第32話 学園長の目的
突如顕現した転送魔法陣から現れた美魔女は、貼りつけたような笑みを浮かべながら地上に降り立つ。
とんっ、とつま先がグラウンドに着いた。
スキルではなく魔法でもって、重力を完全に操作している。
彼女こそが人類唯一の『魔法使い』であり、迷宮学園を束ねる『学園長』の肩書きも兼ねたかつての俺の同僚だ。
彩夏はいの一番に駆け出し、学園長に詰めよった。
「学園長! どうして突然こんな場所に!?」
「さっき火室さんが模擬戦の様子を生配信していただろう? 私も楽しく拝見していたんだが、いい所だったのに途中で配信が切れてしまってね。それに
学園長はくつくつと笑いながら歩みを進める。
そしたら今度は、横で控えていたルリィと心春が緊張した面持ちで一歩前へ出た。
「こ、こんにちは学園長!」
「こ、ここ、こんにちは!」
「やあ、こんにちは。
「は、はい! ありがとうございます!!」
「が、頑張ります!」
学園長からの激励を受け、ガキんちょ二人は目を輝かせながら感動している。
あいつ……この迷宮学園じゃそんなに敬われてんのか?
俺の目から見れば学園長こと
『FIRST』時代からどこか掴みどころがない奴だったし、今はかつての功績を買われて迷宮学園のトップに据えられているのだろうが、学園運営の裏で果たしてどれほどの知略や策謀、賄賂や根回しなどがあったことか……。
脳内で学園長がニタリと笑う。
うん、あんまり深入りすると怖いからこれ以上考えるのはよそう。
それよりも、今しがた学園長の口から気になる言葉が出た。
「おい、ちょっと待て。火室心春、だと……?」
「ん? ああ、そうだよ。彼女は『新世代』の一員であり、何を隠そうあの火室彩夏さんの妹さんだ。言ってなかったかな?」
「はぁぁああああ!? いやいやいや、んなこと聞いてねぇぞ!? お前も何で黙ってたんだよ!」
「……別にわざわざアンタに知らせる必要もないでしょ。どうせ時間がたてば分かることなんだし」
彩夏は腕を組みながらぷいっとそっぽを向いた。
どうやらまだ俺に対する怒りは発散されきっていないようで、まともに取り合う気はないらしい。
だが、思い返せば心春が模擬戦で奇襲攻撃を仕掛けてきた時も炎系の攻撃スキルだったな。
炎系のスキルだからてっきりまた彩夏の横槍かと思ったが、魔力の質感が違うから一瞬混乱した記憶がある。
そうか……彩夏の妹だから血を受け継いで心春も炎系統のスキルが強化されているのかもしれんな。
学園長は俺たち全員を眺めた後、身体を半回転させてグラウンド全体を見渡した。
グラウンドの一部は割れ、陥没し、壁面にも大小様々な損傷が見てとれる。
この大半は俺とルリィとの戦闘時に発生したものだが。
「ふむ。配信から模擬戦の様子を見ていたとはいえ、やはり現場に来てみると戦闘の激しさが見てとれるね。この訓練場がここまで破壊されるのは中々ない」
「ま、たしかに頑丈な造りだとは思ったが。どうせ魔力で強化してるんだろ」
「そうだね。この訓練場には施設全体に漏れなく私の魔力が流れ込んでいるが、それだけではなく防御魔法も施してあるんだよ。どちらかと言うと、施設に流れている魔力は防御魔法が魔力切れで機能停止しないようにするためのストックの役割の方が大きいかな。だからそもそもこの施設に傷をつけることさえ常人には厳しいんだが……こうも破壊されてしまうとは。こうなると、以前のような防御性能を維持することは難しいだろう。これは一体どれくらいの損害が出るのやら……」
チラリと何か言いたげな瞳で俺を流し見る。
……ちょっと待て。
こいつまさか俺にこの訓練場の損害を補償しろとか言うんじゃねぇだろうな!?
「はあ!? 俺は弁償なんかしねぇからな! そもそもこの模擬戦自体、俺は乗り気じゃなかったんだ! それを彩夏に無理やり連れてこられて渋々ガキんちょ共の相手をしてやっただけだ! 弁償を要求するなら本件の黒幕である彩夏に請求しろ!!」
彩夏を糾弾するように指をつきつけ、真犯人を暴露する。
俺の反応を見た学園長は、吹き出すように笑った。
「ははは、冗談だよ。この程度の損害で弁償だなんてケチなことは言わないさ。というより、そもそも最初から金銭的な被害など受けていないのだから」
学園長は魔力を漲らせ、杖を具現化させる。
長大な杖だ。
所有者の身の丈よりも僅かに長く、木材をベースにしていながら先端に取り付けられた虹色の鉱石がサイケデリックに光っている。
「なぜなら……どれだけ破壊されたとしても、私が直してしまえばお金はかからないだろう?」
ざんっ、と杖を地面に刺した。
その瞬間、学園長の魔力が迸る。
「修復魔法――リペアフィールド」
俺たちを起点として、グラウンド全体に巨大な魔法陣が出現した。
青緑色に光るその魔法陣全体から光の粒子が上空に舞い上がっていき、その粒子に触れた箇所から損傷が元通りに治っていく。
グラウンドも、壁面も、果てには天井まで、蛍の大群のような光の集合体は訓練場内部に充満していた。
「ふむ、こんなものかな」
学園長は魔力の放出を止め、杖を地面から引き抜いた。
同時に魔法陣が消失し、空中に舞った光の粒子も儚く霧散していく。
最後に残ったのは、新品同然にピカピカに光る訓練場だった。
先ほどまであった生々しい戦闘の傷跡など微塵もない。
これが『魔法』の力というやつか。
「さすがだな。これが『魔法使い』の実力ってか」
「ふっ、これくらい訳ないさ。ああ、それよりも葛入君」
学園長は魔力を切って杖を消失させ、つかつかと俺の元まで歩いてくる。
そして俺の目の前までやって来ると身を屈めて、地べたに座っている俺の耳元に顔を近づけてきた。
「今夜九時に学園長室に来たまえ。そこで大事な話をしたい」
「……なんだと?」
吐息混じりの小声。
その内容を俺が聞き返すと同時、学園長はくるりと後ろを向いて彩夏、ルリィ、心春に和やかに手を振った。
「それでは私はそろそろお暇するとしよう。あまり長居すると君たちの邪魔になってしまうからね。今後も迷宮学園での活躍を期待しているよ。――それでは」
言い終えると、学園長の足元に小さな転送魔法陣が現れ、魔力の粒子と共にこの場から消失した。
学園長が姿を消したことで、しん、と場が静まる。
あの腹黒女……俺を呼びつけるのがこの訓練場に来た目的だったな?
彩夏の配信が切れたから様子を見に来たとか言っていたが、恐らく配信が繋がったままでも適当な言い訳を用意してこの場に現れただろう。
「今夜九時に学園長室、か」
大事な話とやらが何なのか気になるが……まあ行けば分かることだ。
いま考えても仕方がない。
俺は思考を切り替えて、この後のスケジュールについて考えることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます