第13話  どこかで見たような少女


 彩夏に迷宮学園まで送ってもらい、学園内に入るとそこは本当に一つの都市のようになっていた。


 学園中央部にはビル群が建ち並ぶ中枢エリアがあり、その周囲を囲うように校舎や娯楽街、ベッドタウンに住宅街などが混在している。

 噂には聞いていたし、画像も見たことはあったが、実際に訪れるとここまで発達しているもんなんだな。

 まさに科学とスキルが融合した新時代の都市と呼ぶに相応しい。


 そんな迷宮学園内を車でしばらく走り、中枢エリアにほど近いベッドタウンのような場所の一角で彩夏が停車した。

 真横には、向こうにそびえ立つビルにも負けず劣らず立派なホテルが俺たちを見下ろしている。


「ここがアンタが泊まるホテルよ。すでにアンタの名前で部屋は取ってあるから、後は好きに過ごしなさい」

「お前はどうするんだ?」

「私はさっきのオフィスに戻って残りの仕事を片付けるわ。まだ解決しなきゃならないことが山積みだもの」

「教師はやること多くて大変だねぇ」

「他人事ね。ふんっ、アンタもいつまでそんな余裕な態度を貫けるか見物だわ!」

「おいおい、俺がそんな面倒な長時間労働なんてするわけねぇだろ? もしそんなこと強要されたら普通に飛ぶぜ?」

「当たり前のようにクズ発言するのやめてもらえるかしら……」


 彩夏は額に手を当てて首を振った。

 俺は呆れ果てる彩夏を笑いながら、ワンボックスカーを降りて膨らんだバックパックを背負う。

 そして車道と歩道を隔てる白色の柵をまたいで運転席に顔を出した。

 すると彩夏はハンドルを握ったまま前を見据えて独り言のように言葉を溢す。


「だけど、久しぶりに会えて良かったわ」

「……なんだ改まって。心配しなくても、焼肉でも食いながらならお前の愚痴でも聞いてやるぞ? もちろん、会計はお前の奢りだがな」

「ふふっ、冗談。アンタなんかに恵んであげる肉はないわ。むしろ大金持ってるアンタが奢るのが付き合いってもんでしょ」

「それこそあり得ねぇな! 俺は人に奢られても奢らねぇって決めてんだ!」

「はいはいクズクズ」


 二人で小さく笑いあうと、俺はおもむろに背を向けて歩き出す。


「じゃあまた後でな」

「ええ。明日からアンタも出勤なんだから、しっかり働きなさいよ。詳細は夜まとめて送るわ」

「どうもー」


 彩夏に背を向けたまま手をひらひらと振った。

 響く車のエンジン音。

 十秒と経たない内に、彩夏は足早に迷宮学園を離れていった。


「……つっても、別にこの後予定があるわけでもねぇんだよなぁ」


 昨日まで無職だった俺は、毎日が自由時間みたいなものだった。

 今日だって本当なら今ごろダンジョンで稼いだ金で豪遊しているはずだったのに、まさか迷宮学園にひとり取り残される事態になるとはな。

 数時間前の俺は予想だにしない状況だ。


「あ、そうだ! 今日ダンジョンで入手した戦利品おとしものの換金にでも行くか? 一応俺が稼いだ金だが……」


 俺のポケットに感じる、確かな重量感。

 分厚い札束の感触。

 遠宮寺からもらった現ナマ三百万の重みが右の太もも辺りに存在を主張してくる。


「このバックパックの中身を全部売っ払ったところでせいぜい十数万くらいか……。なら無理に今から換金しにいく必要もねぇか? それよりもこのクソデカバックパックが邪魔で仕方ねぇから、先にホテル行ってこの荷物だけ置いてった方が良さそうだな」


 普段なら十数万円は大金だが、今の俺は本当の大金を手にしてしまっている。

 三百万もあればやりたいこと大体できるからな。

 この金を使いきってからバックパックの中身は売ることにしよう。


 それよりも腹が減ったな。

 もう空はオレンジ色に染まりつつあるっつーのに、俺はまだ昼飯すら食ってねぇ。

 まずは美味い飯でもドカ食いしてエネルギーをチャージしねぇと。


 はぁ、どっかに美味い焼肉屋でもねぇか探すか!


 そのためにもまずは邪魔なバックパックを部屋に置いていこう。

 俺が再びホテルに向かって歩き出した瞬間――ドンッと体に衝撃が走る。


「ひゃあっ――」

「っと」


 俺にぶつかってきたのは小学生らしきガキんちょだった。

 反射的にガキんちょの腕を掴んで肩に手を回す。

 倒れて怪我をするようなことはなかった。


「おい、大丈夫か?」

「あ、ありがとうございます。よく前を見ていなくてごめんなさい!」

「おう。もう夜になるからさっさと帰れよ」

「は、はい。……あのっ!」


 ガキんちょはじーっと俺の顔を見上げる。

 真正面から相対したため、黒髪ボブの内側に深紅のインナーカラーが入っているのが見えた。

 パッと見は清楚系かと思ったら意外とパンク系なのか?

 身長や体の細さからしてまだ小学生だろうが、最近の子供は進んでんなぁ。


 謎のガキんちょは俺の顔をひとしきり眺めた後、梅干しを噛んだような顔をして早口でまくし立てた。


「こ、ここを真っ直ぐ行ったところに飲食街があるんですけど、そこにお姉ちゃんとよく行く美味しい焼肉屋さんがありますよ! 真っ赤な建物なのですぐに分かると思います! もしよかったら、行ってみてください!」

「あ? お、おう」

「そ、それじゃ、私はこれで! ホントにすみませんでした!」


 最後に深く頭を下げて、ホテルを横切ってたたたっと走っていった。

 一応気をつけているのか、さっきよりは走る速度は少し落としてるみたいだ。


 少し横幅が広い赤茶色の西洋風ランドセルを背負って走る少女の後ろ姿を眺めがら、俺は眉をひそめる。


「あのガキんちょ、なんで急に焼肉の話なんかしだしたんだ? まあ、美味い焼肉屋を探してたからちょうど良かったけどよ。それにあいつ、誰かに似てたような気もするが……まあいいか」


 とりあえず腹が減った。

 ごちゃごちゃとややこしい事は肉を食いながら考えることにしよう。


「おっと、その前にホテルに荷物を預けるのが先だったな。快適なホテルだといいんだが」


 俺のポケットには現ナマで三百万もあることだし、バックパックを置いたらさっきのガキんちょが言ってた焼肉屋でも見に行ってみるか。

 そんで酒でも引っかけて、最後にラーメン屋でもはしごすれば最高の晩飯になるだろう!

 この迷宮学園にはギャンブル施設が一切ないらしいからな。

 そんな環境じゃ飯と酒くらいしか金の使い道はねぇだろう!


 俺はポケットからこんもりと浮かび上がる三百万の心強さを感じながら、夕暮れに照らされるホテルへと足を運んでいった。

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