第5話  現実を教えてやる


 まるで地中を泳ぐサメの背びれのように床を砕きながら迫り来る、ミノタウロスの斬撃。

 鋭利な致死の一撃を黒刀で受け止める。


「ぐおお、中々の威力……!」


 ギギギ……、と鍔迫り合いのように拮抗するが、徐々に俺の体は後ろに押される。

 せいぜい魔力でちょこっと身体強化してるくらいだから、やっぱこの斬撃に押し勝つのは無理みたいだ。

 それならそれでやりようはある。


 斬撃を受け止める黒刀を僅かに右にずらし、弧を描くように刀の重心を半回転させる。

 それと同時、流れるように斬撃の側面から後方にかけて思い切り力を加え、斬撃の軌道を直進からわずかに右にずらした。

 俺の真横を凄まじい速度で過ぎ去ると、


「きゃああああああああああ!!?」


 ズバァァン! と鋼鉄を打ち付けるような音が後ろから轟く。

 振り返ると、ルリィがへたりこんでガタガタと身を震わせていた。

 バッキバキに固めた防御スキルが、ルリィの周りでキラリと光る。


「あちゃあ~……ギリギリ命中しちゃったか。南無三」


 斬撃は俺を通過したあとルリィに直撃し、さらにその奥のダンジョン壁面に巨大な亀裂を刻み込んだ。

 ルリィの防御スキルに遮られたからか、斬撃の威力はかなり低減している。

 本人はめちゃくちゃビビってるが、あのガキんちょは無事そうだ。

 俺は刀を肩で担ぎながら、意識をミノタウロスに戻す。


「狭い一本道だとやっぱ戦いにくいな。だがミノタウロス亜種も俺の知ってる魔法性能だったのは不幸中の幸いか」


 ミノタウロスは斬撃を飛ばす魔法を使用するが、斬撃の軌道を操ることはできない。

 斬撃を発生させる魔法と、斬撃を操る魔法は別物だからだ。

 この両方の魔法を繰り出してくるモンスターもいるが、それはミノタウロスよりも上位種だ。


 まあ、ギリギリルリィに命中してしまったのは仕方ない。


「グゴォォオォオオオアアアアア!!」


 さっきの一撃で終わると見込んでいたミノタウロスは怒りの咆哮をあげた。

 そして再び巨大斧を振りかぶる。


「また同じ攻撃か? ったく、芸がねぇなァ!!」


 追加の斬撃が放たれる前に俺は手にしていた黒刀を逆手持ちに切り替え、投げ槍の要領で投擲した。

 狙いはあのデカブツの首もと。

 俺が刀を手放すとは思わなかったのか、ミノタウロスは意表を突かれたように表情を変える。

 しかし即座に攻撃モーションを中断し、握っていた斧を盾にして俺の刀を弾き返した。

 ガキィン! と、かん高い金属音が響く。

 ミノタウロスは頭部と胸部を隠すように盾にしていた斧を下ろした。

 奴の視界が開ける。

 その牛の目玉にはきっと、予想外のものが映っていたはずだ。


「よう、斬撃遊びは楽しかったか?」

「グゴォアア!!?」


 ミノタウロスの体調、およそ四メートル。

 俺はそのさらに上、ミノタウロスの頭上に跳躍していた。

 今しがた斧で弾かれた我が愛刀を空中でキャッチ。

 五秒未満の攻防。

 だが、それだけの時間が稼げれば十分だった。


「ユニークスキル――――影打かげうちッ!」


 手にしていた刀を振り下ろす。

 刀身はミノタウロスの首筋にすうっと滑り込み、さらに俺の自重じじゅうも付加される。

 斜めに肉体を切り裂いていく。

 左の首筋、胸、右の脇腹、そして最後にくうを切った。

 袈裟斬り。

 斜線に体を切断されたミノタウロスは、うめき声をあげながら黒い霧となって消えた。


「ふぅ。これで一丁上がりっと」


 十四階層へと続く階段の踊り場には、拳大こぶしだいの赤黒い魔石がごろんと転がっていた。




 ◇  ◇  ◇




