そういうわけにもいかないわ。アンタもさっき模擬戦で戦って分かったでしょう。『新世代』は全員が規格外なのよ。そんな異常値の生徒を一般の生徒と同じ環境で部活をさせたら必ず不和が生じる。部内の活動のレベルを『新世代』に合わせて引き上げれば一般生徒が着いてこれなくなるし、逆に一般生徒に合わせた活動じゃ今度は『新世代』にとってとても退屈に感じられる。それと、生徒同士の人間関係もこじれる可能性もあるしね」
「めんどくせぇこと考えてやがんだな。こんなケツの青いガキなんて好きに遊ばせてやりゃあいいのによ」
「あ、頭をぱしぱししないで!!」
ちょうどいい所に頭があったので、ルリィの頭をぽんぽんと叩くと、顔を真っ赤にして払い除けられた。
子供扱いされるのは嫌なようだ。
「生徒の自由にさせてあげたいっていうのは私も同じ気持ちだけど、学園の運営はそう単純なものじゃないのよ。『新世代』はまだ十歳の子供だけど、その身に宿す力はあまりに大きすぎるわ。それを適正に管理・制御するのも私たち教師の務めなのよ」
「ふーん、そういうもんっすか」
「ええ。だけど私たちも『新世代』の活動制限はできるだけ取り止めたいと思っているの。だから今回は学園長が条件つきで吉良川さんにダンジョン探索部への入部許可を出したのよ」
「その条件っつーのは?」
「“ダンジョン配信部に三ヶ月間在籍する”こと。それだけよ。もちろん、籍だけ置いて活動しないっていう幽霊部員はダメ。しっかり三ヶ月間ダンジョン配信部で活動を行えば、ダンジョン探索部の入部が許可されるわ。入部テストも免除でね」
「へぇ。そりゃあ随分と甘い条件だな」
「当たり前よ! そもそも、入部テストなんてやるだけ時間の無駄だもの。どうせ魔力測定か、踏破レベルCのダンジョン単独攻略とかでしょ。たまに先生との模擬戦もあるけど、正直特級レベルの人じゃないと瑠璃とは勝負にもならないし」
えらい自信家だが、実際ルリィのこの評価は正しい。
今のルリィの探索者階級は二級だが、さっき模擬戦で戦った感触は普通に一級レベルに到達していそうだった。
あとは戦闘スタイルや精神力さえ鍛えれば一級は余裕だろう。
特級も見えてくるかもしれん。
それらの点を鑑みれば、ルリィが一級レベルの教師相手に退屈な模擬戦を強いられることになるのも想像に難くない。
「ま、状況は分かった。つまりルリィは三ヶ月間辛抱してウチの部活に顔を出すだけだから、部室の環境とかどうでもいいってわけだ。その期間が終われば、さっさとダンジョン探索部とやらに移るつもりだと」
「そういうことよ。だからあなたとは三ヶ月間だけ我慢して部活を付き合ってあげるけど、それっきりだから。変に引き留めたりしても無駄だから、それだけ理解しておいて」
ルリィは刺々しい口ぶりで捲し立てたあと、話は終わりだと言わんばかりに俺から顔を背けた。
なるほど。
『新世代』筆頭と言われるルリィがどうして新設されたダンジョン配信部に入部することになっていたのか疑問だったが、そういうカラクリがあったってわけか。
「それじゃあ、私はこれで。まだ片付けなきゃいけない仕事があるから戻るわ。あとはアンタが活動内容を考えて生徒たちを指導しなさい。あと終業時には毎回報告書を提出する義務があるから、それも忘れるんじゃないわよ。――心春、吉良川さん、このクズに変なことをされそうになったら遠慮せずにすぐに私に連絡してね!」
それだけ言い残すと、彩夏はつかつかと足早に立ち去っていった。
相変わらず生真面目な社会人モード全開だ。
まさに仕事に人生懸けてるって感じ。
生きてて楽しいのかな?
……ま、とりあえず近い内にルリィがダンジョン配信部を去る予定だってことは分かった。
こいつとは短い付き合いになりそうだが、一応三ヶ月だけ適当に部活ごっこでもして遊ばせておくことにしよう。
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