第10話 アメリカの旧友
隔離結界は目前。
結界にまでたどり着ければ、あとはどうにかなる。
あと少しで、俺はこの東京第十ダンジョンから脱出し、囚われの結界からも脱獄し、収集した
「やっ! 久しぶりだね、シュウ!」
突如、耳もとから聞こえる鬱陶しいくらい爽やかな声。
ふわりと広がる、リラクゼーションを感じる香り。
動けぬまま、俺はガシッと一方的に肩を組まれていた。
脳内の奥底に追いやられていた記憶が、火花を散らす。
反射的に、声の主へ視線を向けた。
異常なくらい整った顔、金髪碧眼、チャーミングな泣きぼくろ。
記憶の中に封じ込まれていた頃よりもいくらか大人びているが、エネルギッシュな若々しさはあの頃から何も変わっていない。
「はぁ……お、お前――ケヴィン!?」
「わあ! 僕のこと覚えててくれたんだ!? 嬉しいなぁ!」
心の底から嬉しさを表すように、ケヴィンはくしゃっと猫のように笑った。
いや。
いやいやいやいやいやいやいやいや!!
んなことはどうでもいい!!
今いっっっっっち番重要なのは、アメリカ選抜の元『FIRST』がなんでこんな所にいるんだってことだ!?
「あはは、なにさその顔! これってあれだよね? 鳩と鉄砲がどうのこうのってやつ」
「鳩が豆鉄砲を食らった顔ってかぁ……? てか、俺の顔は見えねぇだろ!」
「そんなことないさ。ユニークな馬の被り物一つ隔てたところで、僕はシュウの表情から思考まで手に取るように分かるよ?」
……そうだったよ。
こいつに触れられているということは――
パキンッ、と身体の命令系統がジャックされたのを感じた。
体が動かない。
いや、正確には首から下がピクリともしない。
直立した状態で、俺は内心毒づいた。
その気になれば俺の全身を奪い取れるというのに、あえて首から上は自由にしているということは、俺に会話をさせるためだろう。
「僕の能力は知ってるだろう? 触れた動物の行動支配。その副産物として、触れた対象の肉体情報をある程度なら認識することができる」
「超集中したら人間の思考まで読み取れるオマケつきのなぁ」
「今はシュウの表情筋の情報を読み取ったんだ。びっくり仰天! って顔してたね。サプライズは大成功かな?」
「……ったく、邪悪極まりない能力だ」
「力は使い方しだいさ。君だって力の使い方を間違えたことはないじゃないか」
ケヴィンは真剣な表情で、俺と……いや馬の目玉と目をあわせた。
その青い瞳に俺の何が映っているのかは知らないが、コイツに聞きたいことは山ほどある。
俺は一度、咳払いをした。
「それでお前、どうやってここに来た」
「学園長の助けを借りて、ここまで送ってもらったんだ」
「学園長だぁ? ……チッ、あの腹黒女か」
「こらこら、レディーに対してそんなことを言っちゃいけないよ。女性は皆、一輪の花のように接さなくちゃ」
うざったい爽やかボイス&爽やか笑顔で語りかけてくる。
しかも全く嫌みを感じないから余計にムカつく。
この無駄な爽やかさが俺とは対極過ぎてどうにも受け入れられなかったな、と思い出す。
同じパーティーを組んでいたからそれなりに関係性はある。
「実は学園長から、シュウを連れてきて欲しいって頼まれてるんだ。急なお願いになってしまって申し訳ないけど、一緒に来てくれないかな?」
「……嫌だと言ったら?」
「別に何もしないよ。僕はね」
僕は?
なんだその含みのある表現は……と思ったところで、答えの方から突っ込んできた。
ドッと気温が数度跳ね上がる。
「見つけたわよ
「あ、彩夏!?」
し、しまった!
ケヴィンが現れたことに思考がフリーズしてしまって彩夏の存在を忘れていた!
クソッ!
この金髪イケメン野郎はただの時間稼ぎか!!
「他の探索者たちは全員この場から離れさせたわ。さぁ、仕切り直して延長戦といきましょうかぁ? ふふふ、社会人になると色々と我慢しなきゃいけないことが多くってねぇ……久々に全力で力をぶつけられるクズが現れて嬉しいわぁ……!!」
彩夏はひきつった笑顔を浮かべていて、もう明らかにぶちギレ確定。
しかもあのガキんちょを囮に使って逃げたことがさらに火に油を注いでいる。
そしていつの間にか俺たちの周りには人っ子一人いない。
つまり、彩夏がスキルを解放できる環境が整ってしまっている!
炎の魔力は爆発寸前。
深紅の波動が大気を震わせる。
彩夏の周囲はジリジリと焼けつき、一秒ごとに気温は上昇し続け、熱波が馬の頭に吹きすさぶ。
ぶちギレ爆殺確定状態の彩夏を前に、ケヴィンは朗らかな口調で問いかけた。
「で、どうする? このまま僕と一緒にいるかい?」
「はい。片時も離さないでください」
俺の降伏宣言を聞いたケヴィンは、ぱぁっと無邪気な笑顔になった。
いや、これ選択肢ないですやん。
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