第28話  反抗心ごと斬り伏せる


 訓練場を埋め尽くす魔力の奔流。

 それらは全て、ルリィの『流星の輝きシューティングスター』によってもたらされたものだ。


 これだけ濃密な魔力に包まれた空間に身を投じると、嫌が応でも『FIRST』で活動していた頃を思い出す。

 死線を何度も経験し、仲間と助け合い、時にはその仲間すら失って、それでも救いきれない命が目の前で無惨に散っていったあの頃――ダンジョン黎明期。


 地球上に同時多発的にダンジョンと呼ばれる地底空間に続く洞穴が出現し、人類史を一変させる歴史の転換期パラダイムシフトとなった動乱の日々。

 世界中を飛び回り、各地の『災厄級』と称される絶望的な攻略難度を誇るダンジョンを片っ端から踏破し、潰して回った。

 そこでダンジョンの最下層で待ち構えていたラスボスのようなモンスター共。

 そいつらと戦う時も、このような閉鎖空間に転送されて、文字通り命がけの戦闘を繰り広げていた。


 この状況、俺の心が微かにざわめく。

 だが、いま相手にしているのは凶悪なモンスターではない。

 自らの身に余るスキルを宿してしまった、一人の吉良川瑠璃きらがわるりという少女だ。

 だから今は敵を屠るためではなく、頑固で意固地で分からず屋な面倒くせぇガキを黙らせるため、かつての力の一部を解放しよう。


影打かげうち・染刀解放――――」


 黒刀の波紋に紫紺の煌めき。

 それはやがてバリバリと雷光のごとき紫電へと変容し、刀の周囲で弾ける。

 準備は整った。

 俺は即座に居合いの構えに移る。

 鞘はない。

 身を屈め、帯刀し、生身の刀身の切っ先を自らの背後に突きつける。


「――――紫閃しせん


 全身に魔力を撃ち込み、身体能力を刹那、爆発的に上昇させる。

 その状態で放つ居合い斬り。

 鞘を用いぬ抜刀術を繰り出し、眼前に現れたルリィに向けて刀を振るう。


「へっ、ちょ――――!?」


 ルリィは整った顔を驚愕の表情に塗り替える。

 しかし、もはやどうすることもできない。

 あのガキんちょが避けるつもりだろうが剣で受けるつもりだろうが関係ない。

 なぜなら、人間がそのような次の動作に移るために必要な時間よりも、紫閃しせんが命中する方が速い。

 音を置き去りにする超速の一刀は、ルリィもろとも反対側の訓練場の壁まで破壊した。


 ――――ドゴォォアアアアアアアン!!!


 まるで大砲が直撃したかのような轟音が訓練場に震撼した。

 視界を覆う砂煙がぶわっと舞い上がり、徐々に空間に霧散する。

 それによりおぼろけながら、俺とルリィ、そして影打の輪郭が浮かび上がってくる。


「勝負アリ、だな」


 砂煙が晴れて現れた光景は、目を見開き、呼吸を忘れているルリィの姿だった。

 まさに蛇に睨まれた蛙のように全身が硬直している。

 まあ、無理もない。

 何せルリィの顔の真横には黒と紫紺のコントラストが光る波紋が、スゥと伸びていた。

 有り体に言えば、ルリィの数センチ隣に影打が突き刺さっていたのだ。

 刀があと十センチ左にずれていれば、吉良川瑠璃きらがわるりという少女の短い人生はここで幕を閉じている。

 死を幻視するには十分な一刀だろう。


「さっきのお返しだぜ。無理やり壁にめり込まされる気分はどうだ?」

「さ、さいあく……」

「だろ? 分かったら冗談でも特級探索者以外の人間に固有能力オリジナルスキルを使うんじゃねぇぞ。てか、当分の間その攻撃は使うな。お前にはまだ早すぎる力だ。下手すりゃ、肉体が取り返しがつかないレベルでぶっ壊れるぞ」

