第8話  熱すぎる再会


 十年前。

 突如として地球上にダンジョンが出現し、世界中が大混乱に陥った。

 ダンジョンの発生およびその内部から生み出されたモンスターによって全世界で数千万人の死者を出すことになる。

 しかし、七年前を境に死傷者数は急激に減少。

 詳しい理由は公にされていない。

 だが、まことしやかにあるクランの名は広がっていった。


 国際ダンジョン攻略クラン――通称『FIRST』


 世界中に甚大な被害をもたらしたダンジョン黎明期の立役者。

 全世界に出現したダンジョンに対抗するべく、同じく全世界から有望な人材をかき集めた急ごしらえの攻略クランだ。

 『FIRST』に所属していた日本メンバーは九名。

 その中でも最年少の人間が二人いた。

 俺と彩夏だ。

 つまりアイツは俺と同い年……今はお互い二十五の歳か。


 まさかこんな形で十年ぶりの再開を果たすことになるとはな。


「ここはすでに包囲したわ! 武器を捨てて投降しなさい、葛入柊くずいりしゅう!!」


 腰まで届く赤い長髪。

 端正な顔立ちと、キリッとしたつり目。

 しかも巨乳。

 黒いレディーススーツを身にまとっていて、いかにも社会人然とした格好だが、無駄にスタイルが良いせいで妙なエロスも感じる。

 まあゲスい目線で見なければ、規律を遵守するようなキャリアウーマンといったところか。

 深夜のコンビニに酒を買いに行った時のままの服装で来た俺とは正反対の格好だ。


 目の前で仁王立ちする女は十年前と何も変わっていない……いや、さらに凄みを増した正真正銘の『炎姫えんき』だった。


「……やれやれ、マジかよ」

「ひ、火室ひむろ先生!?」


 多方面から何重にもスポットライトを浴びながら、俺は内心、悪態をつく。

 想像以上に準備が速い。

 いや、速すぎると言ってもいい。

 ……なーんかきな臭ぇな。

 こういうきな臭いイベントはとっとと退散するのが一番だ。

 間違っても首を突っ込もうなんて思っちゃいけない。


 俺は無言で、ルリィは彩夏の登場に安堵した様子で、『炎姫えんき』の出方をうかがう。

 ざっと見た感じ、俺たちはすでに包囲されている状況。

 大将は彩夏だろうが、周りには同じような高階級の探索者たちが控えている。

 その内の一人が、彩夏の傍に寄った。


火室ひむろ特級。我々の拘束スキルで無力化しますか?」

「……いえ、それは止めておきましょう。拘束という手段はアイツにはですから」

「拘束が逆効果? それはどういう……」

「貴方たちは万が一に備えて臨戦態勢をお願いします」


 思わず笑みがこぼれる。

 拘束スキルを使うのは逆効果だと? 

 ハハッ、よく分かってるじゃねぇか。

 ま、『FIRST』にいた頃は三年間も世界中のダンジョン攻略を共にした仲だ。

 俺のスキルは隅々まで把握してるってことね。


 彩夏は部下の探索者を後ろに控えさせた後、おもむろに俺に腕を伸ばして手のひらを向けた。


噴火炎ボルケーノ


 瞬間、彩夏の手から炎と溶岩が入り交じった灼熱のビームが俺のすぐ右の空間を焼き払う。

 周囲の空気が一瞬にして熱せられ、爆風にバタバタと馬の顔が揺さぶられた。

 ルリィもすっとんきょうな叫びをあげながら頭を抱えて身を守る。


「これは警告よ! ただちに武器を捨てて投降しなさい!」


 俺の後ろを見てみると、彩夏が放った噴火炎ボルケーノはダンジョンの外壁に衝突し、丸焦げのクレーターを形成していた。


 相変わらずのバカげた火力だ。

 とはいえ、今の攻撃は明らかに威嚇だった。

 だから俺も動かなかったわけだが……アイツ本当にこの場でやり合うつもりなのか?

