第2話  キラキラ☆ルリィの生配信


 拳大こぶしだいの撮影デバイスを空中に浮かせ、内カメを起動させる。

 デバイスはカメラの起動と同時に瑠璃るりの目の前に淡いホログラム画面を投影した。

 そこには可愛い猫ちゃんのイラストと配信開始のカウントダウンが表示されている。

 カウントダウン、九、八、七、六――


 もうすぐ配信が始まる。

 ほっぺをむにむにと揉んで気合いを注入。

 ニヤニヤ笑顔で、甘ったるい猫なで声を意識する。


 五、四、三、二、一、ゼロ――――


「みんな~見ってる~? 今から配信開始しまぁ~すぅ!」


 :ルリィたそきた

 :待ってた!

 :見てるで ずっと

 :いきなりキモくて草


 配信開始と同時に、コメントがパパパッと表示されていく。

 いつもと同じくらいか、ちょっと速いくらいのコメントのペースに内心嬉しくなるけどそれは悟らせない。


「みんなぁ、いまルリィがどこのダンジョンの何階層にいるかわかるぅ? ほらぁ、スカスカの頭で考えてぇ。もしドンピシャで当てられたらぁ、これからみんなのこと『お兄ちゃん』って呼んであげよっかなぁ~?」


 :なんやて!?

 :お兄ちゃん!?

 :お前ら絶対に当てろ!!!!!

 :東京第一ダンジョン東京第二ダンジョン東京第三ダンジョン東京第四ダンジョン東京第五ダンジョン東京第六ダンジョン東京第七ダンジョン東京第八ダンジョン東京第九ダンジョン

 :階層もセットだからやり直し

 :草

 :しかも踏破レベルSSSのダンジョンも混じってるんですが

 :智将ワイ、ルリィの目撃情報を検索するもヒットしない

 :無能


 コメント欄が目まぐるしく加速していく。

 次から次へ量産される新しい書き込み。

 同接数を見てみると、配信を開始したばかりなのにもうすぐ五万人に到達しようとしていた。

 この調子でいけば、目当ての階層を配信する頃には十万人を超えてるかな?

 瑠璃も煽りに拍車をかけていく。


「きゃはははは! みんな必死すぎてキンモ~! そんなにルリィに『お兄ちゃん』って呼ばせたいのぉ? ロリコンクソザコ男性とか社会の害悪だからそのまま二度と家から出てこないでねぇ~?」


 :ロ、ロリコンじゃないやい!

 :なんで俺が引きこもってんの知ってんの?

 :ありがとうございますありがとうございますありがとうございますありがとうございます

 :ふぅ……

 :このために生きてる


 こうして視聴者をバカにしながら煽ると、コメントが加速していく。

 みんなバカにされるのが好きみたいだけど……理由はよくわかんない。


 瑠璃は肩に触れるか触れないかくらいの少し短めのツインテールの穂先を指でくるくるといじった。

 生まれつきの金髪が淡い光を反射する。


「このまま待ってても時間の無駄っぽいしぃ~、正解発表しちゃうねぇ? ルリィが今いるのはぁ、東京第十ダンジョンの十五階層でぇ~す! しかもしかもぉ、今回はルリィ一人でここまで来ましたぁ!」


 :第十ダンジョン!!?

 :たしか踏破レベルAだっけ

 :十歳で単独下層はヤバすぎ

 :でも東京第十ダンジョンって帰還命令出てなかったか?


「えっ? 帰還命令?」


 どういうこと?

 今日は視聴者へのサプライズとして下層に来るまで配信してなかったから、リアルタイムの情報を得れていない。


 :俺も見た。ちょっと前に迷宮省が発表してたやつだよな

 :たまにこういうのあるけど何かあるのか

 :前は落石の危険が確認されたとか言ってたが……

 :迷宮省は秘匿性高いから分からん

 :ルリィも今日は帰った方がいいんじゃね

 :命大事に


 まさか迷宮省から帰還命令が出てるなんて……。

 だけどせっかくここまで来たし……それに踏破レベルAのダンジョンでも独りで生き残れるってことを証明したい。

 瑠璃には叶えなければならない目的がある。 

 その目的を達成するためには、これくらいのダンジョンでつまずいているわけにはいかない。


 少しだけ潜って、すぐに引き返したら大丈夫だよね?


