ダンジョン配信部の顧問教師になるクズ

少女を救出するクズ

第1話  グレーな日銭稼ぎ


「――おっ、ラッキー! ここにも魔石落ちてんじゃねぇか!」


 薄暗い洞窟で足元を注視していた俺は、キラリと光る赤色の物体を手に取る。

 人差し指と親指の間には、パワーストーンのような赤い鉱石――『魔石』が輝いていた。


「これで本日二十個目の魔石だぜ! 結構デカイから、こりゃ期待できるぞ~!」


 俺は誰もいない薄暗い洞窟――ダンジョンで一人歓喜の舞を踊る。


 それなりに実力のあるどこぞの探索者どもがモンスターに襲われて備品を落としたか、モンスターの素材回収前に訳あって逃げ出したもんだろう。

 ここはダンジョンの下層だからな。

 そこそこ強いモンスターも出てくるから危険もあるが、その分リターンも大きい。


 だが俺は、クソ真面目に自分でモンスターを狩ったりする気はない。

 こうして地面を探すだけで魔石が落っこちてるんだから、ダンジョン探索は漁夫の利に徹するに限るぜ!


「やっぱ下層は色々と金目のモンが落ちてるなぁ! まさに、この葛入くずいり様の目に狂いなしってかぁ!?」


 ちなみに、法的にはダンジョン内で失った物品は最初に拾ったヤツに所有権が委譲することになっている。

 これは、ダンジョン探索中に探索者同士で無用なトラブルが発生するのを防ぐためだ。

 ダンジョン内では、戦利品を得ようが所持品を失おうが全て自己責任。


 だからこうして道に落ちてる金目の物をいくら拝借したとしても犯罪ではない。

 つまり、現在いまの法律では俺を裁くことはできないのだ!

 グハハハハハハ!!!


「にしても、今日はやけに豊作だなぁ。これ全部売っ払ったら、多分十数万くらいになるぞ! へっへっへ、こんな楽して金が稼げちまうと、真面目に働くのが馬鹿らしくなるぜ!!」


 俺は、背負っていた大きなバックパックを地面に置き、中をゴソゴソと漁って魔石ケースに調達した魔石をしまう。

 このバックパックには、今日俺がこのダンジョンで収穫した金目の物がパンパンに詰まっている。

 内訳としては、魔石ケースが数本と、他の探索者が落とした武器や装備品や消耗品などだ。

 ぎゅうぎゅうに詰まったバックパックを見ているだけで笑みがこぼれてくるぜ。

 今日はこいつらを売っ払ってから、パチンコで倍に増やして勝利の美酒に溺れてベッドで爆睡しよう。

 へっへっへ、最高の一日になりそうじゃねぇか。


 夢の生活に酔いしれていると、俺のデバイスのランプがチカチカと緑色に点滅しているのに気づく。

 これは不在着信か?


「一体誰だよ……って怖っ!?」


 デバイスを開いて確認してみると、着信の一覧がずらりと並んだ。

 それも全て同一人物。

 どこのストーカーだと思ったら、名前は『同居人』と表示されていた。


「無視してもいいんだが……こうも連続で着信があると用件が気になるな」


 そんなに緊急の用件なのか?

 俺は少し悩んだ後、バックパックを背負い直し、ダンジョンを歩きながら『同居人』に電話をかける。

 すると、ワンコールの途中で電話口に出た。


「おい、何の用だストーカー」

『あああああ、ようやっと繋がったでござる! しゅう殿、今なにしてるでござるか!?』

「あん? 今は仕事中だ」

「仕事ってどれのことでござるか! パチンコ? 競馬? あ、まさかこんな真っ昼間からふうぞ――」

「どれも違ぇ! ダンジョン探索だっつーの!」

『や、やっぱりダンジョンに潜っていたんでござるか! そのダンジョンってまさか、東京第十ダンジョンでは……』

「あ? ああ、そうだぜ。何で知ってんだお前」

『そこが拙者の家から一番近いダンジョンだからでござる! いや、それよりもしゅう殿、今すぐダンジョン速報を確認するでござる!』

「ダンジョン速報?」


 電話をスピーカーに変更し、俺はダンジョン速報を検索する。

 ダンジョン速報は迷宮省が運営している国内のダンジョン情報を伝える、政府からの公式ニュースだ。

 ダンジョン速報には良いニュースもあれば悪いニュースもあるが……今回は後者か?

 目当ての速報記事を見つけた。


『東京第十ダンジョンを緊急封鎖。当該ダンジョン内で活動中の探索者は、至急地上へ帰還してください』


 見出しの文言に、眉をひそめる。

 速報記事を下にスクロールしてみたが、見出し以上の情報は書かれていなかった。


「おい、これどういうことだ。何が起こってる」

『そ、それがしにも詳しいことは分からずでござる。ただ、迷宮省が公式に発表しているからただ事ではないのではなかろうかと……』


 ふむ、政府から原因不明の帰還要請か。

 確かに妙だが……ダンジョン内はそれほど変わった様子は見当たらない。


 しいて言うなら、今日は落とし物が多い割に他の探索者と遭遇しねぇなとは思っていた。

 まあ探索者の多くはこの帰還要請に従ってすでに地上へ戻っていたからだろうが……そういやぁ、下層をうろついてる厄介なモンスターも見当たらないか?


