第31話  炎の鉄拳制裁


「アンッッタは何を考えてんのよこの酔っぱらいクズが!!」

「……すんません」


 地面に正座させられた俺は、仁王立ちで怒り心頭の彩夏を目の前に反省させられていた。

 頭の上には大きなタンコブができている。

 彩夏にどつかれてできたものだ。

 これが先輩教員から受けるパワハラってやつ?

 やっぱり日本の教育現場は終わっていたんだなぁ。


「……アンタ、全く反省していないでしょう。内心、私に対して悪態をついているわね」

「ソ、ソンナコトナイデスヨー」

「どうやらアンタにはまっだまだ教えることがありそうねぇ……! その冴えない顔が泣いて許しを乞うまで徹底的に社会人としての常識と人としてのモラルを叩き込んであげるわ!!」


 彩夏は背後に業火を滾らせながら指をボキボキと鳴らした。

 激怒している人間は体が燃えているような比喩表現をされることがあるが、今の彩夏は果たしてどっちなのだろうか。

 熱風が無遠慮に俺の肌を焼きながら吹き抜け、髪がばさばさと乱れる。

 めっちゃ熱い。

 うん、これ比喩じゃなくてマジもんの火炎が彩夏から漏れ出てるわ。

炎姫えんき』をガチギレさせたら本物の炎が顕現するらしい。


 ちなみに馬の被り物はゲロる前に自分で取っており、そのあと有無を言わさず彩夏の説教を受けるハメになったので、今の俺は素顔を晒した状態で正座を強制されている。

 しかし、顔バレの心配はない。

 俺のキラキラモザイクに叫んだ直後、彩夏がカメラに汚物が映らないよう瞬時に配信をブッチしたからだ。

 そのため、素顔を晒していても俺の顔がネットに流れることはない。

 まあ『新世代』二人には顔がバレちまったけどな。


「お、お姉ちゃん。この人もわざとやっちゃったわけじゃないんだし、もう許してあげようよ」

「ダメよ心春! こういう性根の腐ったクズには力づくで分からせないと、いつまでたっても学習せずに同じことを繰り返すわ!」

「そうだぞ彩夏! 心春の言う通りだ!」

「アンタは黙ってなさい!! ほら見なさい心春! この手のクズに慈悲をかけるとこうやってすぐに図に乗り出すのよ!」

「うぅ、で、でも、ずっと怒られてるのは可哀想だし……」


 彩夏はキッと俺に敵意剥き出しの睨みで凄んだ後、心春に対してクズに情をかけてはいけないことを諭し始めた。

 心春は俺と彩夏の顔を交互に見ながら、オロオロとまごついている。


「まあまあ、もういいじゃねぇか。俺のゲロももう跡形もなくなったんだし、問題は解決しただろ? いつまでもカリカリしてんなよ」

「一体誰がアンタのゲロの後始末をしてあげたと思ってるのよ! もっと反省して申し訳なさそうにしなさいよ!!」


 模擬戦を終えた直後、俺がマーライオンのごとく排出したキラキラモザイクは彩夏が念入りに地面ごと焼き払って処分してくれた。

 ありがたいことだ。

 俺が吐いた場所を見てみると、真っ白な壁面の一角がドス黒く丸焦げになっている。 

 グラウンドも同様に、赤黒く変色して焦土と化していた。

 まるでその一部分だけ大火事が発生したみたいだ。

 あれだけ熱処理すればゲロそのものが塵ひとつ残さず焼却されていることだろう。

 現に、焦げ臭い匂いは充満しているもののゲロ特有のあの酸っぱい嫌な匂いは全く感じない。

 俺のゲロは彩夏によって存在ごと焼き尽くされたようだ。


「いやぁ、モンスターとの戦闘以外でお前の火力が活きることがあるとはなぁ! 良かったじゃねぇか、新たな可能性が開けてよ! これを機に、探索者としても何か新しい道でも見えてくんじゃねぇのか?」

「私のスキルをあんな不潔でくだらないゲロものの焼却処理に使わせたこと後悔させてあげるわ!! 今日という今日は本っっ当に許さないんだから!!」


 彩夏の背後に燃える炎がさらに勢いを増す。

 やばい。

 今回はマジだ。

 このままじゃガチでぶっ殺される。


 般若のような顔でボキボキと指を鳴らしながら近づいてくる彩夏。

 全身に燃え盛る炎からパチパチと火炎の粒子が飛んでいる。


 ああ、万事休すか。

 俺の悪運もここまでのようだ。

 まさか昨日の焼肉が最後の晩餐になっちまうとはなぁ……。

 それも全部吐き戻したから、実質的に最後の晩餐すら食えてないんだけどね。


 火刑に処される直前の咎人のごとき諦めの境地に達していると、突如とつじょ訓練場の天井に膨大な魔力が立ち込めた。

 と同時、目算にして半径三メートルほどの魔法陣が空中に出現する。


「あれは……転送魔法陣か?」


 白い壁面から繋がるドーム状の人工的な上空を見上げながら呟く。

 魔法陣は魔力を帯びて回転し、輝きを増した。

 やがてその魔法陣の中央から、一人の人物が転送されてくる。


「――やあやあ、教師学生諸君。本日も修練に励んでいるかな?」


 姿を現したのは、ラフな格好の美魔女。

 現実主義が顔に染み付いたような笑顔。

 何より丸眼鏡の奥から覗く瞳には、常に胡乱の色が混ざっている。


「が、学園長!?」

「ええっ!!?」

「学園長さん!?」


 上空を振り返り、彩夏が叫んだ。

 ルリィと心春も、闖入者ちんにゅうしゃの正体がこの迷宮学園を主導する学園長であることに驚いている。


「ああ、そんなに畏まらなくていいんだよ。どうか普段と同じように、リラックスした態度で接してくれたまえ」


 この場の全員の注目を一身に浴びる学園長は、優雅に空中を舞い降りながらニコリと胡散臭い笑顔を浮かべた。



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