第15話 生徒から恨みを買いまくる新人教師
彩夏に急かされながら急ピッチで準備を進め、昨日と同じワンボックスカーにぶちこまれた。
今は迷宮学園の校舎が建ち並ぶ『学区』の中を走行している。
車窓からは巨大な校舎や広大なグラウンドの景色が流れていく。
相変わらずでっけぇ学園だなぁ。
俺は後部座席でぼんやりとSNSを徘徊しながら、運転席の女に話しかける。
「それで、今日はなにをすりゃいいんだ?」
「スケジュール上ではダンジョン配信部の活動準備となっているわ。昨日の段階では部室の掃除や備品のチェックをやって貰おうかと思っていたんだけど……少し予定を変えることにしたの」
「あん? じゃあ何すんだよ」
「アンタには模擬戦をしてもらうわ」
さすがにデバイス画面から目を離した。
スケジュール的に意味不明すぎる。
「は? 模擬戦だと?」
「ええ。何でも、どうしてもアンタに一撃ぶちかましてやりたいって子がいてね」
「どこの馬鹿だそいつは。この俺に一撃なんて随分な自信家だな。しかもその言い方だともしかして学園の生徒か?」
「ご名答。それもアンタがよく知っている子。大人気配信者の
「吉良川っつーと……ああ、昨日助けたあのガキんちょか」
チャンネル登録者数百万人を超えるダンジョン配信者『キラキラ☆ルリィ』の本名だ。
その名前を聞いて、昨日の出来事が一気にフラッシュバックしてくる。
昨日は一日の内に色んなイベントが発生しすぎだろ。
今思い出しても二日酔いが見せた夢なんじゃないかと思うくらいだ。
だが、それらは全て現実。
俺は今日から新人の顧問教師にジョブチェンジしたし、新設されるダンジョン配信部とやらにルリィが入部することも決定事項。
しかもまだ部に顔出しすらしてないのに、すでに部活メンバーから恨みを買って復讐の場を用意されようとしているこの状況。
うーん、どうしてこうなった……?
二日酔いで頭が痛いし、体もダルくて重いという超デバフ状態なんだが……。
ま、面倒くせぇ掃除やら備品整理やらよりはマシか?
ズキズキする脳内で思考を巡らせていると、運転席からご満悦といった声色で彩夏が話を続けた。
「今朝私の所に直談判しに来てね。もしあの
「なんで俺と戦いたいんだよ。別に何の得もねぇだろうに」
「得ならあるんじゃない? アンタを殴ったらスッキリするもの。きっと彼女もそれが狙いなんでしょうね。その気持ちはすっごく分かる」
「なんだそりゃ。お前はともかく、別にあのガキんちょには何もしてな――」
「私の注意を逸らすために吉良川さんを投げ捨てたわよね」
言葉を遮るように彩夏が言った。
俺は、唇を真一文字に結んで固まる。
「それだけじゃなく、吉良川さんから聞くところによるとダンジョン内でもぞんざいな扱いを受けたって言っていたわ。防御スキルがあるからって吉良川さんに配慮しない戦闘を行ってたとか」
「そ、それは仕方ねぇだろ。アイツがあのダンジョンの踏破レベルに達してないのが悪い! 俺は悪くないぞ!」
「それも一理あるけど、相手は十歳の小学生なのよ? もう少し配慮ってものがあるでしょう」
「へいへい、配慮が足りずさーせんしたぁ」
適当に謝罪の言を述べながら彩夏の遠回しの批難を受け流す。
こういう無礼な態度をとると普段ならグチグチとしばらく言われるところだが、今回はそれ以上なにも言ってこなかった。
いや、かすかに鼻唄が聞こえてくるから俺がルリィに殴られるのは楽しみにしているらしい。
この女……やはり鬼畜か……!
互いに無言のまましばらく車を走らせていると、おもむろに減速していき、駐車場に入った。
車窓には、まるで巨大なカップケーキのようなドーム状の施設が
「着いたわ。ここが第四訓練場よ」
「これまたデッケェ施設だな」
「当然。この迷宮学園は日本で圧倒的トップのダンジョン探索者養成学校なのよ? 施設はもちろん、設備も授業もダンジョン探索に関するものは全てトップクラスの品質維持に努めているわ」
「やれやれ金持ちはスケールがでかくていいこった。俺みたいな貧乏人にはついていけんな」
迷宮学園に子供を入学させようと思ったらかなりの学費がかかることで有名だ。
それこそ小等部から大学までの教育課程を迷宮学園で済まそうと思ったら、目玉が飛び出るくらいの学費になることだろう。
一般人にはまず払えない額だ。
しかし迷宮学園はあくまでもダンジョン探索者を養成する学校なので、戦闘に適したスキルを有していたり、特異なスキルがある子供は学費免除で入学できたりもする。
特に最近話題の『新世代』とか呼ばれる十歳のガキんちょ供はその典型例。
あいつらは学費は完全免除だし、毎月の生活費も一定額支給されるという特権的な立場で迷宮学園での生活を謳歌しているらしい。
ネット情報だけど。
つまるところ、この迷宮学園に在籍している生徒は大別すれば次の二パターンのいずれかである。
いわゆる超金持ちのボンボンセレブか、モンスターを殺すために生まれてきたような特殊スキルを有したガキんちょか。
「ああ、あとこれ」
彩夏が茶色い布切れのような物を俺に投げた。
手にとってみると、それは見慣れた動物の頭部。
「これは……馬の被り物? なんでお前がこれを?」
「つけときなさい。今回の模擬戦は生配信する予定だから、顔バレするわよ。それに生身よりも馬の被り物でもしてた方がアンタには有利でしょ。ドMな『
「誰がドMだ」
反射的に彩夏にツッコんだが、ぶっちゃけ馬の被り物があるのはありがたい。
顔を晒されなくて済むし、彩夏の言う通り俺の能力的にも有利になる。
早速俺は馬を頭から被り、彩夏と同時に車から降りた。
清涼な外気が体を吹き抜ける。
今日は天気もいいし青空を見上げたなら……ってダメだ。
上向くと頭痛い。
いま一瞬吐きそうになった。
馬の被り物をしながら頭を押さえて二日酔いを鎮める。
端から見たら、頭を抱えて困ったお馬さんに見えていることだろう。
でも誰も俺に優しくしてくれない。
悲しいなぁ。
すると、駐車場の入口の方から少女特有のキンキンとした甲高い叫び声が響き渡った。
「あああぁっーーーー!!! いたわ!! 見つけたわよ馬男ぉおおおおお!!!!」
頭を押さえながら最小限の動きで叫びの主を確認すると、学園の制服に身を包んだ
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