第30話  二戦目開始?


「クソ面倒くせぇが……仕方ねぇな。おら、やりたいならこいよ。相手してやる。だが、そこの壁で腰を抜かしてるお友達と同じように『新世代』のプライドを完膚なきまでに粉砕してやるからな。その覚悟ができたってんならかかってこい」


 面倒くさいという気持ちを隠すつもりもないので、心の底からダルさを表現した口調で話す。

 せっかくルリィをぶっ飛ばしてわからせ完了したっていうのに、今度は別のガキんちょが沸いて出やがったからな。

 ようやく今日の仕事は終わりかと思っていたところでこれじゃあ、ぬか喜びもいいとこだ。

 やる気もなくなって当然だろう。

 まあ、最初からやる気なんてなかったけど。


 できればさっさと終わらせたいんだが、こいつも一応は『新世代』メンバーらしい。

 とはいえ、『新世代』の中でもとりわけ別格というわけでもなさそうだし、ダンジョン配信者としても無名だろう。

 少なくとも俺は心春をネットで見た記憶がない。


 それらの点を考慮すれば、『新世代』筆頭であるルリィと比べて多分弱い。

 それならさっきよりも楽に勝負を終えられるかもしれん。

 さすがにあいつは『新世代』筆頭と呼ばれているだけあってガチ戦闘になったらそれなりに手強かったからな。

 つーか、ぶっちゃけもうルリィと同レベルの人間と模擬戦するのはしんどいので勘弁してほしい。

 相手を怪我させないように倒すっていうのは思ったより神経を使うってことをさっきの模擬戦で実感したぜ……。


 一応、魔力感知はフル稼働させている。

 さらにさっき心春に切り裂かれた馬の被り物の左側にできた焦げた裂傷から、外の世界も目に入った。

 表面に砂が散らばる固い地面と、訓練場の真っ白な壁面が視界を二色の世界に分断している。

 これならば肉眼と魔力感知の両軸で外界の情報を得ることができるので、さっきよりも認識能力が上がるだろう。


 いつ攻撃を仕掛けてくるのかと待っているが、まだ心春こはるに動きはない。


「おら、どうした? 先手は譲ってやるから、お前の全力を見せてみろよ」


 肩で遊ばせていた黒刀をぶんっ、と回し、切っ先を心春に突きつける。

 そのままクイクイっと挑発するように刀を揺さぶった。


 変に長期戦になるのは止めてほしい。

 時間をかけようがかけまいが勝敗はもう決まってるし、あと二日酔いの吐き気がぶり返してきていることもある。

 さっきから口内にいやな唾がじんわりと出てきていて、つい先月も居酒屋の路地で吐き戻した記憶が蘇ってくる。

 あの時は一緒に呑んでた同居人が介抱してくれたんだったか……やっぱ酒の飲み過ぎは良くねぇな。


「…………」


 動きがなかった心春が、おもむろに両手を上げていく。


 お、やっと攻撃モーションに移ったか。

 ルリィ戦の時と同じく心春というガキんちょが有しているスキルや祝福ギフトについては何の予備知識もないが、そこはアドリブで対応だ。

 戦いながら相手の手の内を分析していけばいい。


 心春は手のひらを見せながら両手を顔の横まで上げて、目をぎゅっと瞑りながら出し慣れていない大声で答えた。


「こ、降参します!!」

「…………は?」


 想定外の発言に耳を疑う。

 今なんつった?


「も、もともと私は最初の攻撃に全てを懸けていましたから。まともに正面から戦ったって、どうやっても馬男さんに勝てるイメージがわかなかったので。もし私に勝機があるとしたら、一撃必殺系の技しかないかなぁ、って……」

「……そうか。まあ、お前がいいなら俺としては何も問題ない。むしろ早く決着がついて助かるぜ」

「はい! とても貴重な経験になりました! 模擬戦のお相手をしていただき、ありがとうございました!!」


心春は礼儀正しくお辞儀をして感謝の言葉を述べる。


 ……まさかこのタイミングで降参するとはな。

 予想外だが嬉しい誤算だ。

 余計な戦闘を行わずに決着がつくならそれに越したことはない。


 ビーーーー!! と天井からブザーが鳴り響く。

 訓練場の二階席で、彩夏が立ち上がった。


「両者そこまで! これをもって模擬戦を終了します!」


 模擬戦終了を告げると共に、彩夏は二階席から飛び降りる。

 スキルを使用して華麗に着地、模擬戦を行っていた訓練場の中央付近まで歩いてきた。


「吉良川さん、心春、二人ともお疲れさま。この馬のクズ男を相手によくここまで戦ったわね」

「あ、ありがとうございます……」

「あはは、私なんかじゃまだまだだよ」


 彩夏の労いの言葉に、集まってきたルリィと心春が答えた。

 ルリィはどこかバツが悪そうに、心春はやりきったような清々しい笑顔をしている。

 あれ、俺への労いはなし?


「アンタも腕が鈍っていないようで安心したわ。もしかしたら『新世代』二人相手は厳しいかとも思ったけど、無傷で相手取るとはね」

「アホ抜かせ。こんなガキんちょ共に遅れを取るほど落ちぶれちゃいねぇよ」


『新世代』というだけあってそこらの探索者と比べたら圧倒的なまでの実力を有していたが、所詮はガキんちょだ。

 スキルがいくら強力でも、それを扱う人間が未熟じゃどうにもならん。

 だが、良い攻撃もいくつかあった。

 中でも今日一番のファインプレーは心春の奇襲攻撃だろう。

 あれは少し肝を冷やしたが、まあどうにか対処できる範疇の攻撃だった。

 むしろ俺にとっちゃ体調不良の方がよほど大敵だったぜ。

 頭痛や気だるさを我慢して戦ったんだからもっと褒めそやしてしかるべきだと思うんだが………………あ、やばい。

 体内から食道にかけてせり上がってくる、猛烈な違和感。


「お、おい彩夏……ちょっと後始末をたのむわ」

「は? アンタなにを言って――」


 話の途中だが困惑気味の彩夏を引き剥がし、口元を押さえて訓練場の壁にダッシュで駆け寄る。

 あの場で事を済ませなかったのは、せめてもの配慮だ。


 白い壁際までたどり着く。

 同時に、馬の被り物を荒々しく剥ぎ取った。

 ダンッ! と俺は壁に片手をつき、体内の不快感を奥底から押し流すようにキラキラのモザイクの滝を排出した。


「うぷっ、おろろろろろろろろろろろろろ~~~~~……!!!」


 キラキラキラ~と地面に広がる虹色のモザイク(隠語)。


 遅れて“それ”が何なのか理解したのか、後ろから女性陣のかしましい絶叫が響きわたった。



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