第27話  授けられてしまったのは


 訓練場内を自由に飛び回り、俺を撹乱するルリィ。

 実際、大したもんだと思う。

 肉眼では全く追えないし、魔力感知を使えば動き自体は捉えられるものの、やはりコンマ何秒かのラグがある。

 そのラグは時間にしてまばたきくらいの瞬間的なものかもしれないが、この刹那は俺に致命傷を与え得る脅威だ。

 全く軽視できる状況ではない。


「……とはいえ、まだ不完全だな。こうして見てみると色々と粗が目立つ」


 二、三十メートルほどある訓練場の天井。

 その天井付近から煌めく軌跡が一直線に俺に向かってくる。

 俺は顔を一切動かさず、ただ刀を横に傾けて頭上に振り上げた。

 直後、その刀に吸い込まれるように、ルリィの強烈なロングソードの一撃が襲来する。

 ガキィン! と、黒刀とロングソードが火花を散らした。

 

「――なっ、読まれた!?」

「さあ、どうだろうな」


 ルリィは魔力を輝かせながら退避。

 キラキラとしたエフェクトが残滓となって空間を漂う。

 魔力の残り香を可視化したように煌めきの鱗粉を撒き散らしながら、ルリィは訓練場内をひとしきり飛び回った後、再び攻撃をしかけてくる。

 が、俺は腕だけを動かして再びロングソードを防いで見せた。


「っ! ど、どうして固有能力オリジナルスキルを解放しても対応できるの!?」

「うーん、ま、何となく?」

「スピードスターよりも速いはずなのに……!!」


 ルリィの言うとおり、確かにさっき見たユニークスキルよりも段違いに速い。

 スピードスターの発動時は魔力感知に集中すればリアルタイムで動向を捕捉することができたが、この固有能力オリジナルスキルではそれが完全にはできない。

 大半の人間はルリィの後手に回った戦いを強制されることになるだろう。

 しかし俺は三六〇度あらゆる角度からとんでくる立体的な攻撃を全て黒刀で弾き返し、甲高い剣戟音を奏で続ける。


 どうやったらこんな真似ができるのか、ガキんちょは困惑していた。

 まあ、気持ちは分からんでもない。

 基本的にこういう類いの捕捉が難しい攻撃は、自分の周囲に堅牢な防御結界でも展開して全方位の守りを固めつつ、相手の隙を突いてこちらからカウンターをしかけるというのが一番理に叶った戦法だろう。

 しかし俺は魔力の壁で最低限の防御をしているだけで、防御系統のスキルは発動していない。


 その一方でルリィの動きを目で捉えているわけでもないし、魔力感知で認識しているという表現も正確ではないだろう。

 魔力感知はフル稼働しているものの、一秒未満のリアルタイムで動きを捉えることができない。

 それほどまでにルリィの動きが速すぎる。

 ゆえに魔力感知のみであいつの動きを認識していると、気付いた瞬間にロングソードが自分の身体を貫いている、なんて事態になりかねん。

 だが、それでもルリィの動きを読むことはできる。


「なるほど、これが『新世代』筆頭の本領か。素晴らしい戦闘能力だな」 

「それは、どうも! できれば、瑠璃の、攻撃も、食らってくれたら、嬉しいんだけど、ね!!」

「ハッハッハ、それは無理だな。一番可能性があったのは初撃だった。あの最初の一撃で俺を沈められなかった時点で、お前に勝ちはない。だが、逆に言えばそれだけお前の固有能力オリジナルスキルは驚異的な性能が備わっているってことだ」


