学園に赴任するクズ

第12話  『迷宮学園』


 ダンジョン探索者専門の巨大学術機関――迷宮学園。


 東京湾の一部を埋め立てて建造した迷宮学園は、学園という名の通りダンジョン探索者を志す学生を幅広く入学させる学校だ。

 しかし、迷宮学園とは単一の学校を指すものではなく、を表す名称である。

 迷宮学園とひとくくりにされてはいるが、その内部ではそれぞれの特色ごとに複数の学校が建ち並んでおり、生徒たちは自分の適正や将来の探索者像を元に最も適した学校を選んで入学する形になっている。

 また、募集している生徒の年齢も幅広く、下は小学一年生から上は大学生までほぼ全ての教育課程を迷宮学園内で完結させることも可能だ。


 迷宮学園はそれだけの学校群が建ち並ぶほどの巨大施設ゆえ、その面積も凄まじく、学校というよりは一つの街と言った方がいいだろう。

 東京湾に建設されていることから、別名『学園都市』と呼ばれるほど学校と都会が融合したような特殊な街並みになっている。


 それほど高度に都市化しているため、生徒の大半は親元を離れて迷宮学園の寮に泊まっているし、働いている大人の連中も基本的に学園側が用意した社宅で暮らしている。

 学園内も様々な娯楽で溢れているし、そこで働く者にとっては本当に迷宮学園の中だけでなに不自由ない豊かな暮らしを実現できるらしい。

 それならばきっと、俺が熱中している娯楽もあるはずだ。

 パラダイスな生活を妄想しながら、運転席の女に問いかけた。


「なあ、迷宮学園ってパチンコある?」

「あるわけないでしょ!! 馬鹿なのアンタは!!?」


 車内がガタンと揺れた。

 運転席に座っているのは、俺にゴミクズを見るような目を向けてきた彩夏だ。

 遠宮寺から迷宮学園までの案内を任され、今に至る。

 現在は東京湾沿岸部から迷宮学園まで架けられた迷宮大橋をワンボックスカーで走行していた。

 車窓からは行き交う車と、東京湾の青い海を一望することができる。


 だが、今はそんな絶景に浸っている場合ではない。


「なんでだよ! パチンコは大人の嗜みだろ!」

「迷宮学園は生徒たちのために造られた場所なの! そんなギャンブル施設なんてあるわけないでしょ!」

「ハッ、つまんねぇ思想だな。パチンコすら打ったことないから代わりに人生でヘタを打つことになる、って言葉知らねぇのか?」

「なによ、そのゴミみたいな名言は」

「俺の持論だ」 

「ちょっと黙っててくれる? 本当に丸焦げにしたくなるから」

「ああ~、ビカビカ光る目に悪そうな烈光と耳に悪そうな爆音に身を浸らせてぇ~……。そんでもって体に悪そうな酒と肺に悪そうな副流煙吸いながら右打ちしてぇ~……」

「やっぱりこいつこのまま東京湾に捨てた方がいいんじゃないかしら」


 彩夏は心底呆れたように言葉を漏らす。


「なんだよ。お前も俺が教師になるのは反対なのか?」

「当たり前でしょ。アンタなんかに生徒を受け持たせたらどんなひねくれた生徒に変貌するか気が気じゃないわ」


 鬱憤を隠す気すらないほど声色に不満がありありと感じられる。

 まあ、俺も自分のことながら教師に向いてるとは思えない。

 三百万の魅力に釣られて反射的に了承してしまっただけだし。

 昨日まで無職だった俺がひょんなことから教師にジョブチェンジとは、まったく人生何が起こるか分からないもんだ。


 ……と、楽観的に状況を認識するのは簡単だが、さすがの俺もそこまで能天気になれるほど呆けてはいない。


「で、彩夏。?」


 車の走行音が、やけにじっとりと響いた。

 彩夏はハンドルを握ったまま、微動だにしない。

 独特の緊張感。

 数秒経過した後、彩夏は一切の感情を消却した声で答えた。


「……まだ私の口からは言えないわ。最大レベルの箝口令が敷かれている、とだけ」

「なるほどね。ま、今回の迷宮省お前らの対応はちと異常だったからな。相応の事態が発生していることは予想できる」

「悪いわね。でも、近い内にアンタにも情報開示されると思うから」

「へいへい、そうですか」


 適当に受け流すと、少し車内の空気が軽くなった。

 息苦しさから解放される。


「ただアンタには感謝しなければならないことが一つあるわ。吉良川さんを救出した直後、よく彼女の配信を切ってくれたわね」

「あ? あ、ああ、まあ何かしら異常事態が起こってるんじゃないかと思ってな。配信なんかしてネットに拡散されたら困ることもあるだろう」


 言えねぇ……!

 お前に発見されるのを恐れたから配信カメラをぶち壊しただなんて言えねぇ……!!

 しかも日頃から廃棄された隠しルートを通ってダンジョンに潜ってるのがバレたら不味いからだなんてもっと言えねぇ……!!!


 俺は内心の動揺を嗅ぎとられないように、平常心を意識して話題を変える。


「聞かねぇのか? さっきのダンジョンで何が起こったのか」

「後日そういった情報共有の場が設けられるでしょうから、そこで話すことになるでしょうね。ただ、学園長は今回の事態をそこまで重く捉えてはいないみたいよ」

「なんでだよ」


 俺のその質問を待ってましたと言わんばかりに、彩夏はバックミラー越しに挑発的な笑みを浮かべる。


「アンタが無事に帰ってきたからよ。吉良川さんを守りながらとはいえ、決してオールラウンダー型とは言えないアンタがで生還できるなら、その程度の異変しか起こっていないってこと」

「……なるほどね。つまり、俺一人で対応できるトラブルなら、他の『FIRST』メンバーなら余裕で対応可能って訳だ」

「そういうこと! だからアンタはいいサンプルになってくれたわ。東京第十ダンジョンで発生した異変の脅威度を推測する、貴重なサンプルにね!」


 彩夏はイタズラが成功したような笑みを俺に向けてきた。

 嫌味のないその笑顔は、俺にとっちゃ最高の皮肉だ。


 俺は視線を外して車窓から東京湾の景色を眺めながら、学園に到着するまで彩夏と互いの近況を語り合った。



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