 ミノタウロスの魔石を回収してほくほく顔で戻ると、いきなりルリィに胸ぐらをつかまれた。


「ちょっとどういうこと!? 瑠璃に攻撃当たったんだけど! ミノタウロスの飛んできた斬撃がバァーン! って瑠璃に当たったんだけど!!」

「うるせぇな。だから全身全霊で防御を固めろって言っただろうが。中途半端な防御スキルじゃ簡単に砕かれて体が真っ二つになるからな」

「なっ……! そ、それはあなたが守ってくれるんじゃないの!?」

「はぁ? 誰がそんなこと言ったよ」

「だって攻撃は任せろって……」

「だから攻撃はしたし、一発でミノタウロスも倒したろ」

「そ、それは瑠璃を安全に地上に連れ戻してくれるってことじゃ――」

「アホか。んなことできるわけねぇだろ。お前ザコなんだから」

「ザッ……!!」


 ルリィはカッと体が赤くなる。

 なんでこいつキレてんだよ。

 まさか『新世代』筆頭の肩書きに浮かれて自分を世界最強だとでも錯覚してたのか?

 やれやれ、普段はメスガキ口調の生意気な口ぶりで配信してるってのに、まだまだガキんちょってことだな。

 現状を何も理解していないルリィにため息を吐きつつ、順序だてて丁寧に状況を把握させてやる。


「お前、このダンジョンの踏破レベルがいくつだと認識してる」

「東京第十ダンジョンは踏破レベルAでしょ」

「それは昨日までの話だ。今は違う。さっきのミノタウロス亜種が転送されてきたことから、踏破レベルはSSクラスに昇格したと考えた方がいい」

「だ、SSっ!?」


 踏破レベルSSは特級、または一級探索者しか入ることが許されない危険なダンジョンだ。

 しかも一級レベルじゃ普通に死人が出るし、特級でも油断すれば命を落とすことだってある。

 それくらいの知識はさすがに知ってるだろう。


「で、お前の探索者階級はいくつだ?」

「…………二級」

「そう! つまりお前にこのダンジョンは早すぎるどころか入った瞬間二分で即死レベルってわけ! まだここはモンスターの強さに偏重したダンジョンだからマシだが、トラップ偏重型のダンジョンだったら二秒で死んでると思え! 分かったか!!」

「…………」


 事実、かつて俺が所属していたクランのパーティーでは、こんなことにはならなかった。

 何故なら、パーティーメンバー全員が規格外の能力を有していたからだ。

 単純なスキルレベルで見たら、恐らく俺は最弱だっただろう。

 だからこそ、パーティー最弱の俺がどれだけ好き勝手暴れようが、他の奴らが完璧にフォローしてくれたおかげで楽にダンジョン攻略を行うことができた。

 だが、このガキんちょは能力不足もいいとこだ。

 俺たちの水準で見れば、せいぜい素人探索者に毛が生えたレベルでしかない。

 少し厳しい物言いになるが、ここでしっかりと現実を分からせておく必要がある。


「いいか。俺の指示通りに動けば無傷で地上には戻してやる。だが道中の安全性は保証しない。ここまで言えば理解できるか?」

「…………はい」

「分かればよろしい! んじゃ、さっさと中層に向かうぞ。チンタラしてたら地上に出た瞬間アイツに取り押さえられそうだからな」


 アイツというのは、もちろん火室彩夏ひむろあやかのことだ。


炎姫えんき』だとか大層な二つ名まで付けられたバケモン探索者だから、本気でやりあうと面倒くさい。

 しかも昔からアイツは何かと俺に突っかかってきた。

 正義感が強いアホみたいな真面目ちゃんだ。

 俺とは根っこから反りが合わんタイプ。

 そんな奴からはさっさと逃げないとな。


 俺はルリィに発破をかけ、十四階層へと上っていった。



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