「迷宮省から帰還命令が出てるんだぁ~? う~ん、どうしよっかなぁ。画面の向こうのみんなと違って迷宮省にいる大人ってカッコいい人ばっかりだしぃ、ルリィ言うこと聞いちゃおっかなぁ~?」


 :は?

 :あんな公僕の何がええんや!!!

 :ワイはこいつらとは違うで

 :いや実際迷宮省はエリートコースだしハイスペ男多いらしいぞ


 瑠璃るりが煽ると、迷宮省に対する反発のコメントが多くなる。

 これも今まで何度も配信をしてきた中で身につけた技だ。

 どうしてかわからないけど、瑠璃の視聴者はカッコいい男の人を褒めると途端に元気になるんだよね。


「あははは! みんな効きまくりじゃん! う~ん、それじゃあ情けなぁいみんなを元気づけるためにぃ、ちょっとだけ下層に潜ってみることにしまぁ~す!」


 視聴者を煽りながら、ダンジョンをくだっていく。

 配信は続けているけど、周囲への警戒は万全だ。

 瑠璃が持つスキルを常時フル稼働させているけど、近くにモンスターの気配はない。

 下層ってこんなにモンスターは出ないものなの?

 前に見た特級探索者の人の下層配信だとうじゃうじゃ強そうなモンスターが襲ってきてたんだけどな。


「モンスターいないなぁ。あ、もしかして弱者男性がい~っぱい見てるから気持ち悪くて逃げ出しちゃったのかもぉ! 下層のモンスターはつよつよだもんねぇ~?」


 :ぐはぁ!

 :先月魔法使いになった俺はつよつよ

 :魔法使い……あっ。

 :強く生きて

 :でもこんなにモンスターが出ないのは異常じゃね?

 :何かおかしい


 視聴者も盛り上がってきてるみたい。

 これだけ歩き回ってもモンスターの気配はないし、やっぱり瑠璃なら下層でも単独攻略できちゃうんじゃない!

 でも、せっかくなら一回くらいモンスターと戦ってみたいな――――


「――――ぇ?」


 メギギッと脇腹に強烈な痛み。

 それを感じた時には、瑠璃の体はダンジョンの壁に激突していた。


「かはぁっ――!」


 肺に残っていた空気が無理やり押し出され、強烈な衝撃が全身を襲う。

 展開していたフル防御スキルが砕かれた。


 なにが、おこったの……?


 ダンジョンの壁にめり込んだ瑠璃は、やがて重力に従って地面に落ちた。

 地べたに這いつくばる瑠璃の前に現れたのは、見たこともないほど巨大なモンスター。

 牛の頭に、異常なほど筋肉質な巨体、そして手にしている巨大な斧。


「な、なにあれ……」


 :おい、何が起こった!?

 :大丈夫か!?

 :おい、あのモンスターって……

 :まさかミノタウロス!?!?


 ミノタウロスって……たしか踏破レベルS以上のダンジョンに出没するボス級のモンスター、だよね……?

 ど、どうしてそんなモンスターが、このダンジョンに……?


 :逃げろルリィ!!!

 :さすがにミノタウロスは無理だ!!

 :しかも単独だし

 :早く助けを呼べ!

 :でも今は他の探索者もいないんじゃ……


 そうだ――今は考えている暇なんてない。

 あの怪物には勝てないと本能的に直感した。

 悔しいけど、とにかく上層に逃げなきゃ!

