第11話 ダンジョン配信部の顧問教師になる?
激怒した彩夏から逃れるため、ケヴィンに完全降伏を申し出た。
その後、怪しげな黒のワンボックスカーの後部座席に乗せられた俺は、どことも知れぬ場所に連行されている真っ最中だ。
両脇には二人の特級探索者。
俺の左腕はケヴィンが、右腕は彩夏がしっかりと掴んでおり、もはや逃げ場はない。
車は謎の施設の地下駐車場に入ると、ブォン! と何かが変わった。
いや、別に車内は何も変わっていない。
だが、空間をねじ曲げたような違和感を確かに覚えた。
例えるなら、エレベーターで上から下に降りる時のような、身体の内側から滲み出る浮遊感が近いだろうか。
俺はこの感覚をよく知っている。
「着いたみたいだね。それじゃあ出ようか、シュウ」
ケヴィンはガラガラと車の扉を開き、俺は半ば強引に降ろされる。
しかし、俺の周囲に広がっていたのは、コンクリートに囲まれた薄暗い駐車場ではなかった。
床にはカーペットが敷かれており、清涼な空気、そして明るいLED。
正面には複数のデスクとパソコン、そして部屋の最奥に丸眼鏡をかけた美魔女が座っている。
部屋の中央まで歩かされた俺は、彩夏に荒々しく馬の被り物を剥ぎ取られた。
俺の素顔があらわになった瞬間、周りにいた黒スーツの人間供――恐らく迷宮省職員――に、どよめきが走る。
目の前に座る女は、くつくつと愉しそうに笑った。
「やあやあ、お久しぶりだね。実際に会うのは七年ぶりかな、葛入君?」
「……チッ、やっぱアンタかよ」
「アンタではなく、
「はいはい、それで何の用ですか学園長様?」
転送魔法。
それを利用してこの謎のオフィスに飛ばされたのだと理解した。
魔法は理論上、人の身では行使不可能なものとされている。
しかし、その常識を覆す逸脱者が世界で一人だけ存在していた。
この美魔女――
人類唯一の『魔法使い』であり、ダンジョン探索者専門の学術機関『迷宮学園』のトップ。
忘れられるはずもない。
こいつもかつての同僚の一人……『FIRST』の元メンバーだ。
遠宮寺は、貼り付けたような胡散臭い笑顔で俺を指差した。
「単刀直入に言おう。葛入君、キミは私の学園で新設するダンジョン配信部の顧問教師になりたまえ。他でもない、元『FIRST』である君なら適任だろう?」
ぽかん、と呆気に取られる。
この女……なんつった?
俺に教師になれだと??
「はぁ? やるわけねぇだろバーカ! 教師なんてクソブラックな仕事誰がやるかっての! あんなもんやりたい奴にやらせときゃいいんだよ!」
「たしかに教師は大変なことも多いが、キミに頼みたいのは部活の顧問教師だ。生徒のスキルに関連する業務のため特殊教員免許を発行するが、その実態は外部顧問のようなものに近い。つまり、ダンジョン配信部の部活中だけ生徒の面倒を見て貰えればいい。平日はせいぜい四時間ほど、月間労働時間も百時間ほどだよ」
「ハッ、んなこと信用できるかよ! そもそも俺なんかに教師が務まると本気で思ってんのか? 頭沸いてんの?」
「そうかい? キミならば適任だと思うんだが。ちなみに、ダンジョン配信部の生徒が配信を通して売り上げた金額は、その一部を迷宮学園に納める契約になっている。葛入君が顧問教師を引き受けてくれるなら、特別ボーナスとしてダンジョン配信部に所属している生徒の売上の一%をキックバックしようと思っているよ。もちろん、基本給とは別にね」
「一%のキックバック……?」
もし月に百万売り上げたら一万円。
一千万売り上げたら十万円。
一億円売り上げたら……月百万円!?
これは結構美味しいんじゃねぇのか……!?
月一億の売り上げは少し非現実的だが、迷宮学園には有名配信者がゴロゴロいる。
そいつらを上手く丸め込んでダンジョン配信部に引き入れれば、少なくとも月一千万の売上は堅い!
「……いやいや、ちょっと待て。落ち着け、冷静になれ俺。そもそもダンジョン配信部とやらにどんな悪ガキが入ってくるか分かんねぇから、キックバックの金以上に面倒事が巻き起こったら意味ねぇだろ!」
「部の新設を決定はしたが、まだ正式に部活として活動をしているわけではないからね。そんなに心配なら、新入部員に関することは葛入君にある程度の裁量権を与えようじゃないか。それと現時点では
吉良川瑠璃って……ああ、さっきの生意気なガキんちょか。
え、アイツいんの?
うわぁ、なんかめんどくさそ~……。
いや、ちょっと待てよ?
アイツは登録者百万人を超えている有名なダンジョン配信者だ。
恐らく月収は数百万はあるはず。
めちゃくちゃ少なく見積もっても月収百万は絶対にある。
つまり、あのガキんちょが部員になるってことは俺に毎月一万円以上のキックバックが保証されることと同義。
「……いや、いやいやいやいやいや! 俺は騙されねぇぞ! そんな都合のいい仕事があるわけがねぇ! 俺は絶っっっ対に顧問教師なんてやらないからな!!」
「それは残念だ。うちで務めてくれたらお祝いとしてこれを進呈しようと思っていたのに」
「お祝い?」
遠宮寺は下に置いてあったカバンから、長方形の紙束をデスクに置いた。
俺は猫のような目で固まる。
「祝い金の三百万だ。この場で顧問教師を引き受けてくれるなら、このお金はキミに――――」
「やります!!!」
神速で遠宮寺との距離を詰め寄り、片ひざをついて彼女の手を両手で握る。
それはまるで、姫様に忠誠を誓う騎士のような構図。
異なる点があるとしたら、両者の間にデスクが横たわっていることと、握った手の真下に生々しい三つの札束があることだけだ。
遠宮寺は眼鏡の奥で目を細める。
満足そうな笑顔になっていた。
「それは良かった! では早速、このまま迷宮学園の方に向かってくれたまえ。良いホテルを予約してある。今日は学園内で泊まるといい」
「はい!! ご厚意誠にありがとうございます!!!」
俺は最大限の感謝を申し上げて、厳かに三百万円を頂戴した。
後ろから彩夏のドブを見るような視線が突き刺さるが、三百万の前ではその蔑視すら心地よい。
こうして俺は、ダンジョン配信部の顧問教師にジョブチェンジすることとなった。
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