第9話  俺は女児でも利用する!


 わざとらしく魔力を体外に放出する。

 さらさらとまとわりつくような黒い魔力が俺の周囲に霞がかった。


「そこまでされちゃあ、俺も全力で相手をしなくちゃならねぇよなァ!」


 刀の切っ先を突きつけて、彩夏の反応を確かめる。

 彩夏はしばし俺と視線を向き合わせた後、小さく笑った。


「アンタこそ本気なのかしら? この私と正面からやり合うつもり?」

「ハッ、えらい自信だな。俺ごときが本気になったところで何の脅威にもならねぇってか!」

「ええ、話にならないわ」

「へぇ、言ってくれるじゃねぇか! だったら久しぶりに試して――」

「だって、アンタは絶対に人を傷つけたりはしないもの」


 ……反応に困ることを言わないでほしい。

 なんだその返答は。

 なんだその真っ直ぐな瞳は。


「自分で言うのもなんだけど、私は特級探索者の中でも上位に位置しているわ。そしてそれはアンタも同じ。そんな私たちが本気でぶつかりあったら、無事では済まないでしょうね。もちろん、私たちの周りにいる人間も含めて」

「まさか、俺ごときをそんなに買ってくれてるとはな」

「事実を言ったまでよ。私は彼我の戦力差を見誤るほど自信過剰じゃないわ。アンタと同じようにね」


 彩夏はつらつらと言葉を紡ぐ。


 チッ、この挑発に乗ってきてくれたら戦闘のどさくさに紛れてとんずらこいてやろうと思ってたのに!

 彩夏の後ろには他の探索者が、俺の隣にはルリィがいるという状況じゃ、攻撃に小回りが効く俺の方が有利だからな。

 アイツの得意技はフィールド一帯を焼き尽くす超全体攻撃。

 その威力は災害級だが、だからこそ敵味方が混在してる環境で使える技じゃない。


 だが、俺の挑発は意図を見破られてるらしいな。


 デバイスを確認する。

 画面に映るのは謎ミスちゃんの配信画面。


 :彩夏呼び!?!?

 :名前で呼んでる……幻聴だよな……?

 :馬のくせに馴れ馴れしいぞ!!!!

 :でも彩夏様も普通に話してるぞ

 :いきなり名前で呼び捨てなんかしたら丸焦げにされる未来しか見えないのに

 :なぜなのですか彩夏様!!?

 :彩夏様ガチ恋勢が発狂してるの草

 :二人はどういう関係なの?


 こっちはこっちで別の話題で盛り上がってるみたいだな。

 てっきり俺と彩夏のバトルが始まることに反応してんのかと思ったら、名前呼びの方ですか。


 まあアイツの活動を見る限りかなりお堅いイメージあるもんなぁ。

 例えるなら、合唱コンクールに向けて真面目に練習しない男子を注意する委員長ポジ。

 杓子定規で生真面目。

 そのうえ正義感も強く、自分も他人も厳しく律する勝ち気な女。

 俺みたいなめんどくさがりとは混ぜるな危険の人種だ。


「お前、俺を聖人君子だとでも思ってんのか? 俺は自分が得することと楽することに関しては手段を選ばない男だぜ?」


 時間を無駄にする訳にはいかない。

 この場に留まり続ければ、必ず増援がやって来る。

 彩夏以外の元『FIRST』のメンバーでも突入してきたら、さすがに勝てる気はしないからな。

 だから目ぼしい脅威が彩夏ひとりしかいない今、俺は勝負に出る必要がある!


「おいルリィ、俺は約束通り無傷でお前を地上まで連れ戻したやったぞ」 

「え? あ、ああ、そうね。どうもありがとうございました」

「あのままダンジョンに取り残されていたら間違いなくお前は死んでいた。それを俺が救いだした。つまり俺はお前にとって命の恩人というわけだ」

「わ、わかってるわよ! だから、ありがとうってお礼を言ったじゃない! まだ瑠璃にお礼の言葉を求める気!?」

「いや、お礼はいい。だがその恩、ちょっといま返してくれ」

「へ?」


 見えないと分かっていながら、馬の裏側で笑顔を向ける。

 同時に、ガシッとルリィの首根っこをつかんだ。

 魔力を全身に行き渡らせ、瞬間的に筋力を増強。


 そして俺は、渾身の力を込めてルリィを彩夏の上空に投げ飛ばした。


「どりゃぁああああああああああああああ!!!」

「ひゃぁあああああああああああああああ!?!?」


 丸めた紙くずをゴミ箱に投げ捨てるがごとく、ルリィは放物線を描きながら空中に放り出された。

 突然の事態に、周囲にどよめきが走る。


「なっ、吉良川きらがわさん!?」


 彩夏はルリィの救出に向かおうと駆け出した。

 たかが数メートルの高さから落下したところであのガキんちょにダメージなんて入らないが、それでもお前は反射的に動いちまうだろう!

 ふっ、俺の予想通りだ!!


「すぐに助けに――はっ、アイツ!!」


 一瞬の隙。

 一秒か、その半分でもいい。

 それだけの時間、この場の全員の注意を逸らすことができれば、あとは逃げるだけだ。


「じゃあな彩夏~! 久しぶりに会えて楽しかったぜ! ま、もう会うこともねぇだろうがな!」


 捨て台詞を吐きながら、俺は周囲を取り囲む探索者連中に突っ込んだ。


「な、なんだ!?」

「馬が来るぞ!」

「戦闘準備だ!!」


 四方八方から色々な攻撃をされるが、俺はそれらを全てかわし、黒刀で防ぎ、網の目を縫うように奥へ奥へと侵入していく。

 こいつらも攻撃がぬるいな。

 精々、二級か一級レベルだろう。

 少なくとも特級探索者はいないから、この程度の人間が何百人集まろうと俺を捉えるなんてムリムリ。

 俺のスキル情報もねぇだろうし。


「くっ! こっちに出てきて私と戦いなさい卑怯者ーー!!!」


 後ろから彩夏の叫びが聞こえてくる。

 悔しがってる表情が簡単に想像できるぜ。

 アイツのスキルはどれもこれも派手な技ばっかだからな。

 大規模破壊には向いてるが、こんな風に敵味方が入り乱れる混戦状態になれば途端に動けなくなるのが彩夏の弱点だ。


「へっへっへ、相手のスキルの情報を知ってるのはお前だけじゃねぇんだよ。俺だって『FIRST』の連中のスキル情報は嫌というほど脳裏にこびりついてるぜ」


『FIRST』での任務中は、基本的にパーティー戦で世界各地のダンジョン攻略に駆り出されていた。

 だから互いのスキルの性質、強みや弱みなどは熟知している。

 特にずっと同じパーティーを組んでいた彩夏なんてスキルも戦闘スタイルも丸分かりだ。


「お、こいつで最後か」


 馬の目玉部分から見える狭い視界で、探索者連中を突破したことを確認。

 そのまま、全力で突っ走る。


 よし、あとはこのまま隔離結界を影打かげうちでぶち破れば脱出成功――――



「やっ! 久しぶりだね、シュウ!」

 


 爽やかな男の声が、突如から聞こえた。



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