「わかってる、わよ」


 言いながら、壁に突き刺さった黒刀を引き抜く。

 紫紺に輝いていた波紋から徐々に色が抜けていき、やがて元通り真っ黒になった刀身を降ろした。

 それによってようやくまだ生きていることを肉体が理解し始めたのか、硬直していたルリィの体が徐々に柔らかくなっていく。

 遅れて、影打が通った空間に深い紫色の稲光が名残惜しそうにバチバチッと弾ける。


「な、なんなの今のは……もしかして、あなたのユニークスキル?」

「この影打はユニークスキルだが、今の紫閃しせんは影打が備えている異能の応用だ。これ自体が独立した一つのユニークスキルってわけじゃねぇ」

「そう、なんだ……」


 ルリィは腰が抜けたようにその場で女の子座りをしてへたりこんだ。

 一応、身体に問題がないかざっと確認する。

 勢い良く激突したせいで背面の壁は大きく凹んで損傷しているが、ルリィの身体に傷はなさそうだった。

 魔力感知でてみれば、まだ少女の細い肉体の周囲には十分な量の魔力が投入された防御結界が展開されている。

 最初よりは防御結界に回されている魔力量が減っているが、これだけあれば大抵の攻撃は効かないだろう。


「出力は全然出てないし、俺も攻撃の位置を調整したとはいえ、身体の周りに張った防御結界が破壊されないとはさすがだな。感心したぞ」

「……いいえ、そんなことないわ。防御結界を多重発動して重ねがけしていたから防げただけ。一番外側に展開していた防御結界は、たぶん三枚分くらい破壊されてるし」


 刀をあてる訳にはいかねぇから顔面ギリギリを狙ったとはいえ、破壊できた防御スキルは三枚か。

 相変わらず固い防御だ。

 てかこいつ、一体何枚の防御結界を重ねてたんだ?

 口振りからして五枚以上は同時展開していそうだが、それを十歳という年齢で実現できている時点で天賦の才を感じる。


「たとえ表面の防御結界が破壊されていたとしても、お前の体は守られてるじゃねぇか。それなら防御結界としての役割は全うしてる。壁に激突しても大したダメージは食らってねぇだろ?」

「それは、そうだけど……」

「なら上出来だ。つーか、その点で言ったら俺の方がダメージがデカいわ。背中と後頭部にまだ鈍痛があるし」

「防御スキルを使えば良かったじゃない。ていうか、結局あなたその刀しかスキルを使わなかったわよね。それは何の意図があったの? 瑠璃くらいならスキルを使うまでもないってこと?」


 ……何とも答えるのが難しい質問だ。


 回答の表現が難しいわけではない。

 今の質問にはYESかNOのどちらかで答えることはできる。

 ただ、それは俺の弱点に直結する情報でもあるので、生配信中の今の状態で正直に回答するのはリスクヘッジの観点から避けた方が無難だろう。


 俺は馬の被り物の下で視線を彷徨さまよわせてから、口を開く。


「……まあ、そんなとこだ。お前を封殺するくらいならこの影打が一本あれば十分だからな」

「……そっか。そうよね。ここまで徹底的にやられちゃったら、何も言えない。瑠璃もあなたを認めるわ。生意気なこと言っちゃって、ごめんなさい」

「フハハハ! 分かればよろしい! 今回の模擬戦を教訓として、二度と俺に歯向かおうなどと考えるんじゃねぇぞ! 相手すんのダルいからな!!」

「……火室先生が言ってた通り、優れてるのは戦闘能力だけなのね。しかも馬の被り物のせいで余計にむかつく」


 ディスられてる気がするが、これでようやく面倒なガキんちょを大人しく黙らせることができたので良しとしよう。

 今は皮肉や悪態の一つや二つどうでもいい。

 俺は二日酔いで疲れているのだ。

 しかも激しく動いたせいでまた吐き気の波が来てるし……うぷっ、何とか耐えねば。


 これが終わったら帰って昼寝でもして療養でもしないとな。

 そう思って気を抜いた、その瞬間。


「――――炎擲槍フレアジャベリン


 どこからともなく発せられた、芯の通った幼い声が鼓膜を震わせた。



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