第17話  動揺する『炎姫』


 外から見ていた時も思ってたが、訓練場はかなり広い。

 軽く見積もっても、普通の体育館の四、五個分くらいの面積はあるだろう。

 全体的には白っぽい無機質な壁に覆われているが、地面は普通に土や砂が敷き詰められていて、まるでグラウンド場のようだった。

 屋内と屋外を融合したような空間。

 迷宮学園の訓練場には初めて入ったが、こんな感じになってんのか。


「普段はクラス単位で使用する場所なんだけどね。今回は特別に一時間だけ貸しきりにしてもらったわ。普通の探索者志望の学生なら分不相応な待遇だけど、『新世代』が二人も相手となるとこれくらい贅沢な環境じゃないと本気を出せないでしょう?」

「ありがとうございます、火室先生!」

「ありがとうおね……じゃなくて、ありがとうございます火室先生!」


 ガキんちょ二人が元気にお礼を言っている。

 子供らしくて結構だが、あまり俺の近くで騒がないでほしい。

 頭痛ぇから。


 ……てか、今あいつ『新世代』が二人も相手とか言ってたな。

 ということは、やっぱりあの心春とかいうガキんちょも『新世代』の一員だったか。

 生意気にも俺に模擬戦を申し込んでくるようなやつだ。

 ルリィと同じく、あの黒髪ガキんちょも自分の力に酔ってるクチか?


「……まあどっちでもいいか。俺の目的はとにかくちゃっちゃと終わらせて帰ること、それだけだ。おい彩夏。さっさと始めようぜ」

「ちょっと待ちなさい。いま私のチャンネルで配信設定してるから」


 彩夏は予め用意していた立方体の配信カメラを二つ取り出し、空中に放り投げた。

 そのカメラはどちらも魔力式の最新機器のようで、彩夏の魔力に反応してドローンのように動き出す。


 あー、そういやさっき訓練の様子は配信で流すとか言ってたな。


 ポケットからデバイスを取り出して彩夏のチャンネルを検索し、最新の動画をタップする。

 予告なしの配信のようだが、いきなりすごいスピードでコメントが溢れ出した。


 :なんだなんだ

 :彩夏様が緊急配信だなんて珍しいですね

 :昨日は大丈夫でしたか?

 :ここどこだ

 :学園の訓練施設とかじゃね? 知らんけど

 :あ、馬男がいるぞ!!

 :馬だ!?


 こいつのチャンネルの勢いすげぇな。

 チャンネル登録者数を見てみると、脅威の八九〇万人。

 さっすが元『FIRST』様。

 過去の功績もさることながら、優れた美貌とボンキュッボンの抜群のスタイルで視聴者を虜にしてるようだな。

 一部の熱狂的なファン層からは“彩夏様”なんて呼ばれていて、女王様ポジにまつりあげられてるみたいだし。


 彩夏は配信が始まったのを確認すると、一台のカメラに向かって事務的な挨拶をした。


「皆さん、いつも私の配信を見てくれてありがとうございます。今回は緊急配信として、普段のダンジョン探索とは一味違う映像をお届けしようかと思います」


 :きになる

 :彩夏様と馬との関係が気になって夜しか眠れません

 :ルリィもおるやん

 :結局昨日のダンジョン封鎖の理由は何だったんだ

 :彩夏様! 馴れ馴れしい馬男を焼き払ってください!


「昨日は迷宮学園の生徒である『謎ミスちゃん』のチャンネルから私や吉良川さん、そしてあの馬男の映像をご覧になった方もいらっしゃるでしょう。また、現在に至るまで封鎖されている東京第十ダンジョンの状況などについて気がかりな方もいらっしゃるかもしれません。ですが……申し訳ございません。それらの件については迷宮省の秘匿事項に該当するためまだ詳しくはお話できませんが、せめてものお詫びとしてスペシャル授業の映像をお見せしたいと思います」


 彩夏は配信カメラを空中に飛ばし、訓練場の真ん中に立つ俺とルリィ、そして心春の三人の姿を上空から映し出した。

 そして彩夏は俺たちから離れ、二階に設置された観客席のような場所に飛んでいった。

 後は俺たちで自由に戦えってことね。


「視聴者の中にはあの謎の馬男について気になっている方も少なくないでしょう。ですので、今回は我が迷宮学園が抱える『新世代』の二人と、馬男の模擬戦を行いたいと思います」


 彩夏の言葉に、コメント欄がさらに加速していく。


 :模擬戦!

 :面白そう

 :さすがの馬でも『新世代』二人相手は無理やろ

 :ルリィ一人でもキツそうだが

 :今こそ憎き馬に復讐の時

 :結局あの馬と彩夏様はどういう関係なんや

 :もしかして……付き合ってたりとかはないよな?

 :元カレとかだったら死ぬ

 :今カレやで

 :消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せ

 :彩夏様までNTR!?


 コメント欄の戯れ言に彩夏は明らかな動揺を見せる。


「なっ、だ、断じてそういった不埒な関係性ではありません! 邪推は控えてください! そ、それじゃあ三人とも、模擬戦開始っ!!」


 羞恥か怒りか分からないが、彩夏は少し顔を赤らめながらヤケクソ気味に開始の合図を宣言した。



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