第29話  もう一人の『新世代』


 影打に備わる異能の応用技の一つ、『紫閃しせん』を駆使してルリィの撃破に成功し、両者の模擬戦は俺の勝利で終わった。

 彩夏と同じ元『FIRST』である俺と戦っているんだから、最初からルリィが勝つことなどほぼ不可能だったんだけどな。

 

 二日酔いで体調最悪な状態なのに頑張って戦った自分を褒めてあげたい。

 過度に動いたからか、吐き気の波も戻ってきてヤバいので一休みでもしようかと気を抜いた、瞬間。


「――炎擲槍フレアジャベリン


 不意に出現したのは、ルリィとは別のガキんちょの声。

 そして明確なる殺意。


 ――俺の真横。

 ――狙いは俺の首筋。

 ――熱を感知。

 ――尖鋭な突起物。

 ――炎系統の攻撃スキル。

 ――初めて観測する魔力の質感。

 ――彩夏の攻撃ではない。

 ――影打を手にしている位置から、刀で防御、または弾き返すのは不可能。


 瞬時に直感が数多の情報を伝達する。


 全くの意識の外から、どこからともなく現れた致死の一撃は、狙いあやまつことなく俺の首筋を穿うがたんと急襲を仕掛けてきた。

 俺は全力で重心を真後ろに倒す。

 回避した後の着地を考えている暇はない。

 とにかくこの一撃を緊急回避することに心血を注ぐ。


「ぐ、ッッ――――!」


 俺の頬を何らかの射出された武器が掠める。

 回避には成功した。

 魔力感知と少しの肉眼を使い、この攻撃を分析する。

 炎をまとったナイフくらいの大きさの投擲武器か?

 しかし先端はアイスピックのように鋭利に尖っており、形状はナイフというよりも槍、もっと言えば小さな針を巨大化させたようだった。


 その槍は俺の魔力の防壁も一部貫通し、顔面のすぐ横を掠めていく。

 同時に、ビリィッっと馬の被り物が破けた。

 ちょうど、馬の長い鼻先からくりくりのまん丸お目目の真下を一直線に炎の槍が切り裂き、焦がしていく。

 そのせいで、俺の左側のほっぺが外部に露出した。

 だが、破かれた範囲は狭いのでこれくらいなら顔がバレることはないだろう。


「クッソ……! 一体誰が――」

炎擲槍フレアジャベリン


 二撃目。

 別方向。

 俺から見て三時の方角。

 同様の炎の槍による射出攻撃。

 今度もいまと全く同じ、俺の顔面ど真ん中を的としてぶちこんできやがる。


 今回の攻撃も普段より反応が遅れた。

 まるで俺の思考を見透かしたような連撃。

 実際、現状は後手に回っている状態だ。

 だが、問題はない。

 この距離なら影打が間に合う。


 俺は肉体全体にドンッ! と重めの魔力を撃ち込み、瞬間的に底上げされた身体能力を駆使して、襲来する槍を黒刀で両断した。

 槍の耐久性はさほど高くはなく、スパッと半分に斬り捨てる。

 それと同時に俺は後方に大きく跳躍し、ルリィを撃破した壁際から訓練場の中央まで戻ってきた。

 同時に、ようやく事の犯人を目撃する。


「……そういやぁ、あの生意気なガキんちょの相手をしてたから忘れてたぜ。模擬戦の相手はいるんだったよなァ!」


 俺との距離はおよそ二十メートルほど。

 訓練場の中央からやや左、ルリィがへたりこんでいる壁際に近い場所で、一人の少女が俺を見つめていた。


「…………」


 たしか、心春こはるとか呼ばれてたガキんちょだ。

 ルリィと同い年で、さらに同じ『新世代』に名を連ねている。

 黒髪清楚系だが、インナーカラーの赤髪がコントラストになってカッコ可愛いといったヘアスタイルになっている。


「つーか、あいつはどっから現れたんだ? パッと見じゃ魔力感知に鮮明な反応はなかったが……」


 一瞬、俺の魔力感知がバグったか? とも思ったが、これは違う。

 俺の魔力感知は問題ない。

 このような現象は『FIRST』時代に何度か経験している。


 心春という少女を魔力感知を用いて眺めた。

 一度認識してしまえば、やはり心春からも微弱な魔力が漏れていることが分かる。

 だが、それはそこに存在していることを理解した上で注意深く見ることでようやく魔力反応を知覚できる程度の漏れだ。

『新世代』は伊達じゃないってことか?

 ルリィとは全く異なるスキル。

 心春の能力の詳細は知らねぇが、さっきの攻撃だけでも隠密行動のスキルの高さがうかがえる。

 ゆえに魔力感知を頼りにしていると反応が遅れるのだ。

 ではなぜ、魔力感知が正常に認識できないのかと言えば……。


「チッ、あのガキんちょのせいか……!」


 ルリィが持てる力を全て投じて放った全身全霊の固有能力オリジナルスキル、『流星の輝きシューティングスター』。

 あいつがその固有能力オリジナルスキルを駆使してふざけた量の魔力を撒き散らしながらこの訓練場全体を飛び回ったもんだから、今この場は濃密な魔力の霧がかかったような状態になっている。

 視覚化するほど濃い魔力ではないだろうが、魔力感知を行っている人間の認識情報を容易に歪める程度には蔓延しているのは間違いない。


 例えるなら、サーモグラフィーを装着した状態で周囲が火事になったようなものだ。

 平常時なら熱感知を用いて標的となる獲物の位置を肉眼を用いるより正確に捉えることができるが、自分の周りが全て高熱状態になってしまえばもはやサーモグラフィなど無用の長物だろう。

 むしろ強力な足枷にしかならない。

 その場から逃げるためには、サーモグラフィを外して視覚に頼った方が生存率は上がるはずだ。


「それだけじゃねぇ。心春とかっていうガキんちょも魔力制御が上手いな。ルリィと戦った直後だから余計にそう思うのかもしれねぇが、通常時でもほとんど体外に魔力を漏らしていないだろう」


 第二のガキんちょは集中状態だった意識をすっと脱力させていくように、身体から緊張が抜けていく。

 さっき俺に攻撃を仕掛けてきた時よりもオーラが柔らかくなった。


「心春、っていったか? やるじゃねぇか。ルリィと連戦状態だったとはいえ、『新世代』筆頭様にもできなかった俺への一撃を見事食らわせることができたんだからな」


 外気に触れてすーすーする左側のほっぺ。

 初撃の『炎擲槍フレアジャベリン』とかいう槍によって引き裂かれた直線上のお馬さんの傷跡から外界の景色が見えている。


 心春はあわあわと両手を振りながら、言い訳をするように苦笑いを浮かべた。


「あ、えと、瑠璃ちゃんとの模擬戦が終わったみたいなので、私も参加した方がいいかな、って……」


 ……なんだ?

 さっきと比べてえらく雰囲気が変わったな。

 ま、んなことはどうでもいいか。

 どっちみちこいつもルリィと同じように真っ正面から戦って、『新世代』メンバーという慢心を根本からボッキリ折らねぇと終わらねぇんだろ?


「クソ面倒くせぇが……仕方ねぇな。おら、やりたいならこいよ。相手してやる。だが、そこの壁で腰を抜かしてるお友達と同じように『新世代』のプライドを完膚なきまでに粉砕してやるからな。その覚悟ができたってんならかかってこい」


 黒刀を肩で担ぎながらダルさを全面に押し出して宣言する。


 心春は無言のまま、俺の馬顔を見つめていた。




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