 瑠璃は気力を振り絞って立ち上がり、スキルを発動させる。


白煙はくえん!」


 辺り一帯にぶわっと白い煙幕が発生した。

 これでミノタウロスの視界を塞いでいる間に、この場を脱出する。

 同時に空間把握のスキルを使用して、上層までの最短ルートを認識。

 さらに身体強化と速度上昇のスキルを重ねがけして、人外のスピードで離脱する。

 この煙幕で少しでも時間が稼げれば、ミノタウロスの視界から瑠璃の姿は消えているはず。


「グガゴォォォォオオオオオオオオオオオ!!!」


 背後から突き刺すような殺気。

 空間把握を発動しながら後ろを振り返ると、ミノタウロスは斧を頭上に掲げ、瑠璃に目掛けて凄まじい威力で振り下ろした。

 その瞬間、斧から斬撃が放たれ、瑠璃の体に直撃する。


「きゃああああああああああああ!!」


 斬撃のダメージは防御スキルで何とか相殺できたものの、その余波でさらに進行方向へ吹き飛ばされた。

 幸運にも少しミノタウロスから離れることができたけど、そう易々と見逃してはくれない。

 ミノタウロスは斧を構え直し、瑠璃の元へ猛ダッシュしてきた。


 :ルリィ!!

 :やば

 :まだ下層に残ってる探索者はいないのか!!

 :迷宮省から帰還命令が出てたのって一、二時間前だから、多分ほとんどの探索者はすでに地上に戻ってるんじゃ……


「くぅ――」


 これ、ヤバい……!

 逃げてるだけじゃダメだ!

 こっちからも仕掛けないと、今度こそ致命傷を食らいかねない!


 配信中であることも忘れて、瑠璃も全力で立ち向かう。


「ユニークスキル――スピードスター!」


 地面を蹴って、疾風のごとき速度でミノタウロスから距離を取る。

 だけど、それだけでは終わらない。

 高速移動中に後ろを振り返って、攻撃を仕掛ける。


「ユニークスキル――バスターブレード!!」


 瑠璃の手から赤黒い刃を出現させ、ミノタウロスに向けて撃った。

 瑠璃の魔力によって生成された刃はミノタウロスの胸に深々と刺さり、次の瞬間、大爆発を引き起こした。

 いつもの必殺パターンだ。

 これで倒せたかな……なんていう淡い希望は易々と打ち砕かれる。


「うそ……効いて、ない……!?」


 爆炎を振り払うように飛び出してきた、ミノタウロスの巨体。

 体は煤汚れが目立つものの、ダメージを受けている様子はなかった。

 あまりの耐久力に目を見張った瞬間、ミノタウロスの魔力が変質する。


 身の毛がよだつ。

 やらなきゃやられる。

 肉体のダメージなんて気にしていられない。

 を使うしかない――!


「くっ! 固有オリジナル――――きゃあああああああああああ!!!」

 

 ミノタウロスの斧が瑠璃の目の前に現れた。


 斧に直撃した瑠璃は、くの字に折れてさらにダンジョンの壁へ吹き飛ばされる。

 あ、あまりにも速すぎる……!

 速度に特化したスピードスターのユニークスキルを使ったのに、それに追い付いたっていうの……?

 頭がクラクラする。


 これはなに?

 ミノタウロスの魔法?

 何が起こっているのか訳がわからない。


 瑠璃はいま、何と戦っているの……?


「グガガァァアアアアア……!!」


 ミノタウロスがズシンズシンと瑠璃に近づいてくる。

 逃げなきゃ、と頭ではわかっていても、体が言うことを聞いてくれなかった。

 体が重い。

 手足が痺れる。

 内臓が全部ひっくり返るような不快感。


 ミノタウロスがゆっくりとやって来て、目の前で斧を振りかぶった。

 瑠璃はここで死んじゃうの……?

 まだ、何も成し遂げられていないっていうのに、こんなところで……。

 お母さん、助けられなくてごめんなさい……!


 霞む視界でミノタウロスの体をおぼろげに見上げる。

 死を覚悟していると、どこからともなく声が響いてきた。


「ユニークスキル――影打かげうち


 一閃が空間を裂いた。


「グッ!? ガガァァァ……!」


 謎の一閃を食らったミノタウロスは、時間差で体が真っ二つに裂けていき、断末魔の絶叫をあげることもなく静かに息絶える。

 そしてミノタウロスの肉体は黒い霧となって消え、大きな魔石がゴトン! と落ちた。


 一体、何が起こったの……?

 いや、それよりも瑠璃は助かった……?


「おい、大丈夫かガキんちょ」


 瑠璃の命を救ってくれたのは、薄汚れた馬の被り物をした謎の人物だった。



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