第25話  奥の手


 黒刀の切っ先を鼻先に突きつける。

 ルリィは強ばった表情で刀の先端を見つめながら、ごくりと生唾を飲み込んだ。


「近接攻撃でも、ダメだったかぁ……」

「ダメだな。ダメダメだ。お前は保有してるスキルに比べてあらゆる経験が足りなさすぎる。ま、十歳のガキんちょだからそれは当然なんだが、はっきり言って今の状態は宝の持ち腐れとしか言えん」


 ルリィの魔力やスキルに関しては何も言うことはない。

 それどころか普通にバケモン級だ。

 史上最年少で二級探索者に合格したとか言われてたが、その功績も頷ける。

 恐らくこのままスキルのごり押しで突き進んでも、近い内に一級探索者になれるだろう。

 だが、今の状態では絶対に特級には至れない。

 特級クラスになれば正真正銘の化け物揃いだ。

 魔力の保有量やスキルの習得数も外れ値の集まりであり、ひたむきな努力や根性では到底追いつくことなど不可能な絶対的な壁がある。

 要は、凡人が努力でのしあがれる天井が一級、天才が死ぬ気で努力すれば到達できる可能性があるのが特級だ。

 このガキんちょがどこを目指しているのかは知らんが、さっきの口振りから察するに特級まで行くつもりだろう。

 特級探索者になればルリィくらいの天才はゴロゴロいるし、それどころかこれくらいの才能レベルが標準かもしれん。

 つまり、特級レベルは魔力やスキルなんかの能力面の潜在能力ポテンシャルではあまり差はつかない。

 ではどこで差がつくかと言えば、それが精神面だ。

 精神が強ければ死線を潜り抜けることもできよう。

 しかし逆に精神が未熟であれば、突発的な事態に遭遇したが最期、コロッと逝っちまうことも多い。

 俺はそうして死んでいった人間を何人も見てきた。

 十年前、ダンジョン黎明期に。


 ルリィは悔しさを滲ませたような声音で、口を開いた。


「やっぱりあなた、特級クラスの実力があるのね……!」

「そう思うか?」

「うん。瑠璃が一方的に負ける相手なんて、特級探索者しかいないもん。それにここまで手も足も出なかった人なんて、本当に火室先生以来かも」

「彩夏と一緒にされるとは、喜んでいいんだか悪いんだか。ま、普通に俺は『野良』だけどな」

「こんな馬鹿げた力を持った野良の探索者なんているわけないでしょ!」


 ダンジョン探索を行うためには、必ずしも迷宮省への公的手続きを経なくても良い。

 素人の未資格でも探索者にはなれるが、そのような探索者は『野良』と呼ばれる。


 面倒な手続きをせずに気軽にダンジョン探索ができるというメリットがある一方で、『野良』には踏破レベルD以下のダンジョンしか潜れないなど、キツめの制限がかかっている。

 踏破レベルDのダンジョンなんか大したモンスターも出没しねぇし、迷宮学園の生徒なら中等部で全員クリアするようなレベルだ。

 当然、そんなダンジョンに潜ったところで大金は稼げず、探索者として食っていくことはまず不可能。

 だから本気で探索者を志している奴やダンジョン探索業で生計を立てていきたいと思っている奴は、迷宮省に届け出を送って公的登録を済ませているのだ。

 これによって個人情報を迷宮省に管理される一方で、能力に応じた探索者階級が与えられ、それを元に潜ることが許可されるダンジョンの幅が大きく広がるというわけだ。


 そういった背景があるので、強い奴はほぼ全員が公的登録を行って探索者階級を貰い、迷宮省側で全てリストアップして管理されている。

 つまり、“『新世代』筆頭である自分を圧倒するほど強い俺が公的登録をしているのは当たり前”、とまぁそんな結論に至ったんだろう。

 まあ実際、俺はマジで野良の探索者なんだが、別に信じて欲しいわけでもないので適当に受け流す。


「ま、俺が特級か野良かなんてどうかなんてどうでもいいだろ。で、どうすんだ。もう一戦やるか?」

「このまま戦っても同じ結果になるだけでしょ」

「そうだな。通常時のお前じゃ俺の相手にはならん。でも、まだあるんだろ? が」

「……どういうこと?」

「とぼけんなよ。お前のその目は勝負を諦めた人間がする目じゃねぇ。まだ腹の内に隠してる必殺技を出すかどうか考えてるな。それにお前は『新世代』筆頭だ。だったら当然持ってんだろ? 『祝福ギフト』をよ」


 ルリィの顔つきが変わった。

 目をわずかに見開いて固まっている。


 ルリィに突きつけていた黒刀を振り上げ、切っ先をガキんちょから逸らした。

 俺は刀の峰で自分の肩をとんとんと叩きながら、へたりこむルリィにため息混じりに言い放つ。


「長期戦は面倒くせぇし二日酔いで頭も痛ぇんだが、ここまで来たら付き合ってやる。試してみろよ。正真正銘お前の全力――奥の手を」


 しばしの静寂。

 ルリィは呆気に取られたように茫然と馬の顔を見上げた後、ふっと口角を緩めた。


「何でもお見通しってわけね。そうよ。瑠璃は『祝福ギフト』を使うかどうか考えてた。もうそれしか打てる手がなかったから。だけど、あなたの言葉のおかげで吹っ切れることができたわ」


 ガキんちょはゆっくりと立ち上がる。

 俺は再度、肩で遊ばせていた刀を構えた。


「これで本当に最後の最後。瑠璃の全力よ」


 膨大な魔力がせきを切ったように奔流した。

 俺の本能が瞬時に警戒態勢に入る。

 さぁて『新世代』筆頭の奥の手……一体なにがお出ましだ?


 身構えながら様子を窺っていると、やがてルリィの身体がキラキラと輝きだした。

 比喩ではない。

 本当に吉良川瑠璃きらがわるりという一人の少女が、まるで星屑のように肉体から大小様々な光が煌めかせている。


 あれは……魔力が発光しているのか。

 通常は視覚化されない魔力がこれから繰り出されるスキルの余波だけでこうも輝きを発するとは。

 こりゃあ気を抜くとやべぇかもな。


 ルリィはひとしきり魔力を練り上げると、無表情でゆらりと顔を上げた。


固有能力オリジナルスキル――――流星の輝きシューティングスター



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