第19話  仕切り直し


 全身を襲う音圧の衝撃波と、灼熱の爆炎。

 そこへさらに爆風もセットで加わり、俺の体は紙切れのように吹っ飛んでいった。

 爆発の瞬間に反射的に後方に跳んで威力を軽減させたというのもあるが、それでも凄まじい威力だ。

 およそ十歳のガキが繰り出していいレベルじゃない。


 ゴロゴロと地面を転がりながら吹き飛ばされる。

 が、途中で体勢を立て直してバランスを取り戻し、ずざざざ……と靴底で慣性を殺して停止した。

 地面には数メートルにわたって俺の両足に続く二本の軌跡が伸びていた。


 爆発で舞う砂埃と焦げくさい煙の中から、生意気なツインテールを揺らすメスガキのシルエットが色濃く浮かび上がる。


「ふふん、どうかしら! 瑠璃のバスターブレードはただ獲物を叩きのめすだけじゃない。瑠璃の好きなタイミングで、大剣を爆発させるっていうオマケもついてるのよ!」


 砂塵が混じった煙幕の中から、自信満々のルリィが姿を現す。

 その手には先ほどの無骨なバスターブレードは握られていない。

 爆発させたら大剣ごと蒸発する仕組みか。

 今の爆発攻撃はバスターブレード一本につき一回限りのギミックのようだ。


「おいおい、いきなり随分なご挨拶じゃねぇか。下手な探索者だったら一発で爆死してるぞ」

「だから最初に確認したじゃない。本当に『全力』で戦ってもいいのか、って。あっれぇ~、もしかして腰が抜けちゃった? いま降参するならこれで許してあげてもいいよ?」

「ハッ、抜かせクソガキ。こんな爆破攻撃、彩夏のバカみてぇな無差別爆破に比べりゃ屁でもねぇ」


 十年前のダンジョン探索中、彩夏の攻撃の余波で何度丸焦げにされそうになったことか。

 色んな意味であの時の死地に比べれば、こんな爆炎など可愛いもんだ。


 ルリィは俺の悪態混じりの返答に対し、不快感ではなく困惑の表情を浮かべた。


「……昨日からずっと気になってたんだけどさ。あなたって火室先生とどういう関係なの? 火室先生を下の名前で呼ぶ男の人なんて見たことないし、火室先生も名前で呼ばれることに不快感はなさそうだし」

「あ? そういや彩夏の視聴者もそんな話で盛り上がってたな。なんだ、俺と彩夏の関係がそんなに気になんのか?」

「うん。あなたと喋ってる時の火室先生はいつもと雰囲気が違うから」


 ルリィは心底不思議そうな瞳で訊ねてきた。

 ふむ、俺と彩夏との関係か。

 別に知られること自体はいいんだが、そうなるとどうしても俺が元『FIRST』メンバーだったという点に触れなきゃならないんだよなぁ。

 できればそれは知られたくない。

 しかも今は生配信の真っ只中だ。

 彩夏が飛ばした立方体の配信カメラ……恐らく最先端の超高性能魔力式デバイスだろう。

 素人目だが、ルリィが使ってたやつよりも性能は上っぽい。

 配信カメラは俺たちの上空に浮遊し都度動いているものと、彩夏がいる二階席からの定点カメラの二つ。

 だが……恐らくこの会話も聞こえてるんじゃなかろうか。


 俺はポケットからデバイスを取り出して配信のコメント欄を確認する。


 :いいぞルリィ!

 :一番気になってた点

 :そうだ、彩夏様との関係を答えろクソ馬が!

 :どうせ学生時代の彩夏様のパシり君やろ

 :でもパシりごときが彩夏様を呼び捨てにするか?

 :距離感近すぎ問題

 :馬の回答次第では親衛隊が武装蜂起する可能性も……


 この配信のメインテーマは『新世代』筆頭格との模擬戦のはずなんだが、視聴者たちの興味は俺と彩夏の関係性に尽きるみたいだ。

 コメント欄も中々カオスな空気になっていて、時折俺に対して殺害予告めいた内容も飛び交っている。

 そうかそうか。

 そんなに皆が知りたいというなら、いっちょ教えてやりますか?


「ふっ、俺と彩夏との関係か。そりゃあもう、一言では言い表せないような体験を何度もして、組んず解れつ濃密な数年間を――」

赤炎砲レッドキャノン

「どわぁああああああああああああああ!!?」


 直後、二階席から真っ赤な灼熱のビームが飛んできた。

 俺は慌てて前方にダイブし緊急回避を行う。

 瞬間沸騰する空間。

 じりじりと焼けつく空気を物理的に肌で感じながら、つい三秒前まで俺が立っていた場所を振り返る。

 そこは赤黒い焦土に変質し、煙が立ち上っていた。


「ちょ、彩夏テメェ! 模擬戦の最中に横槍入れてんじゃねぇぞ!」

「アンタが訳の分からない妄言をのたまうからよ。次はあてるから発言には気を付けることね」

「……鬼すぎる」


 四つん這いの情けない姿で抗議する俺に、対峙するルリィはぽつりとこぼした。


「あの……大丈夫?」

「やめろ。そんな可哀想なものを見るような目で俺を見るな」


 ルリィは哀れむような視線を俺に向けてくる。

 やめろよ。

 みじめな気持ちになんだろ。

 少なくともじゃあ、どうやっても彩夏には勝てねぇからな。

 まともにやりあったらこんな風にボコボコにされる。


 俺は気を取り直して黒刀をグラウンドにぶっ刺し、杖がわりにして立ち上がる。


「さて、仕切り直しだルリィ。そんなに俺と彩夏のことが気になるんだったら、いい案があるぞ」

「なに?」

「俺に勝ったら教えてやる。どうしても知りたいなら、お前の実力でもって俺に喋らせるこった」


 ルリィは俺の提案に一瞬驚いた様子だったが、すぐに表情を変えて挑戦的な笑みを浮かべた。


「……そうこなくっちゃ。瑠璃の全力はまだまだこんなものじゃないから、覚悟することね馬男!」


 膨大な魔力の気配。

 ルリィの周囲の空間が歪んでいく。


 開戦の合図はそれで十分だった。



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