第23話  訳アリの少女


 爆炎から生じた爆風が激しく辺り一帯を吹き抜ける。

 俺は吹き飛ばされないようにその場でふんばりながら、ルリィの様子を窺った。

 巻き上がる砂煙。

 やがて空中に舞う砂のベールがゆっくりと晴れ、霧散していく。

 その中心から強ばった顔をしたルリィが現れた。

 外傷はなく、無傷だ。

 ガキんちょの周囲には、半径一メートルほどのドーム状の防御結界がキラキラと光っていた。

 ルリィは僅かに身を屈めて顔の前に両手でバッテンのガードを作っていたが、あれは生物としての反射的な動作だろう。

 恐る恐る腕の隙間から辺りを見渡している。


「ま、まさか瑠璃のバスターブレードを投げ返すなんて……」

「瞬間的な身体強化だったらさほど魔力がなくても問題ないからな。ほんの一瞬だけなら、スピードが売りのお前に匹敵することだってできる」

「……めちゃくちゃね。ちぇ、これはいい作戦だと思ったのに」

「これまでのアホみたいな単調攻撃に比べたらちょっとはマシだったと思うぜ? ま、この俺様には通用しなかったがな! がははははは!!」


 腰に手を当てて勝利の高笑いをお見舞いする。

 すると、視線を上げた先に彩夏が放った配信カメラと目が合った。

 この模擬戦はリアルタイムで生配信されているんだったな。

 どれ、今の俺の華麗なカウンター攻撃がどんな評価を受けているか確認してみるか。

 さっきは俺に殺害予告をしてきたモラルに欠ける視聴者も多かったが、今回は素直な賛辞を送っているんじゃないか!?


 :どんな動きしてんだあの変態馬

 :大人しく爆発しとけよ

 :爆死エンドまだ?

 :鬼畜の所業

 :さっさとやられろや

 :避けるだけならまだしも、ルリィに投げ返して爆発させるとか……大人げないと思わないの?

 :馬の勝利など誰も望んでない

 :ルリィにはよボコられろ

 :ロリコン馬は死罪


「うん、まあそうだよな。これくらいでルリィへのセクハラが許されるわけないか」


 分かっていたことだが、視聴者の俺へのヘイトが凄まじい。 

 一回くらいスーパープレーを見せたくらいじゃ収まらないようだ。

 てか、このコメント欄を見るに全体的に俺がルリィに負けないと収集がつかなさそうな気がする。


 しかも中にはロリコンだの不名誉なレッテルを貼りやがる奴もいるし。

 俺はガキなんか興味ねぇっつーの。

 まあ、ネットの民度などこんなもんかね。


 今も次々と新しいコメントが投下されまくっていてとても追いきれないが、パッと見でも俺への誹謗中傷がほとんどだと言うことが分かる。

 まさかルリィの脇腹を掴んだことがここまで集中砲火を浴びることになるとはな。

 視聴者こいつらも暇なこった。


 デバイスの画面に目まぐるしく移り変わるコメント群に辟易していると、ルリィがおもむろに俺を見据えた。


「……火室先生があなたに対してだけ態度が違う理由がちょっとわかった気がする」

「そうか。ちなみに彩夏は昔から俺にだけ当たりキツかったぞ。お前らは優しくされてんだからいいじゃねぇか」

「優しくされているっていうのは喜べることばかりじゃない。対等に見られていないってことだから」

「そりゃお前は生徒で彩夏は教師だからな。はなから対等じゃねぇし」

「瑠璃は早く火室先生みたいな探索者になりたい。あれだけの強さを手に入れたいの」

「あ? なんでまたそんな力を欲してんだ」

「強くならなきゃいけない理由があるから」


 ルリィは真剣な目を向けてくる。

 その瞳には俺が映っているようで、全く別のなにかを映しているような気がした。


 こいつ……『新世代』特権で学費免除のウハウハ学園生活を送ってる世間知らずのガキんちょかと思ってたが、何か訳アリか?

 普段は生意気なメスガキ口調で大人を煽って配信活動をしてるっていうのに、今は得も言えぬ凄み……覚悟のようなものを感じる。


「本当に、あなたは何者なの? ……って言っても答えてくれないんだっけ」

「ああ。俺の個人情報はシークレットだ」

「それなら、こうしない?」

「なんだ?」

「瑠璃が勝ったら、火室先生との関係性だけじゃなく、あなた自身のことについても教えてもらう」


 ルリィの提案に、俺は盛大なため息を吐く。


「お前……まだやるつもりなのか? もういいだろ。お前じゃ俺には勝てんって」

「ファイアストームもウォーターストームも、どっちも簡単に黒刀で斬られて破壊された。正直あんなにあっさりと攻略されたのは悔しいけど、あなたには中距離のスキル攻撃は効かないみたいね」

「おい無視すんな。もう諦めろって言ってんだろ」

「でも、さっきのバスターブレードの爆発は今ほど余裕そうじゃなかった。なぜなら、それはきっと瑠璃の攻撃が近すぎたから」

「……チッ、だったら何だよ」

「中距離攻撃がダメなら、きっと遠距離攻撃も通用しないんでしょ? だったら一番勝つ見込みがある、近接型に切り替えるわ!」


 ルリィはバッと右手を広げると、肘、腕、手首、指先の順に魔力の残滓が流れていき、その光は細い指先を超えてなお空間を直進していく。

 数秒遅れて、右手に長大なつるぎが顕現した。


「上位スキル――ロングソード!」


 魔力によって生み出された銀色の剣を軽々と振りながら、ルリィはその切っ先を俺に向けてきた。

 何とも挑発的な行為だが、ルリィの目には静かな意志が宿っている。

 さっきまでのような怒りに任せて敵をねじ伏せる乱暴な攻撃性はなく、純粋に格上に立ち向かうような落ち着いた覚悟のような。


「剣術はそこまで得意ってわけでもないけど、これしかないなら仕方ないわ。必ずあなたをギャフンと言わせてあげる!」


 ルリィは堂々たる宣言と共に地を蹴った。

 速い。

 一呼吸の間に俺との距離を詰めたルリィは、ロングソードを構えて肉薄する。


「ったく、面倒くせぇガキんちょめ。本気で徹底的にコテンパンにしねぇと気が済まねぇみたいだな!!」


 剣と刀が強烈に衝突する轟音。

 それは暴風を巻き起こし、衝撃波を伴って訓練場に響き渡った。




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