「だが、これと言って特に変わった所も――」


 ――――ドゴォォォン……!! 


 鈍い爆音が轟いてきた。

 比較的近い。


『い、今の音なんでござるか!?』

「……さぁな。誰かが攻撃スキルでもぶっ放したか、あるいはそれ以上のヤベェことが起こってんのか。ま、行けば分かるだろ。じゃあな」

『あ、ち、ちょっとしゅうどの――』


 電話を切ってバックパックを背負い、音が響いてきた方へ走っていく。

 ダンジョンも下層ともなれば薄暗いが、俺は躊躇なく全力疾走をかます。

 こういう大胆な行動をしているとたまにモンスターから奇襲を受ける時もあるが、これくらいのダンジョンに生息するモンスターくらいならどうとでもなる。

 この東京第十ダンジョンの踏破レベルはA。

 探索者階級で言えば二級でギリ、一級なら余裕ってところだ。


「っ、そろそろ近いな。結構な揺れだが、どんな派手な戦い方してやがんだ?」


 ダンジョン内がさっきよりも強く振動する。

 それと同時、T字路の奥にある突き当たりの左側から、赤い光と火花が散っていた。

 あそこを左に曲がれば誰がモンスターとドンパチやってるのか分かる。


 俺はスキルを発動させてさらに走る速度を上昇させ、通路を左に曲がる一歩手前で停止した。

 このまま突っ込んでいっても良かったが、迷宮省からの緊急帰還命令も気になるし一応慎重に行こう。


 俺は壁に背を預けてゆっくりと顔を通路の左側に露出させ、状況を確認する。

 激しい戦闘の渦中にいたのは……一人のガキんちょか?

 さらに目を凝らしてみる。


「んん~? あいつは……まさかダンジョン配信者の、『キラキラ☆ルリィ』じゃねぇか!?」


 キラキラ☆ルリィと言えば、登録者百万人以上の超有名配信者だぞ!?

 まさかそんな有名人にこんなダンジョン下層で出会うとは。


 たしかルリィはこの前十歳になったばかりだが、史上最年少で二級探索者試験に合格したとかで話題になってたな。

 ルリィ以外にも最近は小学生が探索者として目覚ましい記録を残すことが多く、巷ではそうした子供の天才探索者を『新世代』なんて総称している。

 中でもルリィは『新世代』筆頭と呼ばれるほどの逸材だが、アイツが相手してるモンスターは――


「グゴゥゥアアアアァァァァァァァッッ!!!」


 目算で四メートルに届こうかという体躯たいく

 激しく隆起し発達した筋肉で巨大な斧を振っている。

 何より目を引くのは、凶悪な牛の頭。


「あれは……ミノタウロスか!?」


 ミノタウロスは踏破レベルS+以上のダンジョンに出没するモンスターだ。

 間違ってもこんな踏破レベルAのダンジョンに現れるモンスターではない。


 ルリィもスキルを使って何とか戦っているようだが……。


「――きゃああああああああああああ!!」


 ミノタウロスの斧を食らい、ルリィが吹き飛ばされて壁に激突する。

 だが、ルリィも一応は二級。

 瞬時に防御スキルを展開して威力を殺したようだが、じわじわとダメージは体に蓄積されていくだろう。


 そもそも、ミノタウロスは一級以上の探索者じゃないと一人で相手するのは無理だ。

 つまり二級のルリィが一人で立ち向かったなら、まず確実に死ぬ。


「…………チッ、仕方ねぇか」


 何も見なかったことにしてこの場を立ち去るのは簡単だが、あまりにも後味が悪すぎる。

 俺は今日、大量の遺失物おとしものを手に入れてウハウハなんだ。

 だが、俺が見捨てたせいでルリィの死亡ニュースでも流れたら最悪な気分になる。

 だから、これは仕方ない。

 あくまで俺のために、あのミノタウロスを屠る。


「とはいえ、恐らくアイツ配信中だよな。この状態で助けに入ると俺の顔が晒されちまう。なにか身バレを防げるモンはあったか?」


 今日回収した戦利品が詰まったバックパックを漁る。

 とりあえず売れそうな物は何でもぶちこんでいたんだが、さすがに顔を隠せるようなモンはないか?


「……ん? これは――――」


 ゴソゴソと漁っていると、バックパックの底であるものと目があった。

 そう、のだ。


 なぜダンジョンに落ちていたのか不明だが、端金はしたがね程度には売れるかと思って一応拾っておいた――馬の被り物と。



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