 え、それはちょっと怖いんだけど。


「……おいおい、いきなり随分なご挨拶じゃねぇか。あ~あ、迷宮省が管理してるダンジョンにこんな焼け跡つけちゃって」

「ダンジョンは自動修復するから問題ないわ。粉々に破壊したわけでもあるまいし」

「そんな話はしてません~! 俺はモラルの話をしてるんですぅ~!」

「アンタなんかにモラル云々を説教される筋合いはないわ! 一番モラルに欠けてるのはアンタでしょうに!!」


 目を尖らせながら激昂する彩夏。

 全く、こういう所も変わらねぇな。

 アイツにはぜひともアンガーマネジメントをオススメしてやりたい。


 怒りを抑えるためか、膠着状態を破るためか、彩夏は不意に意味深な笑みを浮かべた。


「フッ、どうあっても大人しく捕まる気はないみたいね。だけど、アンタがその気ならこっちにも考えがあるわよ?」


 彩夏はパチンと指を鳴らした。

 それと同時、彩夏の真後ろに停車していた黒いミニバンが勢いよく開けられ、中から一人の女が全力ダッシュしてきた。


「皆さん! 私は例の東京第十ダンジョンの側面にやって来ております! たった今、火室先生の許可が出たのでくだんの謎の馬男についてリポートを始めたいと思います!!」


 ブレザータイプの制服を着用した眼鏡っ子。

 あいつ、どこぞの学生か?

 いや、いま重要なのはそこじゃない。

 手に持っている大きな配信カメラ。

 空中にも三台ほど魔力式の配信カメラが浮かんで俺たちを撮影している。


「アイツは……」

「あ、あの人、都市伝説系ダンジョン配信者の『謎ミスちゃん』さんだ! わぁ、本物!?」


 ルリィは有名人にあった一般人のように無邪気に飛び跳ねて喜んでいる。

 さっき彩夏の噴火炎ボルケーノにビビってたのに、感情がコロコロ変わるガキんちょだな。

 いや、今はコイツはどうでもいい。

 ……謎ミスちゃんか。

 俺も聞いたことがある名前だし、ダンジョン配信界隈ではルリィとは別ジャンルの有名人だ。


 俺はデバイスを開いて謎ミスちゃんのチャンネルを開き、最新の動画を確認する。

 それは生配信の映像で、まるで追い詰められた凶悪犯さながらにスポットライトを浴びた馬男とルリィの姿が映し出されていた。

 同接も十万人に達するかというところ。

 

 :あの馬がいるぞ!!

 :ルリィも生きてる!!!!

 :てかここどこ?

 :東京第十ダンジョンの側面らしい

 :火室特級の炎攻撃えぐすぎ

 :これで出力の一%もないらしいからマジの化け物


 コメントも次から次へと表示されていく。


 キラキラ☆ルリィのチャンネルでは配信カメラを破壊することによって強制的に俺の姿を公開されないようにした訳だが、今度は謎ミスちゃんのカメラで再び馬男が生配信されている。

 しかも今回は暗闇の中で多くのスポットライトを浴びているような状況。

 一見すれば何かのミュージカルでも行っているのかと勘違いしてしまいそうだが、これは紛れもない現実。

 リアルガチである。


「この子は私の学園の生徒よ。このまま抵抗を続ける気なら、そのふざけた馬の頭をむしり取って、アンタのご尊顔を謎ミスちゃんに配信してもらおうかしら?」

「彩夏。お前それ、本気なのか?」


 こうなると俺も真剣にこの場を逃げなければならない。

 俺は自らの魔力を練り上げる。

 ゆっくりと黒刀を構えた。


 その切っ先は、彩夏の首もと。


「そこまでされちゃあ、俺も全力で相手をしなくちゃならねぇよなァ!」


 この場から全力で逃亡するため、俺はフルスロットルで魔力をたぎらせる。


 彩夏は動じず、ただじっと俺と目を合わせていた。



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