 日本に探索者登録をしている人間は数万人ほどいるようだが、その中でも『固有能力オリジナルスキル』が発現している人間は百人にも満たない。

 下手すりゃ五十人前後くらいかもしれん。

 つーか、具体的に俺が知ってんのは元『FIRST』メンバーだけだ。

 さすがに“最強の寄せ集め”と称された『FIRST』というだけあって、この組織のメンバーは全員が固有能力オリジナルスキルを有している。

 世界各国のメンバーと面識があるわけではないが、少なくとも日本メンバーは全員と会ったことがあるし、その時は皆それぞれの固有能力オリジナルスキルが発現していた。

 固有能力オリジナルスキルが発現しているという一点においては、このガキんちょは十年前の『FIRST』加入の条件を満たしているわけだ。


「惜しむらくは、やっぱお前の歳だろうな。十歳じゃ色々と若すぎる。さっきは精神的な面を言ったが、今回は肉体的にも不味いな。だから読みやすくもあるんだが」

「な、なによそれ!」


 ルリィの固有能力オリジナルスキルには、致命的な弱点がある。

 この弱点はスキルの性能という意味ではなく、使用者本人に起因するものだ。


 変わらず目にも止まらぬ速度で剣戟を繰り広げながら、俺は淡々と己の推察を口にした。


「お前、固有能力オリジナルスキルを発動した状態で同時に新たなスキルを使うことができねぇだろ」

「――っ!」

「上位スキルのロングソードとやらは相変わらず所持しているし、防御スキルも変わらず身体の周囲に張ってあるから、固有能力オリジナルスキルの使用前に発動していたスキルは使えるっぽいな。だが新しいスキルをゼロから発動することができない」


 若干、攻撃の手が緩んだ。

 言い当てられて動揺したか?


「理由も当ててやろうか。単純に、頭がパンクしそうなんだろ?」

「……」

「ま、当然だがな。時速何百キロって速度で常に移動し続けてんだ。固有能力オリジナルスキルの発動中は自分の体と、この訓練場という閉鎖空間、そして標的である俺の位置なんかの情報を同時に処理する必要がある。それだけでも超集中状態にならなきゃ認識不能だっていうのに、そこに新たに魔力を消費してスキル発動まで行う余力なんてあるわけない」

「くっ……!」

「最初はあまりの初速に驚いたが、こうしてしばらく戦ってみれば色々と見えてくるもんがある。例えば、さっきからお前は直線的な移動しかしてねぇ。それも脳の処理限界が理由だろ。直線運動とカーブの軌道を織り混ぜるよりも、直線的な動作だけに限定した方が情報処理をしやすいからな。空中で変にカーブなんかして、訓練場の天井なんかに突っ込んで自滅なんかしたらお笑い草だし」


 先ほど一瞬緩んでいた攻撃の手が再び過熱してくる。

 ルリィは俺を打倒すべく……いや、むしろ俺の発言を否定するように三次元的な連撃を浴びせてきた。

 が、俺には一撃もヒットしない。


「あと、もうそろそろ降参した方がいいぞ」

「どうしてよ!!」

「お前が一番分かってんだろ? この固有能力オリジナルスキルは、体への負担が大きすぎる。防御スキルを発動しているとはいえ、ガキのお前の幼い肉体じゃ長時間この速度を維持するのは危険だ」

「そ、そんなことないわ! これくらいなら、瑠璃は、まだ……っ!!」


 意地を張っているのか、言葉で忠告してもルリィは降参する気はないらしい。

 ……ふむ、仕方ないな。


 これは、俺も一つ“技”を披露するしかないか。

 俺から煽っといて何だが、この戦いは長引くと不味いだろう。

 長期戦になれば俺がしんどいというよりのもあるが、何よりもまずあのガキんちょの身体が持たない。

 今は戦闘中だから多量のアドレナリンで感覚が鈍っているかもしれないが、一秒時間が経つごとに確実にルリィの体はダメージを受けている。

 あいつが授けられた『祝福ギフト』、そしてそこから発現した『流星の輝きシューティングスター』という固有能力オリジナルスキルは、諸刃の剣だ。

 

 俺は黒刀に魔力を流し込む。

 すると、刀身が鈍く光り始めた。


影打かげうち染刀解放せんとうかいほう――――」


 今はだから大した威力にはならねぇかもしれないが、それでもルリィを止めるくらいはできるだろう。


 黒刀の波紋が、紫紺の輝きに染められていく。


「――――紫閃しせん


 

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