第26話  『固有能力』


『スキル』と呼ばれる特殊能力が一部の人間に発現したのは、地球上で後に『魔力』と定義される未知のエネルギーを観測したのと同時期だった。

 そこからダンジョン黎明期を経て、世界各国で急ピッチでスキルや魔力に関する研究が行われたが、いまだその存在の解明には至っていない。

 そもそも、このようなファンタジー的な概念を科学的に証明でき得るのかという問題もある。

 それゆえ、これら魔力やスキルなどは人類の知恵で理解できる範疇を超える存在として認識されつつあった。


 そして、科学では如何様にしても記述不可能な概念がもう一つ。

 人類の中でも一部の人間にしか発現しなかった『スキル』だが、その中でもごく一部の人間には全く別ベクトルの特異能力が宿っていた。


 ――――『祝福ギフト』。


 スキルと同じく魔力を起因として発動可能な特殊能力でありながら、スキルとは別次元の莫大なエネルギーを放出できる、現状説明のできない領域に存在する力。

 それらは一人の人間の内に収まるにはあまりに大きすぎ、まるで神から与えられた権能のごとき力であることから、神学者や世界的宗教団体を中心として『祝福ギフト』と呼称されるようになり、すぐにそれは広く周知されることとなった。

 そしてその『祝福ギフト』からもたらされる神の御業みわざのごとき特異な力を、スキルよりも高次の概念として『固有能力オリジナルスキル』と定義。

固有能力オリジナルスキル』が発現した人間は国家の重要戦力として半強制的にリストアップされるが、そこから統計的に判明したのは、『固有能力オリジナルスキル』は発現した人間の数だけパターンがあるということだった。

 つまり、同じ『固有能力オリジナルスキル』を有している人間は世界に存在しない。

“オリジナル”とは、そういう背景も含意している。


 その神から与えられた『祝福ギフト』を駆使し、今まさに俺を倒さんと『固有能力オリジナルスキル』を放つガキんちょが、目の前でゆらりと顔を上げた。


固有能力オリジナルスキル――――流星の輝きシューティングスター


 発光したルリィの身体が、消える。

 これはさっきのスピードスターとやらと同じタイプのスキルか?


 それなら対応はでき――――剣先。


 何かは分からない。

 認識する暇がない。

 状況からしてルリィが持ってたロングソードか。

 ただ尖鋭な突起物が俺の胸元に迫っていた。


 俺は反射的に上体をのけ反りながら黒刀を振るう。

 が、正面から無理やり押し退けるようなエネルギーの暴力に抗えず、そのまま剣に突き通されるようにして訓練場の壁まで吹っ飛んだ。

 激しい土煙が舞い上がる。

 しかし、それらの砂の煙幕は遅れてやってくる突風によって跡形もなく振り払われた。

 軽度のソニックブームであることを遅れて理解する。


 クリアになった視界に映るのは、見開いた目でロングソードを突き出したルリィ。

 ガキんちょの細く柔らかそうな右腕から伸びる無機質な金属性の暴威が、薄い黒刀を一枚隔てた先でギリギリと震えていた。

 何とか刀で防げたとはいえ、今回は斬りかかってきた訳ではなく、突きでの攻撃だ。

 突き攻撃は基本的に避けるか受け流すかで対応するんだが、今回はそのどちらも間に合わなかった。

 ゆえに俺は黒刀を斜めに展開し、右手に柄を、左手に刀の腹を持ち、数センチというごく僅かな身幅の刃の面を盾として突きを受けた。

 ロングソードの剣先が、黒刀の波紋と衝突し、磨耗する。


「……これは驚いたぜ。視界に頼ってたらぶっ殺されてる一撃だ。だぁ~、クッソ! 頭と背中めっちゃ痛ぇ!」


 刀で直接的なロングソードの突き攻撃は防いだものの、高速移動によるルリィの物理的な質量エネルギーはどうしようもなかった。

 結果として真後ろから壁に激突したことで後頭部と背中を強打し、じんじんと痛覚がサイレンを鳴らす。

 もはや頭に至っては二日酔いから生じる内側からの頭痛に加えて、後頭部の外的なショックとしての痛みも加わり、もうてんてこまい状態だ。

 魔力の防壁で俺ができ得る最大限の防御はしたつもりなんだが、それだけじゃ相殺しきれなかったか……。


 僅かに顔を傾けて後ろを見てみると、俺の背中と衝突した訓練場の壁はクレーターのように凹んでいた。

 かなりの速度で激突したが、外の景色が見えるほどぶっ壊れていないだけこの壁も頑丈だ。

 それだけの耐久性を担保しているこの施設を称賛するべきか、それだけの耐久性があるはずのこの壁をべっこり凹ませるだけの威力を持つ速度で攻撃してきたルリィに畏怖するべきか。


 ロングソードの剣先と、それを阻む黒刀。

 ギリギリと小刻みに震える両者の武器を隔てて、ガキんちょは辟易とした顔つきで自嘲気味に笑う。


「初見で瑠璃の流星の輝きシューティングスターに反応するなんて、どんな反射神経してるのよ」

「ふっ、驚いたか?」

「そりゃあ、刀でそんな風に防御なんてされたらね」

「まあ、ぶっちゃけこれは経験の差だ。誇っていいぞ。特級探索者でも最下位あたりの奴だったら今の攻撃で致命傷になってるかも、な!」


 俺は刀をずらして重心を変え、ロングソードとの均衡を崩す。

 と同時に横一閃。

 しかし、ルリィは身体から魔力を煌めかせて眼前から消失した。

 圧倒的な移動速度でもって回避され、黒刀は虚しくくうを切る。


「これは……さっきのスピードスターとかいうユニークスキルとは一線を画してるな。速度上昇っていう面では同系統のスキルだが、単純にスピードスターの上位互換か?」


 体感としては、高速移動というよりも空間転移や転送魔法に近い。

 実際の行動としては高速移動なのだろうが、あまりに速すぎて肉眼では全く捉えられないし、瞬間的に情報を把握できる魔力感知を使用しても剣先が自分の胸元に来るのを捕捉するのがやっとだった。

 確かにスピードが売りの『新世代』だとは聞いていたし、事実として普通の戦闘時も動きは速い。

 だが、それでもさっきまでは魔力感知で動きが追えないほどではなく、魔力の軌跡を辿ればこの後の行動の予測も容易だった。


「これがあいつが自信満々に披露してくれた固有能力オリジナルスキルか。十歳のガキんちょが有していい範疇を軽く超えちまってるんだが、さてさてどう攻略したもんか」


 俺を撹乱するためか、小さな体が訓練場の広い空間を贅沢に使って縦横無尽に飛び回っている。


 とはいえ、俺はすでにルリィの固有能力オリジナルスキルについて長所も短所も大まかに読み取っていた。

 長所は言うまでもなく他を圧倒する速度。

 そしてもう一つ。

 本人も気づいているかどうか知らないが、この固有能力オリジナルスキルには致命的ながいくつかある。


 吉良川瑠璃きらがわるりという『新世代』筆頭を打ち倒すには、その弱点を突くのが手っ取り早そうだ。

 




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