第24話 反射的な隙
激突するロングソードと黒刀。
凄まじい威力だ。
ルリィの魔力の発露が風圧となって馬の頭をばさばさと揺らす。
俺は全身に魔力を循環させ、刀を握る腕に力を込めて強引にロングソードを弾き返した。
が、ルリィは押し返されて地に足がついた瞬間、斬りかかってくる。
「なに急にやる気出してんだガキんちょ!」
「最初から瑠璃はやる気まんまんよ! 近接系の攻撃の方があなたに適してるみたいだから、こうして斬り込んでるだけ!」
「そういやこの模擬戦は俺への復讐のために用意されたんだったか」
「そうね。初めは瑠璃もそのつもりで火室先生にお願いしに行ったわ。いや、今も昨日のダンジョンでの横暴を許したわけじゃないけど、復讐心だけってわけでもない。純粋に、あなたにどこまで通用するのか試してみたい!」
剣と刀の応酬。
さっきまでの魔力にものを言わせたスキル攻撃とは異なり、今度は果敢に自分の身を全面に押し出してくる。
宣言通り、近接型の攻撃に切り替えたらしい。
大した技術も武道の心得も備わってなさそうだが、それでも天性の魔力とスキルの重ねがけでかなり戦闘力が引き上げられている。
そもそも探索者の強さを図る指標において、熟達した剣技や武道の心得なんてものはプラスアルファの要素に過ぎない。
ないよりはあった方が好ましいが、それよりもまず重要なのは魔力とスキルで、それらが高いレベルになければ探索者としては使い物にならない。
はっきり言って、今の状態のルリィの方が武道を極めた魔力なしの仙人よりも強いし、仮に試合になればあまりにも一方的な勝負になるだろう。
残酷だが、魔力やスキルとはそういう類いの特別な力。
大した魔力を有していない者に手が届くような境地など、たった一撃、圧倒的なスキルの前では文字通り
「だからこそ、お前はその力に溺れちまってるわけだが」
「力に溺れてなんかいないわ! 瑠璃は『新世代』筆頭として、自分に与えられた力を存分に振るってるだけ! 上位スキル――グラビティ!」
頭上に違和感。
濃厚な魔力が空間に干渉している気配。
俺は反射的に真後ろに飛び退いた。
瞬間、俺が立っていた場所がベゴンッ!! と凹み、まるですりガラスを通したような不透明な円柱が天井から垂直に伸びていた。
さっきもちょっと使ってたが、重力操作系のスキルか。
「くっ、グラビティでもダメか! だったら、ユニークスキル――スピードスター!!」
おいおい、またユニークスキルか?
さっきから当たり前のようにポンポンとユニークスキルやら上位スキルやら使っているが、こいつ何個スキル持ってんだ。
これが『新世代』筆頭か。
全く、手数の多さに感心するぜ。
一体どんなスキルが繰り出されるのかと思って見ていると、ルリィの体がぼやけて――消えた。
いや違う。
ルリィがいた位置から俺の背中に向かって楕円形の魔力の軌跡を感じる。
頭で考えるより先に体が動いた。
俺は瞬時に肩から黒刀の刃を背中側に回す。
と同時、黒刀に加えられる衝撃。
ガキィン!! という金属質な快音が耳を叩いた。
「なっ! 防がれた!?」
「奇襲下手すぎ。魔力漏れすぎ」
「くっ!」
不意打ちが失敗したルリィは再びスピードスターとやらを使って姿を消した。
だが、この場から存在が消えたわけではない。
肉眼ではルリィの残像しか捉えられないが、こういう時は魔力感知が大いに役立つ。
そもそも馬の被り物のせいで最初から大幅な視界制限を食らっていた訳で、今さら目で追えなくなっても大した違いはない。
「ふむふむ、結構速ぇな。こりゃあ一級探索者じゃギリギリ手に負えないくらいのレベルか?」
「っ! どうして! 瑠璃の! 攻撃が! 全部! 読まれてる、のっ!!」
縦横無尽の連撃。
目にも止まらぬ速度で周囲を飛び回り、隙を突いて攻撃を仕掛けてくるが、俺はその全てを黒刀でガードする。
側面だろうが後方だろうが頭上だろうが、ルリィの剣は届かない。
迫りくる刃の全てを黒刀で弾き返す。
その度に金属を打ち付けるような剣戟の高音が肉体に響いた。
「っ! この速さでもまだ対応されるの!? だったら、もっとスピードを上げるわ!」
「いやぁ、そういう問題でもねぇんだよな。いくら速度を上げようが根っこの課題を解決しない限り攻撃は通らんぞ。それどころか相手によっちゃ手痛い反撃を食らう可能性すらある。例えば――」
ルリィの攻撃の隙を突き、俺は瞬時に屈んで足元のグラウンドの土を無造作に掴む。
「こんな風になッ!!」
俺は勢いよく背後に振り返り、手にしていた砂をアンダースローで投げつけた。
空中にばらまかれた砂の
「わぷっ!? め、目潰しなんて卑怯な……っ!」
「ハハッ、そりゃどうも」
「で、でも瑠璃の体には防御スキルを重ねてるから、こんな子供騙しの砂粒なんて効かな――」
「いいや、十分だ」
俺は袈裟斬りに黒刀を振るう。
ルリィは慌ててロングソードで防御した。
だが遅い。
今の目潰し攻撃で反射的に目を瞑ったあの瞬間、コンマ何秒の隙が生まれた。
その隙はそのまま次の動作への遅れとなり、俺はその遅れを取り戻させるような
「おらおらどうしたァ! 腰が引けてんじゃねぇのか!?」
「く、くぅぅ!」
上下左右、あらゆる角度から刀を振るう。
特にどこぞの高名な流派で剣術を学んだ訳でもない、独学素人のがむしゃら攻撃。
だがこの刀運びは俺がダンジョン黎明期に培った、相手を殺すことを目的として磨きあげた技でもある。
誰に師事した訳でもねぇが、『新世代』程度のひよっこに追いつかれるほど浅くもない。
ルリィも何とか防御に専念して耐えているが、徐々に戦況は傾いていく。
俺は馬の下でニヤリと笑いながら、ルリィの『目』を狙ってさらに攻撃を加えていく。
防御スキルで身を固めているためダメージは入らないが、それでも顔面に刀が向かってきたら自分の意思とは無関係に目を瞑ってしまうだろう。
それが生物的な反射ってやつだ。
「一つ大事なことを教えてやるよ。防御スキルを自分の身体にぴったりと展開すれば、確かにそれだけ無駄な魔力消費を抑えることができる。空気抵抗もかなり軽減されるだろう。まさに教科書通りの理想形だ。……だが、それは同時に鮮明な『痛み』や『死』を予見することでもある」
「そ、そんなの……きゃあっ!?」
俺の猛攻を受け続けていたルリィは次第に後ろに押されていく。
間断なく刀が襲いくる状況。
さらに何度も反射的に目を瞑って自分で視界を塞いでいるがゆえ、じわじわと追い込まれていき、そこから生じる焦りがさらに思考を鈍化させ――ついぞルリィは自分で足を絡ませて尻餅をついた。
「チェックメイトだガキんちょ。まずはその軟弱な精神面を鍛えてから出直してこい」
眼前に黒刀の切っ先を突きつける。
ルリィは肩で息をしながら、絶句した様子で刀と俺を見上げていた。
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