第16話  新たなるガキんちょ


「あああぁっーーーー!!! いたわ!! 見つけたわよ馬男ぉおおおおお!!!!」


 馬の被り物を装着して車から降りた途端、厄介なガキんちょに捕まった。

 いや、コイツが復讐のために俺を呼び出したんだからいるのは当然なんだが、突然叫ばれると二日酔いの俺には辛い。


「……うっせぇ。頭に響くからキャンキャン喚くな……」

「うっさいって何よ! あなたが悪いんでしょ! 瑠璃、昨日あなたに投げ捨てられたの忘れてないんだから!!」

「分かった。分かったからちょっと叫ぶのやめろ。マジで頭いてぇから。最悪ここでリバースすることになんぞ」

「ひっ! リ、リバースって……!」


 ルリィは自分の身を抱きながら少し後退する。

 そうだ、それでいい。

 もうこの際お前の決闘は受けてやるから、これ以上俺の二日酔いを刺激するな。

 よく考えたら俺はいま馬の被り物を装着してるんだぞ。

 この状態でリバースなんかしたら自分のゲロで溺れ死ぬことになるわ。


「アンタ、よくあの状況で晩酌する気になったわね」

「学園長から貰った金があったからな。だけど酒と食い物くらいしか使い道がなかったんだよ。全く、美人な姉ちゃんがいる大人の飲食店の一つくらい作ったらどうだ?」

「……ま、アンタはそういう男よね」


 彩夏は呆れを表すように眉間を揉んだ。

 いやいや、実際この迷宮学園は未成年の子供に寄り添いすぎてるためかマジで食い物くらいしか金の使い道ねぇぞ。

 酒を提供してる店も少なかったから探すのに苦労したしよ。


「と、とにかく! 瑠璃はあなたに模擬戦闘を申し込むわ! もちろん引き受けてくれるわよね!?」

「ああ。気は進まねぇが、適当に相手してやるよ」

「……ふーん。随分と余裕なのね。『新世代』筆頭であるこの瑠璃に!」

「当たり前だろ。昨日もダンジョンに潜ってた時に言ったがな、はっきり言ってお前はザコだ。モンスターとの戦闘だろうが対人戦だろうがどっちでも同じ」

「…………」


 ひらひらと手を振りながら、本音を包み隠さず伝える。

 多少のストレス発散も込めて煽り口調で言ったが、ルリィは特に言い返してはこなかった。

 昨日は散々ぶつくさと反抗してたってのに、どうしたんだ?


 ま、どうでもいいか。

 こんなしょうもない模擬戦などちゃっちゃと終わらせて、昼寝でもして二日酔いを癒そう。


「じゃあとっとと始めようぜ。この施設の中に入れば――」

「す、すみません! 私も見学してもいい、ですか?」

「あぁ? ん、お前は……」


 ルリィの後ろから、ぴょこんともう一人ガキんちょが顔を出した。

 身長はどっちもほぼ同じくらい。

 こいつも小学生か。

 金髪のルリィとは対照的に、日本人らしい黒髪のガキんちょ……いや内側に赤いインナーカラーが入ってるな。

 控えめっぽい性格の割に中々派手なヘアファッションだが……こいつどっかで見た記憶がある。


「あ、思い出した! お前は昨日ホテルの前でぶつかった――」

「え?」

「っ。いや、何でもない」


 間違いない。

 昨日ホテル前でぶつかって俺にオススメの焼肉屋を教えてくれた謎のガキんちょだ。


 しかし黒髪のガキんちょは不思議そうに首を傾げていたので、ひとまず誤魔化しておく。

 俺はいま馬の被り物をしてるから顔が判別できないからだろう。

 もし直接顔を合わせれば向こうも俺に気付くかもしれない。 


「ねぇ、本当に心春こはるも来るの?」

「うん。私もダンジョン配信部に興味があって……。あ、もし私がいない方がいいなら大丈夫だから言ってね!」

「いや瑠璃は別にいいんだけど……」


 ルリィはお伺いを立てるような視線で彩夏を見た。

 無言のパスを受け取った彩夏は、確かめるような口調で心春とかいう黒髪のガキんちょを見つめる。


心春こはるは本気でダンジョン配信部の入部を考えているのね?」

「うん」

「そう。なら見学でもしていきなさい……と言いたいところだけど」

「や、やっぱりダメかな……?」

「いいえ。どうせなら心春も参戦してみたらどう? 吉良川きらがわさんと一緒にこの馬をぶちのめすの」

「はぁ!?」


 彩夏がとんでもない提案をしだした。

 コイツなに言ってんの?


「おい彩夏! この金髪メスガキだけじゃなく、そっちのガキんちょのおままごとにまで付き合えってか!?」

「お、おままごと……!?」


 ルリィが何か言いたそうに体に力を入れているが、無視して彩夏を糾弾する。

 だが、当の本人は涼しげな顔で腕を組んだ。


「ええ、何か問題でも? おままごとだなんて言うなら、二人同時に相手すればいいじゃない。そっちの方が手間が省けて楽でしょう? 心春もそれでいいかしら?」

「え、えと、うん! 瑠璃ちゃんがいいなら……」

「る、瑠璃は心春となら構わないけど……ううん。本当は瑠璃ひとりで戦うつもりだったけど、心春も力を貸して! 二人であの馬男に一泡ふかせてやりましょう!!」

「う、うん! 私はあの馬男さんに何かされたわけじゃないけど、自分の力がどれくらい通用するのか……胸を借りるつもりで精一杯頑張るね!」


 黒髪のガキんちょ……たしか心春こはるとか言ってたか?

 あいつも何だかんだ乗り気らしい。

 これで三対一で彩夏の案に賛成した者の方が多くなった。

 ルリィと比べるとかなり控えめな性格のようだが、あの心春ってやつも『新世代』の一人か?

 あんまりガキんちょには興味がなかったから『新世代』の情報は調べてなかったんだが……まあどっちでもいいか。


「はあ、分かったよ。いいぜ。お前ら二人まとめて相手してやるよ……うぷっ。あ"ぁ~……気持ち悪っ……」


 波のように断続的にやってくる二日酔いの吐き気にうんざりしながら、全員で巨大な訓練場内へ入っていった。



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