第33話  案内された部室


 突如として現れた学園長が一言だけ言い残して足早に帰った後、俺たちは訓練場を抜けて、まだ授業中だからか人通りの少ない学園内を歩いて移動していた。

 何でも、もうすぐ彩夏が申請していた訓練場の貸し切り時間が過ぎるため、他の生徒たちが入ってきてしまうかららしい。

 訓練場の中で生徒たちとエンカウントすると彩夏と一緒にいる俺に注目が集まり、囲まれて面倒なことになるからという理由もある。

 まあ、ぶっちゃけここまで馬男として有名になっちまったら俺の存在が特定されるのも時間の問題だとは思ってるんだがな……。

 とはいえ、自ら顔バレしてやる必要はない。

 いずれ俺が特定されるとしても、特定までの期間を引き伸ばせるならできるだけ引き伸ばすに越したことはないだろう。


 そういった理由から俺たちは訓練場を後にした訳だが……一歩前を歩いて先導する彩夏に後ろから話しかける。


「それで、彩夏。俺ももう帰っていいんだよな? 久しぶりの雇われ労働で疲れたし、昼寝でもして英気を養うとするわ」

「バカなのアンタ? そんなこと許されるわけないでしょう」


 彩夏は呆れた目で俺を見ながら、ため息をついた。


「ああっ!? お前に言われた通り、こいつらの模擬戦の相手をしてやっただろうが。これで今日の仕事は完遂しただろ!」

「ふざけたこと言ってんじゃないわよ! アンタをホテルから連れ出した時間から計算しても、まだたった二時間しか経ってないじゃない! そんなんで仕事が終わりな訳ないでしょ!」

「……はあぁぁぁ。それじゃあ、これから何しろって言うんだよ。学園の雑用でもやれってか?」

「まだダンジョン配信部の部室に行っていないでしょう。だからそこに案内するのよ。ダンジョン配信部の顧問である人間が部室の場所も知らないなんてあり得ないわ」


 言いながらつかつかと歩みを進める彩夏に、今度は俺の隣にいたルリィが詰めよった。


「ち、ちょっと待ってください火室先生!? あの、この人が部活の顧問っていうのは……」

「吉良川さんには黙っていて申し訳なかったけど、昨日急遽きゅうきょこの男がダンジョン配信部の顧問教師として招聘されたのよ。だからあなたたちは今後、この男の下で部活動を行ってもらうわ」

「なっ、そ、そんなこと聞いてませんよ!? て、ていうか、この人が教師!!?」

「その点については同意するわ。こんなクズが教師なんて、世も末よね」


 おい、どういう意味だコラ。

 まあ俺も自分が教師に向いてるとは一ミリも思わねぇけどよ。


 けっ、と内心で愚痴りながら嫌々歩いていると、隣からじーっと視線を感じる。 

 一旦無視………………していたんだが、さっきからずっと見てくるのでさすがに反応せざるを得ない。


「……なに見てんだガキんちょ。俺の顔になんかついてるかよ」

「べ、別に! さっきはあなたが吐いたからビックリしちゃってあまり顔を見れてなかったけど、先生にしては若いのね」

「ま、彩夏と同い年だしな。おっさんの先公の方が好みだったか?」

「そういうわけじゃないけど……別になんでもないわよ!」


 ふんっ、と生意気にそっぽを向いた。

 よほど俺が顧問教師を務めることが嫌なようだな。

 ま、俺も生徒に好かれようなんて微塵も思っちゃいねぇし、どうでもいいんだが。

 ご機嫌ななめのルリィを心春が苦笑しながら落ち着かせている。


 俺はそんなガキんちょ二人に向けてダルさ全面に口を開く。


「つーかさぁ、お前らは俺が顧問でいいのか? 不満があるなら学園長に言っといてやるぞ?」


 ぶっちゃけ、そこも疑問の一つではある。

 はっきり言って、生徒からの俺の好感度は皆無に等しいだろう。

 特にルリィに至っては復讐のために模擬戦までセッティングされるくらいだから、こんな俺がダンジョン配信部の顧問なぞやったらグレて誰も来なくなるのではないだろうか。


 それにここで俺を否定してくれたら、あわよくば辞職する良い口実になる。

 生徒から強く拒絶されたので教師辞めます! って言えばもう一度ニート生活に戻れるかもしれねぇ!

 あ、もちろん祝い金の三百万は全額貰っていくけどな。


 そんなゲスい一抹の期待も込めての質問だったが、ルリィと心春は意外な反応を示した。


「……瑠璃はあなたでもいいわ。性格は最悪だけど、瑠璃よりも弱い探索者の先生よりはマシだし」

「わ、私も文句はありません。お姉ちゃんとも仲がいいみたいだし、私も安心感がありますし……!」

「心春。私とコイツは仲良くなんてないわ。変な勘違いはやめてちょうだい」

「え~? そうなのかなぁ?」


 心春の仲良し発言に、彩夏が即行で訂正した。

 そんなに俺と絡みがあるのが気にくわないのか。

 まあ、実際俺たちの性格は正反対だから仕方ないな。


 それよりも意外だったのはガキんちょ共だ。

 心春は今日初めてまともに絡んだからともかく、ルリィまで俺が顧問教師を務めることに肯定的だとは思わなかった。

 どうせまた生意気な口調で俺の解任でも要求してくるだろうと思っていたんだが……当てが外れたな。


「……はぁ。さいですか。いよいよ本気で教師業をやらなきゃならねぇのか」


 渋々ながら、腹を括るしかないようだ。

 今まで長年ニート生活をしてきたからこんなお堅い教師なんて職が務まるとは思えんけどな……。

 まあ、限界が来たならそれはその時だ。

 学園長に置き手紙でも残して失踪するとしよう。

 ただ、そんなことをして次に彩夏に見つかった時は冗談抜きで半殺しにされそうだから、もう絶対に誰とも遭遇することがないよう徹底した気構えが必要になるが。


 不意に、彩夏が立ち止まった。

 反射的に後続を歩く俺たちも歩みを止める。


「着いたわ。ここよ」


 いつの間にか訓練場があったエリアを抜けて、校舎がある学園の内部に入ってきていたようだ。

 しかし、俺たちがいるのは屋外。

 校舎の中ではない。

 周囲の景色から察するに、ここは学園の中でも校舎からかなり遠く、グラウンドの端っこに位置している。


 この近くに部室らしき建物なんか――一軒いっけんだけあった。

 彩夏の眼前に佇む一軒の建物を見て、俺たちは想像していた部室との乖離に唖然とする。


「は……? お、おい、ここは――」


 長方形の立方体。

 白を基調とした外壁。

 それは三、四人程度なら適度に広々と過ごしていけそうなくらいの面積しかない、あまりに急ごしらえ感満載の――――簡素なプレハブ小屋だった。




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