第4話  転送魔法陣


 ダンジョンを駆ける。

 東京第十ダンジョンの第十五階層。

『下層』と称されるほどの深部だが、これほど地下に潜れば地上の光など届くはずもなく、各通路に等間隔で設置されたランプの光だけが頼りだ。

 ランプの照明に合わせて、明るい、と、薄暗い、を交互に味わいながら、一本道の通路を走っていく。


 周囲を警戒しつつそれなりの速度で走っているが、ルリィは苦もなく後ろを着いてきていた。 

 こいつが持っている速度特化のユニークスキル『スピードスター』の影響だろうか。


 モンスターも現れず、ただ二人でダンジョン内を走るだけ。

 ルリィは恐怖から退屈に感情が移ったのか、腫れ物に触るように声をかけてきた。


「あ、あの、あなたは誰なんですか……?」

「俺の話聞いてなかったのか? 個人情報は答えねぇつったろうが」

「あ、ごめんなさい。えっと、だけどあなたは特級探索者……ですよね?」

「ハッ! こんな馬男が探索者階級最上位に君臨してらっしゃる特級探索者に見えんのか? 特級レベルになれば全員、顔も名前もメインスキルも公表されてんだろうが。その中にこんな馬面うまづらの奴はいなかっただろ」

「それなら、今は何級なんですか? それくらい答えてくれてもいいでしょ!」

「何級もクソもねぇよ。そもそも俺は探索者じゃねぇし。……今はな」

「今は? てことは、昔は――」

「止まれ」


 俺は手を伸ばして会話ごとルリィを制止し、急停止する。

 しかしルリィは慣性を殺しきれず俺の背中にぶつかった。


「ふぎゃ! ち、ちょっと! なんで急に止まって……」

「見てみろ」


 眼前には、第十四階層へと続く螺旋階段があった。

 その階段を進んだ先、広い踊場の壁面に直径五メートル以上の青い魔法陣が煌めいている。


 その光景を見てルリィが叫ぶ。


「あれは……転送魔法陣!?」


 ビンゴ。正解だ。

 まだ十歳なのによくお勉強してるなと褒めてやりたいところだが、そう気が抜けるような状況でもない。


 転送魔法陣は文字通りモンスターやら何やらが転送されてくる魔法だ。

 そして何より問題なのが――転送されるモンスターが不明であること。

 昔とあるクランで活動していた頃はバカみたいにハイレベルなダンジョンにばかり潜っていたからか、転送魔法陣から普通にSSS級のモンスターとか出てきたりしたからなぁ。


「下層から中層に向かうまでのルートは一つしかない」

「……そ、それじゃあ」

「ああ、戦うしかねぇな。さて、何がお出ましなのかね」


 ここは直通の一本道でスペースが狭いからやりにくいが、SS級くらいまでなら何とか対処できるだろう。

 俺たちの魔力に反応したのか、転送魔法陣がぐるぐると回転し始める。

 起動した合図だ。

 ダンジョン内の転送魔法陣は人間の魔力をトリガーとして発動するが、発動速度は魔法陣が感知した魔力濃度に比例する。

 感知した人間の魔力が少なければゆっくりと、濃密な魔力を浴びれば即座に魔法陣が起動し、ほぼノータイムでモンスターが出現するわけだ。


「二十メートルは離れてるはずなんだが、思ったよりも起動スピードが速いな……」


 理由は分かっている。

 原因はルリィの魔力量と濃度だ。

 俺はもともと魔力量はさほどない上に魔力制御で体外に放出する魔力をほぼゼロにしているが、ルリィの魔力はダダ漏れ。

 いや、これでも最低限の魔力制御はしてるんだろうが、そもそも魔力量が多すぎる。

 だから距離を取っても魔法陣の発動速度が速い。


 転送魔法陣はルーレットのように回転する。

 ルリィはごくりと唾を飲み込んだ。

 俺は馬の楕円形の目玉から魔法陣を覗く。

 やがて、それは現れた。


「グゴォォォオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 浅黒い鮫肌、ハルバードのような二双の黒角、そして牛の頭部と人型の肉体。

 破裂せんばかりに膨張、発達したバカみたいな全身の筋肉。

 ただでさえうるせぇ咆哮が狭い通路に反響して余計にうるせぇ。


「な、なにあれ!? またミノタウロスなの!?」

「いや、ミノタウロスの亜種だな。肌が黒く変色してるだろ。ありゃ通常のミノタウロスよりも魔力濃度が高い証拠だ」


 ランクにしてS+級ってところか?

 見た目は凶悪だが、あれくらいなら問題ない。


「おいルリィ。お前はここで待機だ。移動速度に回してた魔力も全部防御スキルの補強に回せ。文字通り、お前の全ての魔力を使って全身全霊の防御を固めろ」

「わ、わかった。あなたは?」

「パパッと片付けてくる」


 それだけ残して、俺は黒刀を構えて地を蹴った。

 ミノタウロスは突撃してくる俺の姿を凶悪な瞳で捉え、嗤う。

 転送魔法陣から引っこ抜くように巨大な斧を振りかぶったミノタウロスは、勢いよく地面に叩きつけた。


「ガグァァアアアアアアアアアアア!!」


 飛翔する斬撃。

 ミノタウロスがよく使う得意技の魔法だ。

 発生させた斬撃は第十四階層へと続く入口の階段を粉砕しながら俺に襲いかかる。


「階段まで直通だから避けれねぇか。なら、受け止めるしかねぇなあ!」


 俺の黒刀とミノタウロスの斬撃が衝突する。

 その瞬間、ダンジョンを揺るがすほどの轟音が衝撃波となって響き渡った。




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