第7話  裏の裏


 ルリィが出した光の球体を俺たちの数メートル先に走らせ、坑道のような隠しルートをまっすぐに進んでいく。

 もうすでに廃棄されたルートであるため整備や清掃などはされておらず、地面はガタガタだしところどころ異臭も漂ってくるが、モンスターへの警戒は必要ない。

 そもそも人ひとり通るのがやっとというくらいの幅しかないから、モンスターは入り込みようがないと言った方がいいだろうか。

 さっきから俺が背負っているパンパンのバックパックがズリズリと狭い壁をこすってるくらいだからな。

 ルリィが閉所恐怖症じゃなくて助かったぜ。


 しかし、慣れていない不安定な足場で走らせるのは危険だ。

 さらに地下にある第五階層から地上へ続く道であるため、かなりの急勾配。

 徒歩というよりは登山の方が近いが、ルリィは息を切らすこともなく俺の後ろを遅れず着いてくる。


「ねぇ、ここって通っていいの? 関係者以外立ち入り禁止とかじゃないの?」

「一応はそうだが、今はそんなこと言ってられねぇだろ。より安全なルートがあるなら、そっちを選ぶのが最善だ。こんな事態になってるんだから、後で謝ったら許してくれるさ」

「うぅ~、また火室ひむろ先生に怒られるのかなぁ……」


 俺は最初からこの隠しルートを使って地上へ脱出するつもりだった。

 ルリィの配信カメラを壊したのは、このルートの存在を公にするわけにはいかなかったからだ。

 せっかくの俺のショートカットルートだってのに、世間にバレたら確実に閉鎖される。

 ……後付けじゃないぜ?


 それに通常のダンジョンの出入口から脱出すると彩夏あやかが待ち伏せしている可能性があるからな。

 仮にこの極秘ルートの方で張ってたとしても、最速でも二時間ほどかかる十階層分もの移動を三十分で済ましている。

 これは記録的な攻略速度だ。

 さすがの彩夏あやかも、このスピードにはついてこれまい。

 もし仮にすでにこのダンジョンに到着していたとしても、別の隠しルートの出口に張り込んでいるはずだ。

 実はこの隠しルートは下層の第十二階層と中層の第八階層にも存在している。

 こっちは現在も迷宮省によって正式に管理・使用されている隠しルートだが、俺はあえてそれをスルーした。

 怠惰な俺なら楽なルートに飛びつくと考えているだろうからな。

 俺はその裏をかいて、この第五階層に続く廃棄された隠しルートを選んだのだ!

 我ながら完璧な戦略!

 このガキんちょを地上に連れ出したら、あとは隙を突いてとんずらこけば一丁あがりだ!


 馬の被り物の下でニヤリと笑うと、後ろから再び声をかけられる。


「それと、さっきから気になってたことがあるんだけど」

「何だよ。俺の素性は答えねぇぞ」

「知ってる。そうじゃなくて……なんでずっと馬の被り物してるの?」

「…………」

「最初は瑠璃の配信に顔が映るからっていう身バレ防止のためかと思ってたんだけど、今は配信してないんだから被り物なんかしてたら戦いにくいでしょ。それとも、瑠璃に顔を見られたくないから?」

「……まあ、それもある。てかそれしかない。お前に顔を知られたら色々と面倒くさそうだしな」

「はぁ!? なによそれ! 瑠璃がめんどくさい女だって言いたいわけ!?」


 まあ、めんどくさいガキんちょであるとは思っている。

 スキル面も精神面もまだまだ未熟で、命のやり取りをするような場面では何も使い物にならない。


 とはいえ、俺がずっと馬の被り物をしている理由は別だ。

 単純にだから被ってるだけなんだが……詳細を説明する気はない。

 どうせ今日限りの関係だしな。

 地上にさえ戻れれば、二度と関わることはない。


「お、空気の質が変わったな。地上への出口が近いぞ!」

「ほんとっ!?」

「ああ、もう少しだ」

「早く出ましょう! こんな汚いところ、一秒でも早く抜け出したいもん!」


 ルリィの正直な本音に後押しされるように、俺は足の動きを速める。

 と、ついに出口が見えた。

 かすかに覗く外の景色。

 その景色に手を伸ばすように急勾配を登っていくと――――ついに、地上に足を踏み入れた。


「よしっ! これで地上に帰還――」


 とたんに包み込まれる、澄みわたるような空気。

 しかしその瞬間、違和感を覚える。

 その理由は明白だった。

 地上に出て立ち尽くす俺の後ろから、かん高い歓声が鼓膜を突いた。

 が、その声色は早々に困惑へと移り変わる。


「やったー! 地上だぁー……って、なにこれ……? 外が、暗い? さっきまでお昼だったのに、いつの間に夜になっちゃったの!?」

「いや違う。これは……隔離結界だ」


 その名の通り、何らかの対象を外部に漏らさないよう隔離する結界。

 このダンジョンを中心に少なくとも半径五百メートル圏内は上空を覆う巨大なドーム状の結界に包み込まれている。

 結界の強度は基本的に魔力の量に比例するが、この隔離結界に使用された魔力量は桁外れだ。

 夜と錯覚するほどの暗さ。

 この暗さは、可視化された魔力そのもの。

 迷宮省が抱える戦略級の兵器でも運用したのか……あるいは人外の魔力量を有する何者かが張り巡らせたのか。

 俺の直感は後者だと告げていた。


「ね、ねぇ。これ、どうすればいいの?」

「この暗さは魔力によるものだから心配はない。多分近くに職員か探索者がいるはずだから、そこに駆け込めば――」


 バンッ! と重低音が響いた。

 瞬間、俺の、いや俺たちの全身が白い光線に照射される。

 これは、サーチライト!?

 俺の思考を追い越すように、バババババ! と四方の物陰からサーチライトによる同様の光線が暗闇から俺たちを浮き彫りにした。


「きゃあああ! なに! 今度はいったいなんなの!?」

「……こりゃあ不味いかもなぁ」


 俺の呟きを肯定するように、正面から一人の女が歩き出してきた。

 うっすらと輪郭が滲むシルエット。

 その姿を見ただけで、何者なのかを理解できてしまう。


「ここはすでに包囲したわ! 武器を捨てて投降しなさい、葛入柊くずいりしゅう!!」


 俺たちを周到に包囲した女――火室彩夏ひむろあやかは、赤い魔力を弾けさせながら叫んだ。




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